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第23話 最高の困難のはじまり⑨


 翌昼。もはや自分の部屋と化している魔術学院のベッドで目覚めた俺は、今朝から何も食べていないことを思い出して、何とか弱った身体を叩き起こし、食堂へとフラフラ歩き出した。


 俺が遅めの昼飯を食べていると、これまた眠気がとれていなさそうなエリゼがやってきた。


「おはよう。エリゼ」


「ああ」


 俺たちは向かい合って座ったものの、特にこれといった会話もないので、まるで熟年夫婦か倦怠期のカップルかといったような様子で、沈黙のランチを過ごすのだった。

 やっとこさ昼飯を食べ終えて、俺が食後のコーヒーを飲んでいた頃、なんだか落ち着かない様子でエリゼが語りだした。


「…お嬢さまはどこへ行かれたのだろうか?」


「そりゃ、メレナといっしょにいるだろ」


「それは分かっているが…、何かこう、不安なのだ」


「…お前って結構親バカだよな」


「うるさいぞ下僕」


「はいはい」


 まあ、考えてみれば異世界に来てからエリゼとメルルは常に一緒にいた。

 フィウスからお目付け役を言い使っているこいつからすれば、メルルと一緒にいないのはたしかに不安なのだろう。

 …にしても、たかが半日一緒にいないだけで不安になるのは心配しすぎだと思うが。


「ま、メレナがいれば大丈夫だろ。魔法の先生だし。そもそも、メルルがそこらのやつにどうこうできるとも思えないしな」


「それはそうだが…」


 心配しすぎなエリゼを見ていると段々めんどくさくなってきたので、俺は適当な理由をつけて席を外すことにした。


「ま、俺は食後の散歩にでも行ってくるよ。まだ眠気が取れてないんでな」


「あ、ああ…」


 この世界は電話のような連絡手段がない。まあ、魔法でその辺は補っているみたいだが、たしかにこういうときに不便ではある。

 ま、夕方にでもなればメレナたちも帰ってくるだろ。


 またあの長い階段を上ってラスビレグに戻るのも面倒なので、俺は適当に魔術学院のなかを散策することにした。



 見知らぬ道。いなくなる人々。過ぎていく時間。これは間違いない。


「完全に迷ったな…」


 そういえばメレナが言っていた。魔術学院はとんでもなく広く、一度迷ったら二度と出られないとかなんとか…。


 (いや、さすがに二度と出られないってことはないだろ…)


「…ないよな?」


 などと一人でブツブツ呟いていると、突如として目の前に青い霧のような物体が現れた。


「うわっ! びっくりした」


 はじめは驚きこそしたものの、よく見ると、そいつはいつぞやの魔法で作り出された案内約だった。

 さっきからもう数十分は人と出会っていない俺からすると、こんなただの魔法とはいえかなり嬉しかった。


「おーよしよし! って、お前魔法だから触れないのか…。よし、すまないが俺をもといた場所まで案内してくれないか?」


 俺の言葉が通じたのか、その案内役はトコトコと歩き出した。

 しばらくして、ようやく見覚えのある場所まで戻ってきた。ふと窓の外を見ると、もうすっかり夜になっていたみたいだ。

 俺が案内役に礼を言おうとすると、任務は完了したとでもいうのか、青白いそいつはさっさと霧になって消えてしまった。


「仕事人だな…」


 さて、こんなことをしている場合ではない。

 ちょっとした散歩をするつもりが、とんだ大冒険になってしまった。

 メルルたちもとっくに戻ってきているころだろう。俺は、ひとまずエリゼと合流するためにエリゼとメルルが寝泊まりしている部屋へと向かうことにした。



 コンコンコン…。


 さっきから何度もノックをしているが、エリゼたちは一向に出てくる気配がない。

 寝ている…わけはないか。今朝から昼までずっと眠っていたのだ。

 すると、残っている可能性は一つしかない。例のメルルが魔法の練習をしていた教室だ。ひとまず、俺はそこへ向かうことにした。



「ここにもいないのか…」


 教室に来てみたはいいものの、そこにエリゼはおろか、メルルたちの姿も見当たらなかった。

 こうなるとお手上げだ。他にエリゼたちが行きそうな場所は思いつかない。ラスビレグに戻っているとも考えづらいし、ひとまず自室に戻って待っていることにしよう。

 そう考えた俺が教室の外に出ようとすると、勢いよく教室の扉が


 バンッ!


 と開いて、一人の見知らぬ男と、エリゼが飛び込んできた。


「なんだエリゼか、びっくりさせるなよ。それよりお前どこに行ってたんだ?」


 俺がそう問いかけるも、エリゼは黙ったまま動かない。


「なんだ、どうしたんだよ。そんな怖い顔して」


 しかしエリゼは動かない。


「…やはり戻ってきていないか」


「なんだよ。俺ならここに戻ってきたじゃないか」


「貴様のことではない…」


 エリゼはそれだけ言い残すと、また勢いよく扉を開け放って飛び出してしまった。

 エリゼの顔は、見るも恐ろしい表情だった。


「何なんだよ、まったく…」


 何が何やら状況が全く飲み込めず、困ったような様子で俺が立ち尽くしていると、先ほどエリゼといっしょに教室に入ってきていた男が、俺に話しかけてきた。


「あの…坂田泥一さん、ですよね?」


「ああ、そうだが。あんたは?」


「ここの魔術学院の職員で、ゴルホフと申します。状況が伝わっていないようなので、私から説明したいのですが…」


「うん? なんだよ、状況って…」


 …待て。いやな予感がする。

 なんだか、とんでもなく嫌なことが起こったときにする、あの予感だ。

 やめてくれ、その先は言わないでくれ…。


「メレナさんと生徒たちが今朝から行方不明です…。そして、メルル様も…」


「は……?」


 クソッ。悪い予感ってやつは、どうしてこうも正確に当たってしまうんだ。


 気が付くと俺はゴルホフを突き飛ばし、エリゼを追いかけるために急いで教室を飛び出していた。

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