第20話 踏み込む理由
夜だった。
倉庫街の灯りは、
必要最低限だけが残されている。
「……で?」
セリーナ・エルフェルトが、
低い声で言った。
「今夜、
踏み込まないのね?」
「はい」
佐津野圭は、
地図を畳みながら答えた。
「まだ、
理由が足りません」
* * *
倉庫三区・南端。
人影が、
確かに動いている。
荷の積み替え。
見張り。
合図。
「十分、
怪しいでしょ」
セリーナが、
苛立ちを隠さない。
「騎士団なら、
もう囲んでる」
「分かっています」
佐津野は、
視線を離さない。
「でも――」
「警察は、
“怪しい”だけでは
踏み込みません」
* * *
「……納得できない」
「でしょうね」
佐津野は、
静かに言った。
「踏み込めば、
勝てます」
「押さえ込めば、
英雄になれます」
「でも――」
地図の端を、
指で叩く。
「それでは、
次が止まりません」
* * *
少し離れた場所。
若い警察官が、
不安そうに言う。
「……今、
被害が出たら?」
「その時は――」
佐津野は、
即答した。
「止めます」
「だから、
全員ここにいます」
* * *
沈黙の中、
時間だけが流れる。
倉庫の扉が、
一度、開いた。
何かが、
運び出される。
「……違法保管?」
「まだ、
断定できません」
「……苛々するわね」
「はい」
佐津野は、
正直に答えた。
* * *
その時。
遠くで、
小さな争う声。
「……来た」
佐津野の目が、
細くなる。
倉庫裏。
若い荷運びが、
突き飛ばされていた。
「黙ってろ」
「余計なこと、
喋るな」
一線。
はっきりと、
越えた。
* * *
「――警察です」
静かな声が、
夜に通る。
一瞬の硬直。
「暴行を確認しました」
「これより、
立ち入りを行います」
セリーナが、
一歩前に出る。
「……今?」
「今です」
佐津野は、
迷わなかった。
* * *
警察官たちが、
一斉に動く。
逃げ道を塞ぐ。
負傷者を保護する。
証拠を押さえる。
剣は、
抜かれない。
だが――
誰も、
逃がさない。
「……なぜ、
今なんだ」
用心棒の一人が、
呻く。
佐津野は、
淡々と答えた。
「人に触れたからです」
「物の違法は、
整理できます」
「でも――」
「人への暴力は、
今、止めなければならない」
* * *
夜明け前。
倉庫三区は、
静まり返った。
記録用紙が、
次々と埋まっていく。
時刻。
行為。
関係者。
「……遅すぎず」
ミーアが、
小さく言う。
「……早すぎず」
セリーナが、
続けた。
佐津野は、
頷いた。
「踏み込む理由が、
全員に説明できる時」
「それが、
警察の出動です」
* * *
外。
朝の光が、
倉庫街を照らす。
誰も、
英雄と呼ばれない。
だが――
理由を背負って踏み込んだ一歩が、
この街に“前例”を作った。
――次回
第21話 初の一斉事情聴取




