天敵
ドアを開けると外は湿った空気だった。ドアの開閉に驚いたのか、ツバメが飛び立つ。どこから?外廊下の一番奥207号室からである。
207号室の廊下の天井に、去年作られたツバメの巣がある。そこから3羽のヒナが飛び立ったのを覚えている。二週間ほど前、向かいの電線に2羽のツバメが止まっていた。去年の巣を利用するのかもしれない、漠然と思っていたがそれは現実になったようだ。もう卵はあるのだろうか。
カラリと晴れて、それでいて蒸し暑い日。大きなアオダイショウがアスファルトの上に寝そべっていた。まったく太々しい。道路の真ん中で日光浴するのはいつも大きな成体ばかりだ。幼体は常に捕食者に狙われるため警戒心が強い。わざわざお日様の元に出てくるようなマネはしない。自動車に轢かれ干物みたいになった大きなアオダイショウをよくみる。彼にしてみれば、その生活環境において怖いものなど無かっただろう。言わばこの辺りの頂点捕食者。体温が通ってない自動車なぞ、彼からすれば大岩や大木と同じような巨大物体に過ぎない。
しかし現実に、動くはずのなかった「巨大物体」が彼を轢き殺してしまう。それも頻繁に。私はハンドルを切りマイカーを迂回させた。アオダイショウ君はジッとしている。悠長なことだ。すぐそこのコンビニへ行って帰ってくると、アオダイショウ君はもういなかった。それほどノンビリ屋でもないのか。彼はまだまだ大きくなるつもりらしい。
スーパーの駐車場に停め、マイカーから降りる。横断歩道の前で見覚えのある車が横切る。この横断歩道ではどの車も歩行者を先に行かせるのが慣例だが「見覚えのある車」は私を無視するかのように横切った。見間違いかもしれない、ドライバーがサングラスをした男だった。「見覚えのある車」の所有者は女で、同級生のはずだからだ。ドライバーが夫である可能性は十分にある。一度見かけたがああいう顔では無かったような。真相は謎だ。女が同級生だったのは何十年も前で、最後に会話してからいつの間にか十年の歳月が経っていた。
スーパー隣のATMに並んでいると、毛むくじゃらのゴミのようなものが落ちていた。鳥のヒナの形をしている。いや、それは
鳥のヒナそのもので、干物みたいになった遺骸なのだった。なるほど頭上にはツバメの巣がある。私にはどうすることもできなかった。スーパーの敷地は全てコンクリートで舗装され、埋葬してやる土は一握りもない。もちろん手に取ってやる勇気もない。現実から目を逸らし女の事を考える、中学生になる娘がいたはずだ、女と初めて会ったのも中学時分なのだ・・・
橋の横断歩道の赤信号で停止する。高齢者マークを付けた車が前にいた。3人の男子生徒が勢いよく駆け抜ける。ジャージ姿で中学生だとわかる。その後に続き2人の女子生徒が軽やかに歩いて行く。キラキラと眩しい宝石みたいな娘たち。自分が歳をとればとるほどその輝きは増すばかりだ。自分では若いころと何も変わっていないと思っていても、次々出現する若者たちによって老いを認めざるを得なくなる。生徒時分、同級生の娘たちの素晴らしさを何も分かっていなかった。あるいは知りすぎたからこそ雁字搦めになっていたのか。
女子生徒たちに続いて、ピンと尻尾を立てたミケネコが、優雅に横断歩道を渡っていく。ちゃんと信号が青の内に。この車通りの多い場所に適応しているのだ。信号が青に変わった。前の車が発信する気配はない。それもそのはず、ドライバーの老婦人が、渡った後もミケネコを食い入るように見つめていたからだ。気持ちは良くわかる。マイカーの後ろに車は無い、前の車が動き出すまでノンビリ待ってやろう。
‐‐‐ATMで現金を引き出し、現金用封筒を二枚手にする。ATMを出る。周りに誰もいないのを確かめ、空の封筒に素早くヒナの遺骸を入れた。後で埋葬してやろう。土に埋めてしまえば、もう何かに襲われることもない。




