第39話 疑われる側に立つ
詰所の空気が、わずかに違った。
静かだが、重い。
壁に貼られた
――警察の行為も、記録の対象とする
という一文が、今日は妙に目立つ。
* * *
「内部監査、継続します」
ミーアの声は、落ち着いている。
「対象は、過去三か月分の判断」
若い警察官が、息を呑む。
「全員ですか?」
「はい」
ミーアは、はっきり言った。
「……佐津野さんも含めて」
沈黙。
* * *
佐津野は、否定しなかった。
「当然です」
「私の判断も、
基準に照らします」
セリーナが腕を組む。
「……覚悟はいいの?」
「ありません」
即答だった。
「でも、必要です」
* * *
最初に挙がったのは、倉庫三区事件の初期対応。
「警告止まりにした判断」
「逮捕を一日遅らせた判断」
ミーアが、淡々と整理する。
「基準上は、
即時介入も可能でした」
視線が、佐津野に集まる。
* * *
「理由は?」
ミーアが問う。
「証拠の確実性を優先しました」
「逃走の可能性は?」
「ありました」
「被害拡大の危険は?」
「否定できませんでした」
沈黙。
* * *
「妥当ではあるが、
最適とは言い切れない」
ミーアは、そう結論づけた。
「改善点:
判断根拠の明文化不足」
若い警察官が、驚いた顔をする。
「……処分は?」
「ありません」
ミーアは首を振る。
「検証です」
* * *
次は、軽微窃盗の処理。
「再発防止策が、
記録より口頭説明に偏っています」
「……認めます」
佐津野は、迷わなかった。
「甘かったかもしれません」
セリーナが、静かに言う。
「反論しないの?」
「反論できます」
佐津野は答える。
「でも――」
一拍。
「疑われる側に立った時、
最初にやるべきは弁明ではありません」
* * *
詰所の外。
噂が、少しだけ広がる。
「警察、
自分たちも調べてるらしい」
半信半疑の声。
* * *
夕方。
ミーアが、最終報告をまとめる。
――佐津野の判断:概ね妥当
――改善勧告:記録の具体性向上
「……納得、できますか」
ミーアが尋ねる。
「はい」
佐津野は、静かに頷く。
「納得できない部分も含めて」
* * *
夜。
詰所の灯りが落ちる前。
若い警察官が、ぽつりと言う。
「……怖くなかったんですか」
「自分が疑われるの」
佐津野は、少しだけ考える。
「怖かったです」
「正しいと思っていた判断が、
揺れるのは」
「でも」
視線を上げる。
「警察は、疑われる側に立てなければ
人を疑う資格はありません」
* * *
棚に、もう一冊の薄い冊子が置かれる。
――内部監査記録 第一号
派手ではない。
だが――
警察は今日、
“責任者を含む組織”になった。
セリーナが、小さく呟く。
「……本当に、
もう個人じゃないわね」
佐津野は答えない。
ただ、灯りを消す。




