第18話 脅しと沈黙と、それでも記録する
最初に来たのは、脅しだった。
* * *
「……最近、
よく書いてるらしいな」
夜の詰所。
扉の外から、
低い声が落ちてきた。
警察官たちが、
一斉に顔を上げる。
「記録だよ」
佐津野圭は、
静かに答えた。
扉は、
まだ開かない。
「余計なことを、
書かない方がいい」
「街は、
昔からこうやって回ってきた」
「お前らが、
混ぜ返すと――」
沈黙。
脅しの言葉は、
完成しない。
完成させる必要が、
無いからだ。
* * *
「……対応は?」
若い警察官が、
小声で聞く。
「記録します」
「それだけ?」
「それだけです」
佐津野は、
帳簿を開いた。
――夜間、詰所外にて
不当な圧力を受ける
時刻。
状況。
推定人物。
「脅しは、
沈黙を狙います」
「だから、
記録します」
* * *
翌日。
街が、
静かになった。
苦情箱は、
空。
相談者は、
来ない。
「……何も起きてません」
ミーアが、
不安そうに言う。
「起きています」
佐津野は、
訂正した。
「沈黙が、
起きています」
* * *
倉庫街。
巡回中。
視線が、
逸らされる。
声が、
止まる。
「……警察さん」
老婆が、
小声で言った。
「今は、
来ない方がいい」
「……危ないから」
それ以上、
何も言わない。
「ありがとう」
佐津野は、
それだけ言った。
* * *
詰所に戻る。
「……怖がられてますよね」
「ええ」
佐津野は、
否定しない。
「でも、
逃げません」
「沈黙は、
圧力の結果です」
「圧力は、
記録に残ります」
* * *
夜。
再び、
誰かが来た。
今度は、
中に。
用心棒の一人。
あの大男ではない。
「……喋ったら、
俺がどうなるか、
分かるか」
震える声。
「分かります」
佐津野は、
頷いた。
「だから――」
机の上に、
一枚の紙を置く。
「あなたの名前は、
ここには書きません」
「事実だけ、
書きます」
男は、
唾を飲み込んだ。
「……それでも、
意味があるのか」
「あります」
「沈黙が破られた、
という記録になります」
* * *
男は、
短く話した。
誰が、
誰に圧をかけているか。
どこで、
誰が見張っているか。
名前は、
書かれない。
だが――
構造は、
浮かび上がる。
* * *
夜更け。
詰所。
帳簿は、
厚くなった。
ミーアが、
声を落として言う。
「……これ、
今すぐ役に立ちませんよね」
「はい」
佐津野は、
静かに答えた。
「でも――」
ページを、
そっと閉じる。
「記録は、
未来に使う武器です」
* * *
外。
闇の中。
誰かが、
苛立たしげに言う。
「……警察、
黙らねえな」
剣も、魔法もない。
だが――
脅されても、
沈黙しても、
書き続ける者がいる限り、
秩序は死なない。




