第10話
『かわいい』
『可愛い!』
『カワイイ』
『まじ天使。かわいすぎ』
『紗香ちゃんの可愛さでわたし、尊死しちゃうよ……』
どれも蓮音さんから頂いた言葉。
単純なわたしは蓮音さんに『かわいい』って言われるだけで嬉しくなってしまうのです。
だから、ニ、三枚送るだけの自撮りを沢山送り過ぎてしまった。
最初は背景とか衣装とか撮らずに、顔だけを撮っていた。
『こんなかんじでいいですか?』
『いいよ。めっちゃかわいいよ』
自撮りの撮り方とか分からなかったけれど、彼女にかわいい、と言ってもらえるなら、それが正しいのかもしれない。
『……顔も充分かわいいけど、服とかも見てみたいな』
『コスプレ、ですか』
こういうふうに撮っていくうちに注文も入るようになった。
『コ、コスプレ!? もちろんやってくれるなら、期待はするけどそんなハードなのじゃなくていいよ。制服とかパジャマとか……下着とか…………』
『いま、何か余計な――って、LINEだから空耳とか聞き間違いとか通用しないの、分かってます? ちゃんと文章として記録されてますからね。わたしは下着姿にはなりませんよ?』
『うっ……』
すぐ該当メッセージは消されたが、わたしはバッチリ見てしまった。
――心機一転。
全身も映して送信する。勿論、今のわたしは制服姿だ。
『制服も似合っててかわいいね! どこの高校に通ってるの?』
『教えるわけないじゃないですか。秘密です』
『バレてるよ? 雨霧高校でしょ?』
『なっ!』
ストーカーさんはどこまでもお見通しのようだ。ストーカーは侮れない。
蓮音さんにパジャマを希望されたのもあるが、時間も夜なのでパジャマに着替える。
でも、子どもっぽいパジャマしか持っていなかった。
いま着ているのが、空をイメージした水色のパジャマ。子どもっぽいのに、安くて家族以外に見られない、という理由で中学生の頃から着続けてしまっている。
それを家族以外の人――蓮音さんに見せる。
幼稚とかダサいとか言われたら、イヤだなぁ……。
カシャッと撮って、送信ボタンを押す。
スマホを裏返して机に置く。
三秒目を瞑って、覚悟を決めてからLINEを開いた。
そこにはこんなメッセージが――。
『ロリかわいい』
……ろりかわいい?
どういう意味でしょう?
『ロリかわいいってどういう意味ですか?』
『幼気で、あどけなさが残っててかわいいって事だよ!』
『それって子どもっぽいってことですよね。すみません、こんな恥ずかしい姿晒して』
――すると、『GOOD』というスタンプが送られてきた。
次いで。
『抱きたい』
だ、だだだ、抱きたい!?
『蓮音さん?』
『子どもっぽいパジャマ着てても、抱きたいくらいかわいいと思ったの。だから、わたしには謝らないで』
わたしは『OK』というスタンプを送った。
これで、蓮音さんからのリクエストには全部応えられたはず。
でも彼女には少々気になるところがあるようで……。
『後ろの写真たての写真に映ってる男、だれ?』
『兄、ですけど……』
『よかった……』
??
『元カレとかだったら、殺さなくちゃいけないところだった』
怖い。やっぱり蓮音さんがストーカーなのは変わりなかった。
『てことは、わたしに元カノとか元カレとかがいちゃいけないってことですか』
『当たり前じゃん』
『……ですよね』
『ファーストキスが水野先輩でもセカンドキスはわたしだから。約束、破らないでね?』
『はい』
『かわいい』
あの、蓮音さん。かわいいが返事の添え物みたいになってませんか?
別にわたしは気にしてませんけど。
『――蓮音さんの自撮りが見たいです。まだですか?』
『それはちょっと』
『わたしばっかりだと不公平です』
『寝るね、おやすみ。ありがとう。かわいい』
そこでメッセージのやりとりが途絶えた。
蓮音さん、なにか隠してません?
取って付けたような理由考えて、「会いたくない」と言って。
わたしの自撮りは見たいのに自分の自撮りは見せたくない、と一方的に拒否して。
彼女の言う「かわいい」に裏があるんじゃ、というのは考えすぎな気がしますが。
でもやっぱり、蓮音さんの様子がおかしいです。
――三十分後。
リンクと共に一行だけのメッセージが送られてきた。
そのリンクは『アイスクリームの作り方』のレシピサイトに飛ぶリンクだった。
『スーパーやコンビニに売ってるアイスも美味しいけど、家で作るアイスも美味しいよ!』
……こ、これって。
蓮音さんはもうわたしの部屋にアイスを届けにきてくれなくなるってことですか。
わたしに会いにきてくれないんですか。
蓮音さん、わたし…………。
――返事はしなかった。
その代わり、玄関のドアノブを確かめに行った。