第1話 交番勤務、終了。そして異世界へ
「……こちら〇〇交番。救急と応援を要請。負傷者あり、犯人確保――」
無線機を握ったまま、佐津野圭はその場に崩れ落ちた。
胸に広がる焼けるような痛みと、遠ざかっていく街の音。
(……守れた、か)
通学途中の小学生。
刃物を振り回していた男。
そして、自分。
警察官として当たり前のことをしただけだ。
それで命を落とすなら、安い――そう思ったところで、視界は完全に闇に沈んだ。
* * *
「――起きなさい」
やけに澄んだ声で、意識が引き戻される。
「……ここは?」
目を開けると、そこは白一色の空間だった。床も壁も天井もない。ただ“白”だけが無限に広がっている。
そして正面には、ローブをまとった金髪の女性――いや、どう見ても人間じゃない存在が浮かんでいた。
「あなたは死にました。日本の警察官、佐津野圭」
「……ですよね」
意外と冷静な自分に、少し驚く。
職業柄、死体を見慣れていたせいかもしれない。
「あなたには選択肢があります。異世界へ転生し、新たな人生を歩むこと」
「テンプレですね」
「“テンプレ”とは?」
「いえ、なんでも」
女神は小さく首をかしげたあと、話を続ける。
「剣と魔法の世界です。あなたには特別な能力を与えましょう」
来た。ここで火球魔法とか、最強剣とかだろう。
「あなたの能力は――
警察官として培った知識と技術が、この世界で最大限通用すること
です」
「……地味じゃないですか?」
「派手さはありませんが、非常に厄介ですよ」
女神は意味深に微笑んだ。
「この世界には、犯罪という概念はありますが、
“捜査”“証拠”“法の下の平等”が存在しません」
「なるほど」
剣で解決。力で解決。
それが常識の世界。
「あなたの正義は、この世界にとって異物です。
それでも――行きますか?」
佐津野は、迷わなかった。
「はい。――警察官なので」
* * *
次に目を覚ましたとき、土と草の匂いが鼻を突いた。
「……異世界、到着っと」
体は若返っているらしい。装備は簡素な服一式。
だが、腰には見慣れた感触があった。
「手錠……?」
黒色に光るそれは、どう見ても日本の警察用手錠だった。
「武器じゃなくて、そっちかよ……」
そのとき。
「た、助けてくれぇ!」
悲鳴。
道の先で、ゴブリンのような魔物が、商人らしき男を追い回している。
佐津野は深く息を吸った。
(状況確認。加害者一名、被害者一名。凶器あり。
……よし)
走り出す。
「警察だ! その場に伏せろ!!」
異世界に、そんな言葉が通じるはずもない。
だが――
ゴブリンが一瞬、動きを止めた。
その隙を、佐津野は逃さなかった。
「抵抗するな。
――強盗未遂で逮捕する」
異世界最初の事件は、
剣でも魔法でもなく、“逮捕術”で解決されたのだった。




