第8話 異世界警察、開署
「……本当に、ここでやるの?」
セリーナ・エルフェルトは、目の前の建物を見上げて言った。
元・倉庫。
壁にヒビ、扉は歪み、看板は――まだ無い。
「はい」
佐津野圭は、鍵を回しながら頷いた。
「最初は、こんなもんです」
ギギィ、と音を立てて扉が開く。
中には、机が三つ。
椅子が五脚。
壁には紙が貼られている。
――異世界警察 仮設詰所
――管轄:倉庫街・街道周辺
――目的:犯罪の予防と再発防止
「……本気ね」
「いつもです」
佐津野は、紙の一枚を丁寧に貼り直した。
* * *
「聞いたか?
剣を持たない連中が、街を守るらしいぞ」
「魔物も殺さないって?」
「正気じゃねぇ」
外では、好奇と不安の視線が集まっていた。
最初の“警察官”は三人。
佐津野圭。
そして――
「え、俺もですか!?」
冒険者ギルドから派遣された、若い槍使いの青年。
「はい。
現場対応要員です」
「討伐じゃなくて?」
「制止です」
「……胃が痛い」
もう一人は、意外な人物だった。
「書類整理なら、任せてください」
ギルド受付嬢のミーア。
元々、帳簿管理が得意らしい。
「被害届、証言記録、物証管理。
全部、仕組みが必要です」
「……警察って、
そんなに紙を使うの?」
「使います」
佐津野は即答した。
「正義は、紙に残さないと
すぐ消える」
セリーナは、腕を組んでそれを見ていた。
(この男……
本当に、世界を変える気だ)
* * *
「――来たぞ!」
開署から、わずか半日。
最初の通報は、
「倉庫街での盗難事件」だった。
被害は、小さな魔導具一つ。
「この程度のことを調べないといけないんすか」
槍使いの青年がタメ息をついた。
「はい」
佐津野は、帽子――警察帽代わりの布を被った。
「これは、――警察の仕事です」
現場。
足跡。
割れた木箱。
焦る被害者。
佐津野は、自然に声をかけていた。
「大丈夫です。
必ず、調べます」
その言葉に、被害者は驚いた顔をした。
「……“必ず”?」
「はい」
それは、この世界では
誰も言ってこなかった言葉だった。
* * *
夕暮れ。
詰所に戻ると、
扉の前に立つ影があった。
「……視察よ」
王国の文官。
腕を組み、厳しい目。
「今日一日で、何か成果は?」
佐津野は、盗難事件の記録を差し出した。
「被害届受理。
現場検証完了。
容疑者、捜査中」
「……まだ捕まえていない?」
「はい」
文官は、眉をひそめた。
だが、セリーナが口を開く。
「でも、
この街で“泣き寝入り”は、
今日で終わったわ」
文官は、黙って紙を見つめ――
小さく息を吐いた。
「……三ヶ月だ」
「その間に、
結果を見せろ」
「はい」
佐津野は、深く頭を下げた。
* * *
夜。
詰所の灯りは、まだ消えない。
書類を書く音。
地図を広げる音。
「……ねえ、佐津野」
セリーナが言う。
「もし失敗したら?」
佐津野は、ペンを止めた。
「そのときは――
俺が、責任を取ります」
「命?」
「職と、信頼で」
セリーナは、少しだけ笑った。
「やっぱり、
面倒な男ね」
「警察官なので」
倉庫街の片隅で、
小さな灯りがともる。
剣でも、魔法でもない。
だが確かに――
異世界に、
“警察”という名の希望が、
この日、開署した。




