第3話
何事にもきっかけはある。
例に漏れずわたしもそうで、人を好きになるにはきっかけがあった。
しかも好きになった瞬間は帰宅途中で。
好きになった相手は名前も知らない女の子で。
――下ろされたセミロングの黒髪。透き通るような白い肌。黒い眼鏡をかけたその子は遠目から見ても近づいて見ても、かわいい女の子だった。
だけどわたし、一目惚れなんてしない。
好きになったきっかけはちゃんとある。
あの日は雨の日だった。
夏の夕方頃の雨は夕立ともいって、激しい雨がすぐ降ってすぐ止む。でも、学校から出た時には既に降っていて幸い傘を持ってきていたので、そのまま帰れた。
ちなみにわたしの通学手段は『歩き』で学校からも近い。
「にゃー」
にゃー?
こんな激しい雨の日に子猫が外にいるの? 野良猫にしても雨とは似つかわしくない。
ザアザア。
すぐに猫の鳴き声は雨に掻き消される。
「にゃー」
ザアザア。ザアザアザー
「にゃあ、にゃあっ」
交互に聞こえる鳴き声と雨音。
猫が負けじと雨音に対抗してやがる。
これ、ホントに猫の鳴き声?
どこか人間くさい。
気のせいか……。
「にゃにゃにゃにゃー。にゃんっ」
いや、これ人間でしょ。
しかも近づくと子猫でも人間の赤ちゃんでもなく、人間の女の子がそこにいた。
ん?
――訂正。
そこには人間の女の子がいて、人間の女の子の腕の中には白い子猫がいた。
どうりで猫の鳴き真似が上手く聞こえたわけだ。
女の子の猫の鳴き真似と猫の鳴き声、どっちも含まれてたわけね。
……て、こんなザアザア降りの雨の中、傘ささなくていいの?
わたしは猫に夢中な女の子の頭を自分の傘で覆った。いわゆる、相合い傘というやつ。
一瞬、女の子がこっちを向く。
――見てしまった。
女の子のカッターシャツが雨に濡れて透け、ブラジャーがあらわになっているのを。
「あ、あの……ブラジャー透けて見えてるよ?」
「へっ!」
へっ、へっ、へっくしょん! ってくしゃみでもするのか?
と身構えていると……。
「へっ、ヘンタイ!」
バシッと左頬をビンタされてしまった。
親切心で教えてあげただけなのに……。
これが「言わなくていいこと」のひとつに入るのだろう。
女の子は子猫を抱えて、走り去ってしまった――。