第26話 最高の困難のはじまり⑫
ラスビレグの入口。その巨大な門扉を目にするのは、この世界にきて二度目だった。一度目は三人で、そしていま、俺たちは二人だった。
門扉の私兵に事情を説明すると、先の誘拐事件を解決した関係で、俺たちを快く通してくれた。
しかしエリゼは止まらなかった。ラスビレグの門扉を抜けた先、そこからさらに南へ下った場所へ、彼女は向かっていた。
ラスビレグ湖畔。
ラスビレグの街は大きな湖畔に面している。湖といっても、見えるかぎりでは海と言った方が表現としては正しい。
対岸が見えないほどの巨大な川が流れていて、南へ下ると巨大な運河に繋がっている。
エリゼは、そこに向かっていた。
「ここだ…」
しばらく走った後、俺とエリゼは湖畔の近くに位置する森のなかにたどり着いた。
「見た景色と一致している、間違いなくお嬢さまはここにいる」
「見たって、メルルどころか人っ子一人いる気配はないぞ…」
「いや、間違いない。気を抜くなよ泥一、死ぬぞ」
エリゼは両手を構え、戦闘の態勢にはいった。
たしかに、犯人はメレナほどの魔法の使い手に勝ったやつらだ。俺程度が何かしたところでどうこうなるとは思えないが、念のため、俺は街を出る時に私兵に借りておいたサーベルを構えた。
その時、
ヒュッ!
空気を切り裂くような音が耳に聞こえたかと思った瞬間、ボーリングの球でもぶつけられたような衝撃が俺の脇腹を襲い、気づいたときには真横にフッ飛ばされた後だった。
「泥一!」
エリゼが俺のほうに向かって叫ぶ。
「ッ痛ぇ…」
しかし、何とか受け身だけはとれたようで、意識は失わなかった。
俺が脇腹をさすりながら何とかその場から起き上がると、暗い闇夜のなかで、月の光に照らされた一本の剣が、深々と地面に突き刺さっているのが見えた。
それは、さっきまで俺が立っていた場所だった。
「おい、返事をしろ!」
「ああ、エリゼ。大丈夫だ…」
俺は何とか返事をしながら、頭のなかで状況を整理した。
あの地面に突き刺さった剣、あれはおそらく敵が俺を狙って投げたものだ。
そして、それをいち早く察したエリゼが、俺を助けるために俺の脇腹を蹴り飛ばしたらしい。
(ったく、助けるのはいいけどもう少し手加減してくれよ…)
とはいえ、エリゼがいなければ今頃俺は死んでいたので文句は言えない。
俺は近くに落ちていたサーベルを拾い上げ、もう一度構えた。
「エリゼ、敵はどこにいる!」
「分からん、しかし近くにいるのは間違いない」
「そうか…」
マズいな。月が出ているとはいえここは森のなか。少し先の暗闇なんて全く見えない。
敵は三人。対して俺たちは二人。ましてや一人はなんの戦闘力もない俺だ。
このままやればジリ貧だが、さてどうする…。
俺がサーベルを構ながら必死に頭のなかで作戦を練っていると、しびれを切らしたであろうエリゼがイライラした表情で両手を左右に広げ、大声で叫んだ。
「さっさとその薄汚い姿を見せろ!」
エリゼが言葉を発した瞬間、彼女の左右に開かれた両手から、無数の黒い斬撃が飛び出し、辺り一面の木という木をすべてなぎ倒してしまった。
「ひいっ!」
敵に殺される前にエリゼに殺されかねないので、俺は急いで地面に伏せて頭の後ろを両手でふさいだ。
「お前なあ、やるならやるって先に言えよ!」
「先に言えば奇襲にならないだろう、馬鹿ものが」
「ったく…」
俺が地面から立ち上がると、辺り一面、おそらく四方、百メートルほどに渡ってすべての木がエリゼの空間魔法によって切り倒されていた。
視界は確かに良好になったが、今度は倒された木が密集していて、犯人たちがどこにいるのか見えない。
「これじゃさっきと大して変わんねえじゃねえか」
俺がこっそりエリゼに耳打ちすると、
「ならば、もう一度吹き飛ばせばいい」
そう言うと、エリゼはもう一度両手を左右に広げた。
