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第29話 Get Back, そして、


 空を突くようなラッパの快音が耳を揺らしている。

 俺はベッドから起き上がり、ラブ―ホの窓からラスビレグの街を一望した。見ると、街では、色とりどりの衣装を着こんだ若い娘たちや、派手な格好をした商人たちで大いににぎわっていた。


 (なんの騒ぎだ、これ…?)


 俺がぼんやりとその景色を眺めていると、ラブ―ホの扉をノックする音が聞こえた。


「どうぞ」


「ああ、泥一さん。おはようございます」


「ああ、メレナ。おはよう。これは一体何をしてるんだ?」


「ふふっ。まだ寝ぼけてるんですか? 今日は祭りですよ。街の英雄をねぎらうための」


「街の英雄…? ああ、そういえば…」


 そう。昨晩ハンサムたちを私兵に引き渡し、囚われていた子供たちをメレナに送り届けたところで、例のアイリスの神殿の長老がやってきた。彼が言うには、俺たちに孫を助けてくれた礼がしたいとのことらしい。

 正直、おっさんの圧が強烈だったのと、スタンとの戦いの疲労(といっても俺は何もしていない)で答えるのが面倒だったので、適当にハイハイと相槌を打ってしまった。

 で、いまにいたるという訳だ。


「そんなこと言ってたな、あのおっさん」


「ふふっ、英雄が遅刻してはいけませんよ。さあ早く着替えてください、みんな泥一さんのことを待ちわびていますよ!」


(はあ、まったく面倒だな。正直、もう少し寝ていたかったところだが…)


 とはいえ、誰かに祝われるというのは悪い気はしない。

 それに、適当に相槌を打っていただけとはいえ、約束をしてしまったことでもある。

 俺はメレナに促されるまま寝巻を脱ぎ、これまたご丁寧に用意してくれた衣装に着替えた。



 ラブ―ホを出ると、街民たちが一斉に俺を出迎えてくれた。

 知らないやつや、知ってるやつ。お、あそこにギルドのお姉さんの姿が見えた。

 まあ、ほとんどは知らない奴なのだが、みんな平日の朝っぱらから酒を浴びるように飲んで陽気に過ごしている。


「ったく、俺たちがどれだけ苦労したのかも知らないで楽しそうに…」


「ふふっ。そう言わないでください。みんな心のなかでは感謝していますよ」


「ふっ、そうか。なら感謝は行動で見せてもらおう!」


 俺は、覚悟を決めて街民たちのなかに飛び込んだ。


「おらあ、英雄さまの登場だ、酒を持ってこぉい!」


「お、主役の登場だ! 待ってたぜ兄ちゃん!」


 いっきにボルテージの上がる市民たち。彼らは、俺に酒を飲ませようと皮袋のワインを大量に持ってきて、俺にぶっかけた。

 しまいには、どこかから酒樽まで持ってきたやつもいる。


「おらぁ、飲め飲め! 今日は店のおごりだ!」


 はしゃぐ店主。後で後悔するだろうなとは思いつつも、タダ酒とはありがたい申し出なので、頂戴することにした。


「いっき! いっき! いっき!」


 と、どこぞの大学生のようなコールをされながら、俺は皮袋のワインを一息に飲み込む。

 まあ、どこの世界も、酒飲みのやることなんて大して変わらない。


「くふう…おら、酒が足りねえな!」


「いいぞ兄ちゃん! もっと酒もってこいやあ!」


 そこからは祭りだった。文字通りの祭りだった。

 テンションの上がった街民たちにもみくちゃにされた俺。美女たちには顔いっぱいにとびきりのキスマークをもらい、男衆には服を引きはがされ、ほぼ全裸の状態で浴びるように酒を飲まされ続けた。

 そんなこんなで、俺はほぼベロベロになってしまい、やっと解放されてラブ―ホに帰って来た時にはほぼウォーキングデッドのような醜態を晒していた。


「うぃ~。帰ったぞぉ! おらあ、メルル! エリゼ! 出て来いやあ」


 俺は千鳥足でラブ―ホのなかを探しまわったが、エリゼたちの姿は見当たらない。

 まったく、あいつらはどこぞで酒でも飲んでるのか?


