第17話 それでも越えてくる線
信頼が積み上がった、その翌日だった。
「――警察を呼べ」
倉庫街の奥で、怒号が上がった。
* * *
現場は、すぐに分かった。
倒れた木箱。
散らばる商品。
そして――血。
「……やりすぎだ」
周囲を囲む人々の中で、
一人の大男が腕を組んで立っていた。
倉庫街を仕切る用心棒。
名の通った存在だ。
足元には、
顔を腫らした青年。
「盗みだ」
大男は、当然のように言った。
「見せしめが必要だろ?」
「……警察が来る前に、
片付けただけだ」
空気が、凍る。
* * *
先に来ていた警察官が、
声をかける。
「傷害です」
「被害者は、
医療が必要」
大男は、鼻で笑った。
「今までは、
これで回ってた」
「警察が来たところで、
変わらん」
周囲の市民も、
沈黙している。
止めない。
だが、肯定もしていない。
「……越えてきたわね」
少し離れた場所で、
セリーナが呟く。
「ええ」
佐津野圭は、
一歩、前に出た。
* * *
「警察です」
静かな声だった。
「あなたを、
傷害の容疑で事情聴取します」
大男が、
じろりと睨む。
「拒否する」
「……拒否は、
自由です」
佐津野は、
頷いた。
「ただし――」
一枚の紙を、
ゆっくり取り出す。
「これは、
昨日承認された規定です」
――正当防衛を超える私的制裁は禁止
「あなたの行為は、
“線”を越えています」
「線?」
大男は、
笑った。
「そんなもん、
誰が決めた」
「社会です」
佐津野は、
即答した。
「そして、
今は――」
周囲を、
静かに見回す。
「警察が、
それを代弁します」
* * *
「……で?」
大男が、
一歩踏み出す。
「止めるのか?」
周囲が、
息を呑む。
警察官たちが、
位置を取る。
剣は無い。
鎧も無い。
だが――
逃げない。
「はい」
佐津野は、
目を逸らさなかった。
「止めます」
* * *
数秒の沈黙。
やがて――
大男は、舌打ちした。
「……面倒な連中だ」
腕を解き、
後ろを振り返る。
「だがな」
振り返りざま、
低く言う。
「次は、
素直に行くとは限らんぞ」
去っていく背中。
* * *
倒れていた青年が、
運ばれていく。
「……逮捕、
しなかったんですか」
若い警察官が、
小声で聞く。
「今日は、
線を示しただけです」
佐津野は、
答えた。
「越えた線は、
戻せません」
「でも――」
「次に越えたら、
必ず捕まえます」
* * *
夜。
詰所。
内部記録に、
赤字で書き込まれる。
――私的制裁の抑止:警告
ミーアが、
不安そうに言う。
「……敵を作りましたよね」
「はい」
佐津野は、
否定しなかった。
「警察は、
好かれる組織ではありません」
「でも――」
灯りの下で、
一行を指でなぞる。
「越えてはいけない線を、
越えた時に止める」
「それが、
警察です」
* * *
外。
夜の倉庫街。
遠くで、
誰かが呟く。
「……あいつら、
本気だぞ」
剣も、魔法もない。
だが――
線を引き、
踏み越えさせない存在が、
街に現れた。




