第38話 警察を調べる警察
最初に気づいたのは、ミーアだった。
「……この時刻、合いません」
夜間巡回の報告書。
記録された巡回経路と、苦情箱に入っていた投書の時間が噛み合わない。
――巡回中、不在だった
短い一文。
だが、日付も場所も具体的だ。
「見間違いでは?」
若い警察官が言う。
「かもしれません」
ミーアは即答しない。
「でも、記録と照合しないと」
* * *
詰所の空気が、少しだけ硬くなる。
疑う対象は、市民ではない。
自分たちだ。
「……誰の巡回ですか」
佐津野圭の声は静かだった。
「二班、南区画担当」
名前が挙がる。
若手ではない。
几帳面で、問題のなかった警察官だ。
* * *
「呼びますか?」
ミーアが尋ねる。
佐津野は、首を振った。
「違います」
「まずは、基準を決めます」
「基準?」
「誰が調べるか」
沈黙。
* * *
「私が調べるのは、おかしい」
佐津野ははっきり言った。
「責任者が、
自分の部下を直接裁けば、
結果はどうあれ疑われます」
「じゃあ……」
ミーアが小さく息を吸う。
「内部監査、ですか」
「仮設で」
佐津野は頷いた。
「一時的な監査担当を置きます」
* * *
その日、詰所に小さな席が一つ増えた。
札には、こう書かれている。
――内部確認担当
担当は、ミーア。
「……私でいいんですか」
「あなたが最も記録に触れています」
佐津野は淡々と言う。
「私よりも、
偏りが少ない」
* * *
夕方。
該当の警察官が呼ばれる。
「……疑われているのか」
声に、わずかな動揺。
「はい」
ミーアは正面から答える。
「記録の不一致があります」
「確認です」
佐津野は、部屋の隅で座っているだけだ。
口を挟まない。
* * *
事情は単純だった。
巡回途中、
倒れていた老人を家まで送った。
記録に残していない。
「悪意はありません」
警察官は言う。
「急いでいたので」
ミーアは、ゆっくりと頷く。
「結果的に、巡回は空白になっています」
「はい」
「投書は事実です」
沈黙。
* * *
詰所会議。
「処分、ですか」
若い警察官が不安そうに聞く。
「いいえ」
ミーアが答える。
「改善です」
――巡回中の例外行動は必ず記録
――単独判断の後報告義務化
佐津野は最後にだけ口を開いた。
「今回の件で、
信頼は失われましたか」
沈黙。
誰も答えない。
「いいえ」
ミーアが言う。
「むしろ、
確認できました」
* * *
夜。
苦情箱に、もう一枚入っていた。
――ちゃんと調べているらしいな
差出人はない。
佐津野はそれを読み、静かに棚に収める。
「……怖くないですか」
若い警察官が聞く。
「自分たちを疑うのは」
「怖いです」
佐津野は正直に答える。
「でも」
一拍。
「警察が疑われる前に、
自分で疑う構造が必要です」
* * *
詰所の壁に、新しい紙が貼られる。
――警察の行為も、記録の対象とする
灯りが落ちる。
この日、警察はもう一段、完成に近づいた。
自分を守るのではなく、
自分を検証できる組織へ。




