第41話 佐津野不在の日
その朝、詰所の椅子が一つ空いていた。
いつも中央にある席。
そこに、佐津野はいない。
王都評議会への出頭。
制度報告と質疑応答。
戻りは、夕刻の予定。
「……静かですね」
ミーアが帳簿を整えながら言う。
「いつもと同じです」
若い警察官が答えるが、
声にわずかな硬さがあった。
* * *
午前。
市場での揉め事。
軽い押し合い。
だが人が集まり始めている。
「判断は?」
視線が、一瞬だけ宙を彷徨う。
“佐津野さんならどうするか”――
その思考が、頭をかすめる。
ミーアが、静かに言った。
「基準を」
紙が開かれる。
・即時危険性:低
・第三者被害:可能性あり
・拡大兆候:あり
「介入します」
若い警察官が前に出る。
声は少し硬いが、止まらない。
「警察です。
ここでは続けられません」
揉め事は、解散した。
完璧ではない。
少し時間はかかった。
だが――
止まらなかった。
* * *
昼。
別の報告。
倉庫街で不審な荷。
「立ち入りは?」
騎士団の巡回兵が、警戒している。
「境界は、こちら側」
ミーアが記録を確認する。
「警察で対応可能です」
「責任は?」
騎士が問う。
一瞬の沈黙。
「組織です」
若い警察官が答えた。
その声に、迷いはなかった。
* * *
午後。
詰所。
小さな失敗があった。
事情聴取の時間を誤記。
訂正に手間取る。
「……すみません」
「いいえ」
ミーアは首を振る。
「修正すればいい」
「止まらなければ、問題ありません」
* * *
夕方。
佐津野が戻る。
詰所は、いつも通り灯りがついている。
報告書が、整然と並んでいる。
「……何かありましたか」
佐津野が尋ねる。
「市場の揉め事、
倉庫の確認、
軽微な誤記」
ミーアが淡々と述べる。
「対応済みです」
* * *
佐津野は、報告書に目を通す。
修正箇所。
判断理由。
基準の引用。
すべて揃っている。
「……問題は」
若い警察官が、少しだけ緊張した声で言う。
「ありませんでした」
佐津野は、ゆっくりと頷く。
「そうですか」
それ以上、何も言わない。
* * *
夜。
詰所の灯りが落ちる前。
ミーアが、ぽつりと聞く。
「……不安じゃなかったんですか」
「不在の間」
佐津野は、少し考える。
「不安でした」
正直に答える。
「でも」
視線を、壁の組織図へ向ける。
「止まらなかったなら、
それで十分です」
* * *
空いていた椅子が、
今日だけは少し小さく見えた。
警察は、一日を越えた。
佐津野がいなくても。




