第27話 最高の困難のはじまり⑬
「おらぁ!」
強烈な横一閃。ハンサムの放った槍が、エリゼの衣服の端を切り裂く。
そのあまりのスピードに、エリゼも対応するので精いっぱいだ。
なんとか反撃のチャンスを見つけようとするも、ハンサムはすぐにそれを察知し、機敏な動きでそれに対応する。
「くっ…」
思わずエリゼの表情がくもる。
エリゼは得物を使わない。いや、本来使う必要がない。それほどまでにエリゼの魔法使いとしての才覚、戦闘力は優れているからだ。
しかし、ことハンサムとの戦いにおいては、その得物の差がそのまま勝負の結果に表れている。
エリゼの衣服はボロボロで、ところどころ出血もしている。しかし、対するハンサムは傷一つなく、まだ無傷の状態でエリゼを追い詰めていた。
「おらおらぁ! どうした嬢ちゃん、反撃してこいよ!」
「…」
「クハハ! いいねえ、クールな女は俺の好みだ!」
余裕の表情でエリゼを追い詰めるハンサム。たった一本の槍を、まるで無数の雨のようにエリゼの上空から叩き込んでいた。
(まだだ、まだ勝機はある…)
しかしエリゼは冷静だった。メルルを奪われた怒りが、いまは却ってエリゼを冷静にさせていた。彼女はいま、持てる力のすべてをハンサムとの戦いにつぎ込んでいた。
エリゼが狙っているのは、たった一点だった。それは、槍そのものの弱点とでも呼べるものだ。
いくら熟練の槍使いとはいえ、その特性上、弱点はある。それは、一度ついた槍は手元に戻さなけらばならないことだ。とはいえ、それはあくまで素人の話。ハンサムほどの槍使いならその程度の弱点は克服している。
ハンサムは一度ついた槍を左右に切り裂くことで、相手をのけぞらせる。そしてその隙に槍を手元に戻し、また突く。これを高速で繰り返している。
しかしもちろん、そんなことは戦っているエリゼ本人が最も理解していた。
つまり、エリゼが待っているのはそんなことではない。もっと根本的に、ハンサムの意識を削ぐ何か。突拍子もないような出来事、それが起こるのを待っていた。
「ハッ!」
ハンサムの槍が勢いを増す。
段々と弱ってきたエリゼを、完全に仕留める気だった。
「くっ…」
エリゼの右手が発光し、空間魔法の黒い斬撃がハンサムを襲う。
しかし、不利な体勢から放った斬撃を、ハンサムはいともたやすく弾いてしまう。
「クハハ! 当たるかよ!」
しかし、エリゼは続ける。二発、三発と、ハンサムに向かって斬撃を飛ばす。
いくらハンサムとは言え、エリゼの空間魔法をまともにくらえばひとたまりもない。ハンサムはエリゼの斬撃に対して距離をとった。
…しかし、さらに続けるエリゼ。次第に照準も乱れ、エリゼの斬撃は、ほとんどハンサムに当たることすらなく、周囲の木々に吸い込まれていった。
いまや、エリゼの魔力は底をつきかけていた。
「…あっけないねえ、嬢ちゃん。あんたほどの魔法使いが、冷静さを見失ってこのザマとは。もう魔力も残ってないんだろ?」
「…」
エリゼは肩で息をしていた。もはや、会話をする体力すらエリゼには残っていなかった。
「クハハ! もう俺とは話したくないってか。仕方ねえなあ、美人を殺すのはおしいが、一息に殺ってやるよ!」
ハンサムとエリゼの距離、およそ20メートル。その距離を、ハンサムはたったの一跳躍で詰め寄った。
ハンサムは槍を振り被り、もはや避ける素振りすらみせないエリゼに叩きつけた。
「死ねえ!」
ハンサムの槍が、エリゼを襲った。
*
「…あちらも大詰めのようですね。さきほどまでの音が止んだ」
ラスビレグの夜空は星がかかり、綺麗な月が二人を照らし出していた。
無傷のままたつスタント、血まみれのまま地面に這いつくばった坂田泥一。
スタンは星を見上げながら、坂田泥一に話しかけていた。
「返事がありませんね。…もう死にましたか?」
「まだ…死んでねえよ……」
「そうですか」
スタンは、相変わらずの無表情で答えた。
実のところ、スタンと坂田泥一の戦いはすぐに終わっていた。
スタンの圧勝だった。
坂田泥一には知る由もないが、スタンは元傭兵である。数々の戦場を渡り歩き、後にハンサムの護衛として雇われた。
スタンの人生哲学の一つに、無意味な殺生はしないというものがある。彼がいま生かされているのは、ただその一点の理由のみである。
しかし、スタンは理由さえあれば誰でも躊躇なく殺す。いまや坂田泥一の命は、薄氷の上にあった。
「私はね、本当に殺しはしたくないのですよ。殺戮は無意味です。そこからは何も生まれません」
「…なら、俺を生かしてくれてもいいんだぜ」
「それはできません。戦いの火ぶたは切られたのです、あとは殺し合うのみでしょう」
「はっ、意味わかんねえよ」
「分からなくてもよいのです。人があるかぎり争いがうまれ、争いがある限り戦いの螺旋がうまれます。我々はその螺旋に放り込まれたみじめな奴隷なのです。考えることはなく、ただ殺しあえばよいのです」
「くだらねえよ、それ」
「いいえ、これは神の意志です。我々は神の奴隷なのです」
「はっ。神がなんだって言うんだ。奇遇だが、神なら俺もあったことあるぜ」
「?」
「顔はまあ、なかなかイケメンなんだが。そいつは重度のシスコンでな」
「…あなたは何を言ってるんです?」
「まあ聞けよ。俺はそいつに妹を任されたんだよ。この世界を旅するために、道連れってやつだ。でもまあ、任されちまったもんは仕方ない。俺はそいつを助けるために、こんなところまでやってきたってわけだ」
「…可哀そうに。死の間際で頭がおかしくなったのですね」
「はっ! 可哀そうなのはあんただよ」
「何です?」
「まあ、本題はここからだ。けどその妹はとんでもなく強いやつでな。正直、俺なんかいなくても一人で生きていけるやつなんだよ。何なら、俺が助けられてるくらいだ。だから今回も、助けてもらおうと思ってる」
俺は仰向けになり、全身に力を込めた。
そして腹に力をため、精一杯の声で叫んだ。
「メルルうううう! 助けてくれええええ!」
「…あなたは何を」
瞬間、空が黒くなった。
文字通り、真っ黒。星の光は届かず、月の光は消え失せた。
俺はじっと目を閉じ、すべてを託した。
俺ができるのはここまでだ。あとは頼んだぞ。
「メルル!」
「おう! 炎球!」
灼熱の火炎が、俺の全身を覆った




