第4話 最高のキャンプのはじめ方
ドサッ!
「うっ、痛ぇ!」
急な衝撃が俺の全身を襲った。
どうやら、空中から落下したらしい。
俺は起き上がって、あたりを見渡した。
「ここは、森か…?」
夕方くらいだろうか。
まだ光はあるが、ほんのりと夜の気配がただよい始めている。
周りを見渡しても、あるのは木、木、木。
どうも俺は、森のなかにワープしてしまったらしい。
「ったく、フィウスのやつももうちょっとマシな場所に転送してくれよ」
と文句は言うものの、とはいえ街の中にいきなりワープされてもそれはそれで困るので、許してやることにした。
と、そこへ、ザッ、ザッ、ザッ、と草むらを掻きわける音が聞こえた。
(誰だ、こっちへ近づいてくる。…もしかして、クマ…?)
異世界にクマがいるのかは分からないが、これが野生動物ならかなりマズい。
転送されたばかりで、俺はいま武器と呼べるものを何ももっていない。
俺は、興奮する心臓をゆっくりと落ち着かせながら、野生動物に対するごくわずかな知識を思い出していた。
「はっ、そうだ…!」
野生動物は基本的に臆病だ。少しでも危険を感じれば獲物を襲ったりはしない…と聞いたことがある。
つまり、今の俺に取れる選択肢は一つだ…!
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおお!」
俺は少しでも大きく見せるために両手を左右にひろげ、腹の底から大声を出した。
すると、先ほどまで聞こえていた足音がぴたりとやんだ。
(どうだ野生動物め、人間さまの怖さを思い知ったか!)
などと俺がマヌケなことを考えていると、草むらのなかから、片手に野枝を携えたエリゼがあらわれた。
「あれ、エリゼ……?」
「何をしているんだ下郎」
げ、下郎て。
エリゼのせいで素に戻った俺は、急に自分のやったことが恥ずかしくなった。
「くっ、紛らわしい音をたてたのはそっちだろ!」
「何を言っている。なぜ貴様は全裸なのだと聞いたのだ」
「うん? 全裸…? って、ぎゃああああああああ!」
恥ずかしい! 穴があったら入りたい!
「叫びたいのはこちらのほうだ。粗末なものを見せおって」
エリゼは俺のことなど知らんぷりで枝を集め、火をおこし始めた。
くそっ、つまり俺は全裸で両手を拡げながら女性に向かって大声で叫んでいたわけだな。うん、これ普通に地球なら捕まるやつだ。ていうか地球じゃなくても捕まるやつだ。
「あ、あの。エリゼさんも転生してきたんですよね…なんで服を着ているのかなって…教えてもらったりできます…?」
エリゼはまるで汚物でもみるような目つきで俺の方をちらっと見た。
「はあ、つまり貴様は私に服を脱げと言っているのか? こんな森のなかで、か弱い娘相手に何をしようというのだ」
「そういうことじゃねえ!」
はあ、とため息をつき、エリゼは右の掌を俺に向けた。
「貴様の粗末なものなど見てられん。これでも着ておけ」
エリゼの右手が発光し、しばらくすると空中に奇妙な魔法陣が浮かんだ。
「お、おおお!」
おそらく、これがフィウスの言っていた魔法ってやつだろう。
空中の魔法陣から、衣服のようなものがポトリと落下した。
「すごいなエリゼ、これが魔法ってやつか!」
「ふん。はやく服を着ろ奴隷」
こ、こんどは奴隷かよ。
エリゼの悪口のボキャブラリーに少し関心してしまいながらも、俺は急いで服を着ることにした。
「で、お前たちは何をしてたんだよ。メルルのやつはどこにいるんだ?」
「転送の都合で少し時間がズレたんだ。私とお嬢さまは貴様より先に到着した。お嬢さまは近くの川で沐浴中だ」
「ふーん、なるほどね」
「分かっているとは思うが…」
「うん?」
「決して除くなよ?」
エリゼは先ほどのように右手を発光させながら、俺の方をギラギラした目で睨んできた。
「さ、さすがに見ねえよ…」
そう、俺は親の金を毟り取るアホ大学生だが、そこまで落ちぶれてはいない。
メルルの見た目は、せいぜい小学一年生か二年生くらい。
そんなやつに欲情していたら俺はただの性犯罪者だ。
「で、どうするんだ」
「さすがに暗いのでな、今日はここで野宿をする」
「ちげえよ」
「うん?」
「火、起こすんだろ? 手伝うからやり方教えてくれ」
先ほどから頑張ってはいるのだが、エリゼはこういう細かい作業は苦手なのか、なかなか火をつけるのに苦戦している。さすがに見ていられなくなったので、俺は手伝うことにした。
「疲れただろ、変われよ。俺がやる」
「…ふん」
な、なんだよ黙り込んじゃって。
俺、なにかマズいこと言ったか?
しまったな、話題を変えてみるか。
「そ、そういやさ。こういうの魔法でちゃちゃとできねえの。何かこう、火をだして、みたいな?」
「…はあ」
エリゼは大きなため息をついて、こめかみを押さえた。
「貴様は魔法の【ま】の字も知らんのか」
そりゃ知らないだろ。魔法のまの字なんて。
と、言いかけたが怒られそうなのでやめた。
「魔法とはそれ程便利なものではない。貴様のもといた世界でもスポーツのできるもの、学問のできるもの、芸術に秀でたものとそれぞれがいただろう。魔法も同じようなものだ。持って生まれた才能で使える魔法はおのずと決まる。私は火の魔法は不得意でな」
「そ、そうなのか…」
理由は分からないが、エリゼはやけに丁寧に教えてくれた。
上機嫌なエリゼの機嫌を損ねないように、俺が黙々と火おこしを続けていると、ガサガサッと草むらから足音が聞こえた。
「だ、誰だ!」
今度こそ本当にクマか、と思ったのもつかの間。そこに立っていたのは、素っ裸で仁王立ちしたあの幼女さまだった。
「ガハハハハ! メルルさま参上!」
「何バカなことしてんだよ…」と俺があきれていると、
「お、お嬢様。服を着てください!」
エリゼが大慌てでメルルに服を着せた。
やっとの思いでメルルに服を着せ、エリゼが安心したのもつかの間。
「むう、この世界の服はなんだかゴワゴワするのう…。やっぱり脱ぐのじゃ!」
といって、またしてもすっぽんぽんになったメルルと、服を着せたいエリゼの追いかけっこがはじまったのだった。
「はあ、もう勝手にやってくれ。俺は火をおこしておくからな」
かくして、二人の追いかけっこは一時間にもおよび、
「せめて前だけは隠してください!」
というエリゼの悲痛の叫びが届いたのか、結局タンクトップとショーパンの姿に落ち着いた。
どこの世界にタンクトップでショーパンの神サマがいるんだよ、とツッコミたくなったが、これ以上話がこじれるとめんどくさそうなのでやめた。
そんなことをしていると、あたりはすでに暗くなっていた。
疲れが溜まっていたのだろう。俺が何とか火をおこすことに成功し、エリゼの採ってきた山菜を食べ終えたところで、俺たち三人は泥のように眠ってしまった。
こうして、俺の記念すべき異世界生活一日目は、とくに何をするでもなく終わりを迎えた。