エリゼの両手が発光しだす。
「さっさと出てこい、さもなくば殺す!」
エリゼの顔をチラッと見たが、本気だった。
本気で犯人たちを殺すつもりなのが俺にも分かった。
「3…2…1…」
「待て!」
エリゼの死のカウントダウンがもうすぐ終わろうかとしていたころ、正面の木の茂みから声が聞こえてきた。
それは、聞きなれたあの男の声だった。
「待てよ嬢ちゃん、その物騒な魔法はやめてくれ」
茂みから出てきたのはやはりあの男、ハンサムだった。
「そうか、さっさと死ね」
エリゼはハンサムを見つけるや否や、両手をハンサムのほうに向け、躊躇なく魔法の斬撃を放った。
エリゼとハンサムの距離は、およそ20メートル。エリゼの魔法がハンサムに届くまでの時間は1秒にも満たないだろう。
しかし、ハンサムは何ということもなく右手に持っていた槍を構え、
「ハッ!」
という掛け声とともにエリゼの斬撃を薙ぎ払ってしまった。
「ひゅう、今のは危なかったぜ。おーい、お前らも出て来いよ! 隠れてたって、またあの魔法で吹き飛ばされるだけだぜ!」
ハンサムが茂みのほうへ向かって叫ぶと、背の小さい、小麦色の肌の男がひょっこり現れた。
「おい、ダールはどうしたよ!?」
「そっちでノビてます。先ほどの魔法攻撃の際に頭を打ってました」
「クハハ! 相変わらずドジなやつだなあ」
まあ、やはりというか分かってはいたことだが、犯人は複数人、しかもハンサムたちだった。
しかし幸いにも、あのダールとかいうノッポの男はエリゼの攻撃で気絶しているようなので、人数は五分、見た目の上では互角だ。
…あくまで見た目の上では、だがな。
「クハハ! まあいいじゃねえか。ちょうど2体2なんだ。楽しもうぜ!」
ハンサムはそう叫ぶと手に持っていた槍を大きく振り被り、またたくまにエリゼに襲い掛かった。
「スタン、そっちは任せたぞ!」
エリゼとハンサムは、そのまま戦いながら遠くのほうへと行ってしまった。
…さて、エリゼがハンサムを倒すとして、俺はスタンを倒さなきゃいけない。
しかしこの男、身長は140センチくらいか? かなり小柄だ。それに武器も持っていない。さすがに武器を持っている俺のほうが強いだろう。
「ふう、泥一さん」
「…うん?」
なんだこいつ、戦いの最中に話しかけてくるタイプの敵か。
「私はね、あなたを殺したくないのですよ」
「へっ、よく言うぜ人攫いどもが。さっき俺を殺そうとしただろ」
「あれはダールの投げた剣ですよ、私ではありません」
「どっちでも同じだ」
「まあ怒らないで聞いてください。どうしてもと言うなら子どもたちはお返ししましょう」
「…は?」
なんだこいつ? 何を言っている。
「だから、子供たちはお返しすると言っているのです」
「人さらいの言うことなんか信じられるかよ」
「ふう、やはりそうなりますか。しかし私は結構、あなたたちのことを評価しているのですよ。どうやったのかは知りませんが、子供たちを見つけ、私たちの居場所まで突き止めたのですから。…つまり、あなたたちに追いかけられるのはこちらとしても非常に面倒なのです。だから取引といきましょう。私は子どもたちを返します。あなた方は今後一切私たちに関わらないでいただきたい」
「へっ、ならあんたを倒して子どもたちを連れ帰ったほうが得じゃないか」
俺はサーベルを構えた。
こんな取引を持ち掛けてくるあたり、おそらくこいつは戦闘ができない。
さっさとブッ倒して、メルルを連れ戻す。
「ふう、状況が分かっていませんね…」
スタンは、そう言いながら纏っていたローブを脱ぎ捨てた。
月夜の光に照らされたスタンの身体には、無数の刀傷が刻まれていた。
「この取引の最大のメリット、それはあなたが死なない唯一の方法だということです」
スタンは拳を構えた。
先ほどまでの無表情とは変わり、いまやスタンは、獲物を殺す狩人の目をしていた。




