第34話 逃げない顔
朝。
詰所の前で、
佐津野 圭は立ち止まった。
人の視線を、
はっきりと感じる。
* * *
以前なら、
目を逸らされていた。
今は――
逸らされない。
* * *
「……見られてますね」
ミーアが、
小声で言う。
「はい」
佐津野は、
歩みを止めない。
「顔を覚えられました」
* * *
市場。
昨日まで、
文句を言っていた商人。
今日は、
何も言わない。
ただ――
じっと、こちらを見る。
* * *
「嫌われてる、
というより……」
ミーアが、
言葉を探す。
「評価されてる、
途中です」
「はい」
佐津野は、
頷いた。
* * *
昼。
苦情受付。
「……警察だな」
若い男。
顔には、
怒りと迷い。
「逃げるなよ」
* * *
「逃げません」
佐津野は、
椅子に座ったまま言う。
「話を、
聞きます」
* * *
男は、
深く息を吸う。
「……前は、
誰も向き合わなかった」
「でも、
あんたは――」
言葉が、
詰まる。
* * *
「逃げない」
男は、
そう言った。
* * *
「はい」
佐津野は、
記録を取る。
「逃げません」
* * *
午後。
小さなトラブルが、
二件。
どちらも、
簡単ではない。
だが――
佐津野は、
必ず顔を上げて話した。
* * *
ミーアが、
気づく。
「……みんな、
怒鳴らなくなってます」
「はい」
「怒鳴る前に、
顔を見るように
なりました」
* * *
夕方。
詰所の前。
子どもが、
通りすがりに言う。
「サツノさん、
逃げないよね」
* * *
佐津野は、
少しだけ
言葉に詰まる。
「……逃げません」
* * *
夜。
詰所。
ミーアが、
静かに言う。
「……逃げない顔、
ってありますね」
「はい」
佐津野は、
記録簿を閉じる。
「警察は、
逃げない顔で
立つ仕事です」
* * *
窓の外。
街の灯りが、
ゆっくりと揺れる。
誰かに、
見られている。
だが――
隠れない。
剣も、魔法もない。
それでも――
逃げない顔がある限り、
この街は
まだ壊れない。




