第42話 それでも回る
朝。
詰所の扉は、いつも通りに開いた。
「警察を呼んでくれ」
その言葉に、誰も佐津野を探さなかった。
* * *
小さな盗難。
証言の食い違い。
感情のもつれ。
若い警察官が、基準を開く。
ミーアが、記録を取る。
セリーナは、壁際で腕を組んで見ている。
「……どう判断する?」
問いは、佐津野に向けられていない。
現場に向けられている。
「証拠不十分」
「注意と記録」
「再発時は前例参照」
決定。
声は揃っていない。
だが、止まらない。
* * *
昼。
別件。
軽い衝突。
以前なら、
「佐津野を呼べ」
と言われていた。
今日は違う。
「警察を呼べ」
名前ではない。
制度だ。
* * *
詰所の隅で、佐津野はそれを聞いていた。
呼ばれない。
指示も求められない。
少しだけ、胸が空く。
寂しさにも似た感覚。
「……手出し、しませんか」
ミーアが、小声で問う。
「しません」
佐津野は答える。
「回っているなら、
触らない方がいい」
* * *
夕方。
報告が並ぶ。
判断の揺れ。
小さな誤差。
だが、すべて基準内。
「……完璧じゃないですね」
若い警察官が言う。
「完璧は、
個人にしか作れません」
佐津野は、穏やかに言った。
「組織は、
揺れながら進むものです」
* * *
セリーナが、静かに笑う。
「あなた、
暇になったわね」
「はい」
少しだけ、間を置く。
「良いことです」
* * *
夜。
詰所の灯りが落ちる前。
壁の組織図を、佐津野は見上げる。
自分の名前は、まだ中央にある。
だが――
中心ではない。
「……それでも」
ミーアが呟く。
「回りますね」
「はい」
佐津野は、ゆっくり頷いた。
「私がいなくても、
警察は回る」
それは、敗北ではない。
完成へ向かう、最後の確認だった。
窓の外。
誰かが言う。
「警察を呼んでくれ」
名前は、出ない。
それでいい。