「…うう~。頭いた。寝よ」


 部屋に時計はないが、時刻は夜の9時といったところだろう。

 窓の外は、もうすっかり暗くなっていた。しかし、だというのに街では、いまだに寝付かない人々が飲んだ暴れたのドンチャン騒ぎを続けている。

 そんな彼らの騒音を聞き流しつつ、俺は、酒に酔った人間がそうするように、ほぼ気絶とも言えるようなスピードでベッドに沈み込んだのだった。


 俺が目覚めたのは、…否。目覚めさせられたのは、その約一時間後のことだった。



 目が覚めて、まっさきに飛び込んできたのは燭台の明かりだった。


「うっ。まぶしい…」


 俺は二日酔いの頭でベッドから起き上がり…って、あれ?

 すぐに違和感に気づく。

 頭がまったく痛くないのだ。相変わらず疲労はたまっているが、それを抜きにしてもすこぶる身体の調子がいい。


「うおお…、なんだこれ。もしかして丸一日寝てたとか…」


 その時、俺の耳に例のドンチャン騒ぎの音が飛び込んできた。


「あれ、まだやってるのか…?」


 起き上がって窓の外を覗くと、ラスビレグの空は暗く、いまだ覚めやらぬ熱気が街中を支配していた。

 酒によった時特有の、時間の感覚が不確かになる現象を感じた俺は、もう一度ベッドに座り込む。


 (今は何日の何時なんだ…。俺はどれだけ眠ってた? まさか…)


 「タイムリープ!」


 「何をわけのわからぬことを叫んでおるのじゃ…」


 ふと声のした方向をみると、部屋の扉の前で突っ立ったメルルと、あきれ顔のエリゼの姿がそこにあった。


「お、おお…。お前たちか。悪いが俺はどれくらい寝てたんだ?」


「ふーむ、一時間ってところかのう?」


「そんなわけないだろ。あれだけ酒を飲んで、こんなに身体が軽いってことはないだろ」


「メレナに魔法で治してもらったのだ。アルコールを分解する魔法でな」


 おい、さらった言ったけどやばすぎる魔法だろ。

 今まで出てきた魔法のなかで一番の発明じゃないか?


「貴様がお嬢さまの前で醜態を晒していたのでな、少々お灸をすえてやった」


「へえ。まったく記憶にな…って」


 ひいぃ!


 ふとエリゼのほうを見ると、ハンサムたちに向けていた時以上の怒り顔で、俺を睨みつけているのだった。


「まさか、あんなことを貴様がするとはなあ…。貴様のことを少しは認めてやっていたが、すべて台無しだな」


「うむ。あれはヒドかったのう…」


 おい、いったい酔った俺はこいつらに何をしたんだよ?


 とりあえず俺はエリゼたちに土下座をし、なんとか許しを得ることに成功した。

 どうにも、エリゼたちがラブ―ホに帰ってきた瞬間、ベッドで寝ていた俺が跳ね起きて、エリゼたちにとんでもないことをしでかしたらしい。

 …何をしたのかは怖くて最後まで聞けなかった。


 

 そんなこんなで時刻は夜の十時ごろ。何とかエリゼの怒りも収まってきたところで、俺たちはもう一度ラスビレグの街に出ることにした。

 夜も深まってきて、さすがに街民たちもそろそろ帰りだしている頃合いだったからだ。まあ、俺が二度とこいつらの前で酒を飲まないという契約付きではあるが。

 それに、反対すると思っていたエリゼが案外すんなり聞き入れてくれた。


「まあ、ちょうどいい。少し人気のないところで話そう。…それに、お嬢さまにも関係する話です」


「ここではダメなのか?」とメルル。


「いえ、少し風に当たりたいのです。…お嬢さま、よろしいでしょうか?」


 メルルははじめこそ不思議がっていたが、エリゼのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、すんなりと了承した。


 しかし俺には分かる。エリゼは少しでもメルルといっしょにいたいのだ。メルルと過ごす大切な時間を、少しでも引きのばしておきたいのだ。


 なぜなら、エリゼは神のいる場所へ帰ってしまうのだから。

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