第14話 苦情受付窓口、開設
「――で、今日は何を始める気?」
詰所の入口に、新しい札が掛けられていた。
――王国警察 苦情・相談受付
それを見上げて、セリーナ・エルフェルトが眉をひそめる。
「……自分から殴られに行くスタイル?」
「はい」
佐津野圭は、即答した。
「警察官ですから」
* * *
開設初日。
扉の前には、
誰も来なかった。
「……来ませんね」
ミーアが、帳簿を整えながら言う。
「当然です」
佐津野は、椅子に座ったまま答える。
「苦情っていうのは、
“溜まってから”来るものです」
その言葉通り、
昼を少し過ぎた頃。
「……ちょっと、いいか」
最初の来訪者は、
倉庫街の中年商人だった。
「はい。
どうされましたか」
「……あんたらさ」
商人は、言い淀みながら言う。
「最近、
盗人を捕まえても、
すぐ解放するだろ」
「はい」
「正直、
腹が立つ」
ミーアが、少し身構える。
だが、佐津野は頷いた。
「ご不満として、
記録します」
「……え?」
商人は、拍子抜けした顔をした。
「怒鳴らないのか?」
「怒られているので」
即答。
「理由を、
もう少し詳しく教えてください」
商人は、しばらく黙り――
やがて、ぽつりと言った。
「……努力して稼いだ金だ。
それを、
軽く扱われた気がしてな」
佐津野は、ペンを止めた。
「大切なものを、
軽く扱われたと感じた、と」
「はい。
その通りです」
「ありがとうございます」
商人は、驚いた表情をした。
「……それで、終わり?」
「いいえ」
佐津野は、別の紙を差し出した。
「対応案です」
・被害回復の優先
・再犯防止策の説明
・被害者への進捗報告
「次回から、
こうします」
商人は、紙を見つめ――
小さく息を吐いた。
「……最初から、
そう言ってくれりゃあな」
* * *
次の来訪者は、
意外な人物だった。
「……苦情だ」
冒険者ギルドの若手冒険者。
「警察が動くせいで、
討伐依頼が減ってる」
「生活に影響が出ている、
ということですね」
「そうだ」
「記録します」
「……待て、
それだけか?」
「はい」
冒険者は、困惑した顔で言う。
「もっと、
反論してくるかと」
「職域の衝突は、
制度の問題です」
佐津野は、淡々と言った。
「個人を責めません」
「後日、
ギルドと協議します」
「……変な警察だな」
「よく言われます」
* * *
夕方。
詰所の前には、
数人の市民が並んでいた。
・騎士団の態度が怖い
・夜回りの時間が不規則
・警察官の口調が冷たい
細かい。
だが、現実的だ。
ミーアが、少し疲れた声で言う。
「……正直、
全部対応するんですか?」
「はい」
佐津野は、即答した。
「苦情は、
信頼の残骸です」
「……残骸?」
「期待が無ければ、
人は文句を言いません」
セリーナが、腕を組んだまま言う。
「つまり、
期待され始めてるってこと?」
「そういうことです」
* * *
夜。
詰所の灯りは、また消えない。
積み上がる、
苦情と要望の記録。
「……ねえ、佐倉」
セリーナが、少し真面目な声で言う。
「英雄扱いより、
よっぽどキツいわね」
「はい」
佐津野は、紙を揃えた。
「でも――」
窓の外。
通りを歩く人々の声。
「誰かが、
話を聞く場所がある」
「それだけで、
街は荒れにくくなります」
セリーナは、しばらく黙り――
小さく笑った。
「本当に、
面倒な男」
「公務員ですから」
詰所の札が、
夜風に揺れる。
苦情受付窓口。
それは、不満の出口であり、
信頼の入口でもあった。




