第9話 最高の飯屋の見つけ方
ハンサムが教えてくれるまで知らなかったのだが、どうもこの世界は飯屋というものが少ないらしい。
基本的には酒場かカフェのようなものがほとんどで、数少ない飯屋も肉屋なら肉、魚屋なら魚といったように、どちらかといえば専門店のような店がほとんどだそうだ。
しかし、その中でも数少ない料理専門の店(俺たちの世界でいうところのレストラン)のようなものにあたるのが、俺たちのいる店、つまりこの
「飽食の竈屋」
なんだそうだ。
俺とメルルとエリゼの三人は、ギルドで偶然再会したハンサムに誘われるかたちで一晩ごちそうになることにした。
「助かったよハンサム。あんたがいなければ俺たちの冒険はあそこで終わっていたな」
「クハハ! 大げさだな」
ハンサムは酒瓶をあおりながら豪快に笑った。
「大げさじゃねえよ。今も飯おごってもらってるわけだしな」
「クックック。いくらでも食べてくれよ。じゃないと奢りがいがねえってもんだ」
「言われなくても」
朝に山菜を食べて以来、何も口にしていなかった俺たちは、「飽食の竈屋」で次々と運ばれてくる料理を、それぞれ片っ端からたいらげているのだった。
特にメルルなんかはとんでもない食欲で、すでに俺とエリゼの三倍は食べ終わっている。
「ガハハハハ! 次じゃ次ィ!」
ついさっきウェイターが運んできたばかりの料理もぺろりとたいらげたメルルは、両手に持ったスプーンとフォークを皿にカンカンさせながらもうすでに次の料理を待っている。
サ〇ヤ人かおのれは。
「おいメルル、少しは遠慮ってものを覚えろよ」
「ガハハ! 知らん! ワシは食べたいだけ食べるのじゃ」
「お前なあ…」
「クハハ。好きに食べろ嬢ちゃん。子供は食べて育つのが仕事だ」
「すまないなハンサム」
「いいってことよ。それに食い意地だけで言えばお前さんも相当なもんだぜ?」
「む…」
ハンサムはニヤリと笑いながら、俺の座っているテーブルの両サイドに置かれた、すっかり空になった皿を指さした。
思わぬ指摘に、俺は顔が赤くなってしまう。
「ま、まあ。御馳走だしな…」
「クハハ!」
ハンサムは気にする様子もなく、また豪快に笑い飛ばすのだった。
夜もすっかり更けてきたころ、向こう三日分くらいの食事を腹につめこんだ俺たち(といってもほとんどが俺とメルル)は、テラス席に移動して夏の夜風にあたりながら酒を飲みかわしていた。
「しかし今日は本当に助かったよハンサム。ギルドでの恩は一生忘れない」
「大げさだな。たかが3000ドールだ、気にするほどの額じゃねえ」
そう、ギルドでハンサムに再開した俺たち。事情をきいたハンサムは、すぐに好意で3000ドールを貸すと申し出てくれた。…しかも無利子で。
返す当てもないし、さすがにそれは申し訳ないと断ったが、なかば強引に押し付けられるかたちでハンサムから金を受け取った。
ハンサムが言うには、【投資】らしい。
「あの時も言ったが、投資だよ投資。商人の基本だ。俺は回収できると思ったものにはいくらでも金をつぎ込むんだよ」
「はあ、そんなものなのか」
「ああ。それに俺は、貸したものはきっちり回収するぜ」
「…ふっ、それは怖いな」
いったいハンサムが俺たちのどこに投資したいと思ったのかは分からないが、まあ、悪いやつではなさそうだし好意は素直に受け取っておくことにした。
それに、エリゼの言っていた「死の匂いがする」ってのも、やっぱりエリゼの勘違いに違いない。
ギルドでハンサムと再開してからエリゼは黙りっぱなしだが、まあ、そのうち機嫌も直るだろう。
「ところでハンサム、さっき誰かを待ってるって言ってたな」
「ああ、俺の仲間だよ。すぐに合流する予定だったが、仕事が長引いているみたいだな」
「ふーん」
「お、噂をすればだぜ」
ハンサムがそういって顎をクイッと後ろへやった。こいつは動作がいちいちハンサムだな。
