1「拝啓、墓場より ― 帰郷する次男」
短編の連作です。
1,2,3,それぞれで主人公も、時も違います。
静かだ。……いつも通り、静かすぎるくらいだ。
このあたりはもう、限界集落ってやつで、村に残ってるのは数えるほどの年寄りだけ。
もう電車もバスも通ってない。道の駅すら廃業してるような、限界集落。
だけど、うちの墓は、ちゃんとここにある。
山の中腹、杉の木立に囲まれて、ぽつんと並ぶ墓石たち。
どれも苔だらけで、名前も読めないのもある。
けど、確かに、俺の家のものだ。
……父が亡くなったのは、もう十年以上前になる。
それからずっと、誰が墓を守るんだって話になって──結局、誰も引き取り手はいなかった。
兄貴はアメリカに渡って、そのまま帰ってこない。
妹は結婚して、あちらの家の姓を名乗ってる。
だから、こうして年に一度、俺が来る。墓の掃除と、屋敷の見回り。
俺は長男でもなんでもなかったが、なんとなく、俺しかやる人間がいない気がして。
「拝啓、墓場より」──そんな手紙でも出したくなる。
この墓に眠ってるのは、曾祖父や曽々祖父や、もっと前の先祖たちだ。地主だったらしい。
その頃は、屋敷も立派だったと聞いた。写真で見たこともある。
だけど今じゃ、あの家も、インターネットの「廃墟マップ」に載るようになった。
何度か、カメラを持った若い子が入り込んでた形跡もある。
ドアは開けっぱなし、床板は踏み抜かれ、泥と靴跡だらけの畳は湿気とカビで波打ってる。
けど、なぜか腹は立たなかった。
逆に、見つけてくれてありがとう、と思った。
まだ、人の記憶から消えていないのだな、と思えたから。
墓を建てた人も、家を守った人も、もう誰の口にも上らなくなったら、本当に消えるのだろう。
だから、こうしてここに来て、草を刈り、線香をあげて、少しでも名前を口にする。
それが、せめてもの供養だと思ってる。
都会では、それなりに働いてる。
家庭もある。子どもも高校に入った。
いろんな選択をして、いろんなものを捨てて、今の暮らしがある。
……だけど、こうしてこの場所に立つと、自分の中に、何かが残ってる気がする。
「じいちゃん、ばあちゃん。俺はここに来てるよ」
届かなくてもいい。ただ、言っておきたかっただけだ。
俺はきっと、ここに“帰る”んだろうな。そう思う。
骨になったら、この土に還るんだろう。
その時には、誰も墓参りになんて来ないだろうけど。
──拝啓、墓場より。
あの日、初めて墓参りに来たときは、なんで俺が、って思ってた。
でも今じゃ、俺のほうが、ここに会いに来てる気がする。
また、来るよ。
それまで、どうか、静かに、眠っていてください。
──合掌。