第26話 裁かれる前に守るもの
留置室は、思ったより静かだった。
鉄格子。
石床。
簡素な寝台。
だが――
ここはまだ「罰の場所」ではない。
* * *
「……随分、
扱いが軽いな」
留置された男が、
低く言った。
「裁きは、
まだですから」
佐津野 圭は、
帳簿を手に答える。
「あなたは、
被告予定者であって、
罪人ではありません」
男は、
一瞬だけ目を瞬かせた。
* * *
「逃げるかもしれない」
「仲間が、
奪い返すかもしれない」
騎士団の副官が、
腕を組む。
「だからこそ、
守ります」
佐津野は、
即答した。
「……守る?」
「裁かれる前に、
傷つけさせない」
* * *
詰所会議。
「留置中の権利」
佐津野は、
板に文字を書く。
・暴行を受けない
・脅迫されない
・無断で処罰されない
・記録が残る
「……犯罪者を、
甘やかすのか?」
若い騎士が、
苛立った声を出す。
「いいえ」
佐津野は、
視線を外さない。
「裁きの価値を、
下げないためです」
* * *
ミーアが、
小さく呟く。
「……裁く前に、
守る」
「はい」
佐津野は、
頷いた。
「守られなかった裁きは、
ただの報復になります」
* * *
夜。
留置室の前。
「……なあ」
男が、
声を落とす。
「俺を、
守る理由があるのか」
佐津野は、
鍵を確かめてから答えた。
「あります」
「あなたが、
“人として扱われた”と
記録に残すためです」
男は、
黙り込んだ。
* * *
翌朝。
石が、
詰所の壁に当たる。
「犯罪者を、
守るな!」
罵声。
騎士団が、
一瞬、身構える。
「下がってください」
佐津野が、
一歩前に出る。
「説明します」
* * *
群衆に向かって、
佐津野は言った。
「裁く前に守れなかった者は、
正しく裁けません」
「警察は、
感情の代行者ではありません」
「手続きの管理者です」
沈黙。
完全な理解ではない。
だが――
石は、もう飛ばない。
* * *
夕方。
留置簿に、
新しい項目が加えられる。
――留置中、
身体・精神の異常なし
ミーアが、
息を吐く。
「……一つ、
線を引きましたね」
「はい」
佐津野は、
静かに言う。
「この線を越えたら、
警察は警察でなくなります」
* * *
夜。
留置室の灯りが、
一定の間隔で巡回される。
男は、
天井を見つめながら呟いた。
「……ここは、
思ったより、
怖くねえな」
それは、
褒め言葉ではない。
だが――
警察にとっては、
必要な言葉だった。
剣も、魔法もない。
それでも――
裁かれる前に守ることは、
正義を濁らせないための
最低条件だった。




