第9話
玄関のドアノブにかかっているビニール袋の中身がいつもとちょっと違いました。
――そこにはメモ用紙が一枚入っていたのです。
やや湿ってるけど、でもかろうじて読める。
でも着目すべきはそこじゃない。
LINEのIDが書かれていた。
ストーカーさんはわたしと連絡先交換がしたいのかな?
――油断してはいけない。
まだこのメモ用紙を書いて入れた主がストーカーさんだと決まったわけじゃない。LINEで友達登録した瞬間、詐欺被害に遭うとか性的な画像を沢山送ってくる相手だったらどうしよう……とか色々考えてしまう。
でも、あれ?
メモ用紙の下の方には『一ノ宮蓮音』と書かれている。
これはストーカーさんの名前。
登録、するか……。
ID検索してアカウントが見つかったので、友達登録した。
まず先に『hana』と書かれたニックネームを『蓮音さん』に変えた。
何故、蓮音がhanaになったのかは分からない。蓮が花だから? うーん、分からない。
取り敢えず、スタンプでも送りますか。
黒猫の『よろしくお願いします』スタンプを送った。
すると――。
『わたし、幸せ』
?
よろしくお願いしますの返しに「わたし、幸せ」って普通返しますか?
世界できっとあなただけだと思いますよ?
さてはメッセージ、見てませんね?
『メッセージちゃんと見て下さい』
『ありがとう』
日本語が通じない。ダメだ、ブロックしよう。
『LINE友達登録してくれてありがとう♡ わたし、幸せ』
そういう意味でしたか……。
『これからよろしくね、紗香ちゃん』
バレた……。そっか、ニックネームからバレるのか。うわ、名前、バレた。
『こちらこそ、よろしくお願いします。蓮音さん』
こうして連絡先交換を終えたわたし達。そして、この日から連絡だけ取り合って、ろくに会おうとしない奇妙な関係が始まった――。
これを遠距離恋愛、というのだろうか。
いやいや、わたし達そもそも恋愛してないし。お互いがインフルになって会えない友達みたい。
外に出ても、ストーカーされなくなった。寂しい。蓮音さんは別に引きこもっているわけではなく、たまに道で見かける。でも、わたしに気づくとすぐ逃げる。本当に避けられてる。
LINEを見ても――
『紗香ちゃんとは会いたくない』
何で? わたし、嫌われることした?
と思って返信すると。
『わたし、蓮音さんの嫌がること、しました?』
『ううん。神聖で尊すぎて、会いたくないの。わたしが触れたら、紗香ちゃんが壊れちゃうから。それくらい、脆いの』
は?
別に心配とか被害妄想する必要は無かった。
愛が重たいというかズレてるだけだった。
『だから、紗香ちゃんに触れていいのはわたしだけなの。でもわたしですら、触れる勇気無いから……ごめんね』
…………重症。
『わたし、この距離が一番落ち着く』
『それはわたしもです』
『ホント!?』
『でも……連絡取り合うのも楽しいですが、わたし、蓮音さんに会いたいです』
なに、言ってるんだろ。わたし。
『会いたい』だなんて。殺されるかもしれない相手に会いたいって……。ストーカーは本来、不気味でキモくて、不快な存在なはずなのに。
蓮音さんだからいいのかな。
『あ、そんな変な意味じゃないです。別に、会っても会わなくてもどっちでもいいです』
『わたしに、会いたいの?』
うう……。そんなに迫られると……。
『わたしも久しぶりに紗香ちゃんのかわいいお顔、見たいな……。自撮り撮って、送れる?』
『自撮り……』
『うん。自撮り』
『分かりました』
恥ずかしいけど、何枚か自撮りを撮ることにした。
自撮りとかやったこと無くて、不器用だけど。
蓮音さんが喜んでくれるなら。