表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/30

第27話 最高の困難のはじまり⑬


「おらぁ!」


 強烈な横一閃。ハンサムの放った槍が、エリゼの衣服の端を切り裂く。

 そのあまりのスピードに、エリゼも対応するので精いっぱいだ。

 なんとか反撃のチャンスを見つけようとするも、ハンサムはすぐにそれを察知し、機敏な動きでそれに対応する。


「くっ…」


 思わずエリゼの表情がくもる。

 エリゼは得物を使わない。いや、本来使う必要がない。それほどまでにエリゼの魔法使いとしての才覚、戦闘力は優れているからだ。

 しかし、ことハンサムとの戦いにおいては、その得物の差がそのまま勝負の結果に表れている。

 エリゼの衣服はボロボロで、ところどころ出血もしている。しかし、対するハンサムは傷一つなく、まだ無傷の状態でエリゼを追い詰めていた。


「おらおらぁ! どうした嬢ちゃん、反撃してこいよ!」


「…」


「クハハ! いいねえ、クールな女は俺の好みだ!」


 余裕の表情でエリゼを追い詰めるハンサム。たった一本の槍を、まるで無数の雨のようにエリゼの上空から叩き込んでいた。

 

 (まだだ、まだ勝機はある…)


 しかしエリゼは冷静だった。メルルを奪われた怒りが、いまは却ってエリゼを冷静にさせていた。彼女はいま、持てる力のすべてをハンサムとの戦いにつぎ込んでいた。


 エリゼが狙っているのは、たった一点だった。それは、槍そのものの弱点とでも呼べるものだ。

 いくら熟練の槍使いとはいえ、その特性上、弱点はある。それは、一度ついた槍は手元に戻さなけらばならないことだ。とはいえ、それはあくまで素人の話。ハンサムほどの槍使いならその程度の弱点は克服している。

 ハンサムは一度ついた槍を左右に切り裂くことで、相手をのけぞらせる。そしてその隙に槍を手元に戻し、また突く。これを高速で繰り返している。


 しかしもちろん、そんなことは戦っているエリゼ本人が最も理解していた。

 つまり、エリゼが待っているのはそんなことではない。もっと根本的に、ハンサムの意識を削ぐ何か。突拍子もないような出来事、それが起こるのを待っていた。


「ハッ!」


 ハンサムの槍が勢いを増す。

 段々と弱ってきたエリゼを、完全に仕留める気だった。


「くっ…」


 エリゼの右手が発光し、空間魔法の黒い斬撃がハンサムを襲う。

 しかし、不利な体勢から放った斬撃を、ハンサムはいともたやすく弾いてしまう。


「クハハ! 当たるかよ!」


 しかし、エリゼは続ける。二発、三発と、ハンサムに向かって斬撃を飛ばす。

 いくらハンサムとは言え、エリゼの空間魔法をまともにくらえばひとたまりもない。ハンサムはエリゼの斬撃に対して距離をとった。


 …しかし、さらに続けるエリゼ。次第に照準も乱れ、エリゼの斬撃は、ほとんどハンサムに当たることすらなく、周囲の木々に吸い込まれていった。

 いまや、エリゼの魔力は底をつきかけていた。


「…あっけないねえ、嬢ちゃん。あんたほどの魔法使いが、冷静さを見失ってこのザマとは。もう魔力も残ってないんだろ?」


「…」


 エリゼは肩で息をしていた。もはや、会話をする体力すらエリゼには残っていなかった。


「クハハ! もう俺とは話したくないってか。仕方ねえなあ、美人を殺すのはおしいが、一息に殺ってやるよ!」


 ハンサムとエリゼの距離、およそ20メートル。その距離を、ハンサムはたったの一跳躍で詰め寄った。

 ハンサムは槍を振り被り、もはや避ける素振りすらみせないエリゼに叩きつけた。


「死ねえ!」


 ハンサムの槍が、エリゼを襲った。



「…あちらも大詰めのようですね。さきほどまでの音が止んだ」


 ラスビレグの夜空は星がかかり、綺麗な月が二人を照らし出していた。

 無傷のままたつスタント、血まみれのまま地面に這いつくばった坂田泥一。

 スタンは星を見上げながら、坂田泥一に話しかけていた。


「返事がありませんね。…もう死にましたか?」


「まだ…死んでねえよ……」


「そうですか」


 スタンは、相変わらずの無表情で答えた。


 実のところ、スタンと坂田泥一の戦いはすぐに終わっていた。

 スタンの圧勝だった。

 坂田泥一には知る由もないが、スタンは元傭兵である。数々の戦場を渡り歩き、後にハンサムの護衛として雇われた。

 スタンの人生哲学の一つに、無意味な殺生はしないというものがある。彼がいま生かされているのは、ただその一点の理由のみである。

 しかし、スタンは理由さえあれば誰でも躊躇なく殺す。いまや坂田泥一の命は、薄氷の上にあった。


「私はね、本当に殺しはしたくないのですよ。殺戮は無意味です。そこからは何も生まれません」


「…なら、俺を生かしてくれてもいいんだぜ」


「それはできません。戦いの火ぶたは切られたのです、あとは殺し合うのみでしょう」


「はっ、意味わかんねえよ」


「分からなくてもよいのです。人があるかぎり争いがうまれ、争いがある限り戦いの螺旋がうまれます。我々はその螺旋に放り込まれたみじめな奴隷なのです。考えることはなく、ただ殺しあえばよいのです」


「くだらねえよ、それ」


「いいえ、これは神の意志です。我々は神の奴隷なのです」


「はっ。神がなんだって言うんだ。奇遇だが、神なら俺もあったことあるぜ」


「?」


「顔はまあ、なかなかイケメンなんだが。そいつは重度のシスコンでな」


「…あなたは何を言ってるんです?」


「まあ聞けよ。俺はそいつに妹を任されたんだよ。この世界を旅するために、道連れってやつだ。でもまあ、任されちまったもんは仕方ない。俺はそいつを助けるために、こんなところまでやってきたってわけだ」


「…可哀そうに。死の間際で頭がおかしくなったのですね」


「はっ! 可哀そうなのはあんただよ」


「何です?」


「まあ、本題はここからだ。けどその妹はとんでもなく強いやつでな。正直、俺なんかいなくても一人で生きていけるやつなんだよ。何なら、俺が助けられてるくらいだ。だから今回も、助けてもらおうと思ってる」


 俺は仰向けになり、全身に力を込めた。

 そして腹に力をため、精一杯の声で叫んだ。


「メルルうううう! 助けてくれええええ!」


「…あなたは何を」


 瞬間、空が黒くなった。

 文字通り、真っ黒。星の光は届かず、月の光は消え失せた。

 俺はじっと目を閉じ、すべてを託した。

 俺ができるのはここまでだ。あとは頼んだぞ。


「メルル!」


「おう! 炎球(イグニス)!」


 灼熱の火炎が、俺の全身を覆った


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