夜の暗闇の中から現れたのは、二人の男だった。一人は背の高いやけに細身の男。もう一人は背は小さいが、筋肉質でよく日に焼けた小麦色の肌の男だった。
「紹介するよ、こいつらは俺の仕事仲間だ。背の高い方がダール。ムキムキのほうがスタンだ」
ハンサムが紹介すると、ダールと呼ばれたほうのノッポはニッコリと笑って挨拶し、スタンと呼ばれた方の男は、無表情のまま軽く会釈した。
「よろしく、俺の名は坂田泥一。こっちはエリゼで…今は寝ちまってるけど、このちっこいのがメルルだ」
紹介されたエリゼは、黙ったままほんの少しだけ軽く会釈した。
「よろしく、坂田泥一くん。エリゼさん。それにしても君珍しい名前だね」
「あ、ああ。田舎の出なんだよ」
「へえー。ま、なんでもいいや」
なんでもいいのかよ、と思ったが会話を掘り返されても面倒なので黙っておくことにした。
ダールと握手をした俺はスタンとも握手をしようとしたが、相変わらずの無表情で無視されてしまった。
それを見たハンサムは、酒を飲みながら笑った。
「クハハ! まあ、気にしないでくれ。スタンは人見知りなんだよ」
(人見知りって、そういうレベルかよ…)
握手を無視された俺はほんのちょっぴり、というか内心かなり傷ついていたが、まあ、無視の度合いで言えばうちのエリゼも相当なものなので文句は言えない。
そうこうしていると、ハンサムが飲んでいた酒瓶をカンとテーブルに置いた。
「それよりお前ら、仕事は終わったのか?」
すると、さっきまで黙っていたスタンがこくりと頷いた。
「ああ、問題ない。すべて完了した」
「そうか、ならいい」
と言ってハンサムはまた酒を飲みだした。
「仕事って、たしかハンサムは商売をしてるんだよな?」
「ああ。ま、商売と言ってもほとんどが個人の請負だがな。冒険者時代にできたお得
意様に荷物を届けるんだ。俺はそこそこ腕が立つし、安心して仕事を任せられるんだとよ」
「なるほどな」
たしかに、この世界はみたところ物流はそれほど整備されていなさそうだ。飛行機もなければ、電車もない。自動車もない。そんな、オラこんな異世界いやだ状態では、荷物一つ届けるのも一苦労なのだろう。
「で、お前たちこれからどうするんだよ」とハンサム。
「うーん、何も考えてないなあ」
「クハハ! なんだそれ。よかったら俺のところで仕事紹介してやるぜ?」
「どうしようかな…」
たしかに、魅力的な提案だ。
俺はしばらく迷ったが、その誘いは断ることにした。
その言葉を聞いた瞬間、エリゼが俺の方をチラッと見たのが気になったからだ。
「申し出はありがたいけど断らせてもらうよ。しばらくは自分たちの力で頑張りたいんだ」
それを聞いたハンサムは、特に気にする様子もなくそうか、とだけいってまた酒を飲みだした。
「そうかい。ま、何か困ったことがあった頼ってくれや。いつでも力になるぜ」
「ああ、もちろんだ。逆に何かあったらいつでも言ってくれ。といっても俺にできることなんてしれてるがな」
「クハハ! そうだな」
俺たちはその後もしばらく話を続け、ちょうど日付をまたごうとしていた頃にお開きとなった。
別れ際、ハンサムはじゃあな、とだけ言って爽やかに去って行った。
まったく、最後までハンサムなやつだ。
俺はぐっすり眠っているメルルを抱きかかえ、エリゼといっしょにラブ―ホまで戻ることにした。
「な、ハンサムたちはいいやつだろ?」
「…そうだな」
そうは言ったものの、エリゼは何か納得いっていない様子だった。
しかし、俺とエリゼのあいだにそれ以上の会話はなく、俺たちはまた、ラスビレグの大通りを坂上に向かって歩き出した。
途中、何やら大きな声が聞こえてきた。男たちの声だ。
何を言っていたのかは覚えていない。だが、何か慌てているような声だった。
しかし、酒に酔っていたせいだろう。俺は特に気にすることもなくラブ―ホに戻り、例の綺麗な景色が見える部屋で眠りについた。
いやに月の綺麗な、ラスビレグの夜のことだった。




