第21話 最高の困難のはじまり⑦
翌朝、俺は朝早く目覚めた。昨日ぐっすり眠れたおかげもあって、身体の調子は最高だった。今日は、エリゼたちとラスビレグの時計台に向かう予定だ。もし俺たちの読み通りであれば、そこに攫われた子どもたちが隠されているはずだ。さらに言えば、犯人もそこに潜伏しているかもしれない。
「緊張してきたな…」
俺はまだ寝ぼけている目をこすりながら、意味もなく自分の掌を見つめた。
時計台に行くと言っても、そこに子供たちがいる確証はない。これは俺たちの希望的観測であって、むしろいない可能性のほうが高いだろう。
…しかし嫌な予感がする。昨日からずっとだ。俺は、何かとんでもないことに気づいてしまったような気がする。いや、しかしそんなことは言っていても仕方ない。
俺はベッドから起き上がり、エリゼたちと合流するために魔術学院の食堂へと向かった。
「おう、今日はちゃんと起きれたの、泥一よ!」
「ああ、流石にきょう遅刻するわけにはいかないからな」
朝から元気なメルルと、少し緊張した面持ちのエリゼとともに、俺は朝飯を食べた。
しかし、やはりというか食事が喉を通らない。
もしかすると、今日犯人たちとカチあわせて戦闘になるかもしれない。
(ていうか普通に考えて、俺たち犯罪者に会いにいこうとしてるんだよな…)
どんな理由があるのかは知らないが、子どもたちを攫うような異常者だ。どうせヤバいやつに決まっている。もし戦いになれば、俺たちを殺すことくらい躊躇なく行うだろう。
「ハア、やだなあ…」
「うん、どうしたのじゃ?」
「いや、いくら金のためとはいえ危険なクエストだろ? 死にたくないなって…」
「ガハハ! もし貴様に何かあればワシが守ってやるわい」
「ほんと頼むぜメルル…」
今や、というか初めからなのだが、メルルは余裕で俺より強い。
もし戦闘になれば俺は基本的に何もできないので、必死で逃げ回っている間にエリゼとメルルに倒してもらうしか方法がない。
「さて、いくか」
俺たちは朝飯を食べ終えると、魔術学院の長い階段を上ってラスビレグへと戻ってきた。
この空き地からだと、ラスビレグの時計台までは歩いておよそ二時間。これから起こるであろう危険に、不安な気持ちを抱えた俺たちとは裏腹に、ラスビレグの陽光は辺りを真っ赤に照らしていた。
*
「ここか…」
まるで天を突きさすかのごとく縦に伸びた、青白いレンガ造り。ラスビレグの頂上に位置する時計台。目測で約50メートル。入口は古い木製の扉で、南京錠が掛けられているだけだ。というのも、この時計台はすべて機械仕掛けでできていて、たまにメンテナンスのために管理人が出入りしている程度らしい。…まあつまり、犯人にはうってつけの場所ってわけだ。
俺たちは、今からここに潜入する。
「さて、いくか」
「っておい、なぜワシのうしろに隠れるのじゃ!」
さりげなくメルルの後ろに隠れていようと思ったが、作戦はあえなく失敗した。
ちっ、まったくこういう時だけ勘のいいガキめ。
「おいおい馬鹿なのかメルル、俺がいちばん弱いんだぜ?」
「だからって、か弱いワシを盾にするやつがあるか!」
「お前のどこがか弱いんだよ…」
「ムキー! 何を!」
そんなこんなで俺とメルルが時計台の扉の前で争っていると、あきれ顔のエリゼが止めに入ってきた。
「ハア、おやめくださいお嬢様。そんなことをしている場合ではありません」
「う、うむ…しかしのう、泥一のやつがのう…」
「しかし、何ですかお嬢さま?」
「い、いや、何でもないのう…」
珍しくエリゼに怒られて、急にしおらしくなるメルル。
フハハ! そのままずっと怒られていろ馬鹿め。
「貴様もだ、下僕」
「はい…」
エリゼの眼圧に一瞬にしてやられた俺は、あえなく沈黙する。
そうして完成した二人の無口な置物は放っておいて、エリゼは時計台の扉に近づいて行って南京錠をガバッと取り外した。
「え、お前いま素手でちぎり取ったよな…?」
「ああ、何か問題があるのか?」
問題なら色々あるだろう、と思ったが、これ以上エリゼに怒られたくはないので言うのはやめにした。
「いくぞ」
そう言うとエリゼは、なんの躊躇もなく時計台のなかへと入っていった。
「ま、待つのじゃエリゼよ!」
慌ててエリゼの後についていくメルル。
「ま、待ってくれよう~」
そしてその後についていく俺。
まあ、結果的にもっとも安全な最後尾につくことができたので良しとしよう。
*
「目が回ってきたな…」
「そうじゃのう…」
時計台のなかは螺旋の階段になっていて、俺たちはそれをひたすらグルグルと上らされていた。
(何というか、異世界にきてから階段のぼってばっかだな…)
おまけに、時計台のなかは普段人の出入りがないせいかジメジメと埃っぽく、おまけに窓もないので夜のように暗く、あやうく階段から足を踏みはずしそうになる。
「メルル、火だしてくれよ…」
「ちっ、仕方ないのぅ」
メルルはめんどくさそうに人差し指をピンとつきたて、そこに小さな炎をポッと灯した。
「お、明るくなった」
「そうじゃろう、ワシに感謝しろ泥一よ」
「はいはい、あ、そこの階段欠けてるから気をつけろよ」
「うおっ、危ないのう! もっと早く言えバカもの!」
「お前が後ろ見てるからだろ…」
「…お嬢さま、少しは警戒してください。ここに犯人が潜んでいるかもしれないのですよ」
「お、おう…」
エリゼの厳しいお言葉にちんまりするメルル。
「ふはっ、また怒られたなメルル」
「貴様もだ下僕。まあ、貴様が死ぬのは一向にかまわんがな」
「いや、一向にかまってくれよ…」
などとくだらない話をしていると、いつの間にか時計台の頂上についてしまった。
周りを警戒しながら上ってきたせいで思ったより時間がかかってしまったが、特に何か起こることはなかった。
…まあ、何か起こってもそれはそれで困るのだが。
やっとこさ頂上についたはいいものの、そこに犯人はおろか、子供たちの姿は見当たらなかった。
時計台の頂上はただの広い部屋と言った印象で、中央に時計を動かすための巨大な機械があるだけで、それ以外には何もなかった。
「うーん、読みが外れたな。残念だがここには誰もいないな」
「そうじゃのう」
俺とメルルが帰ろうとすると、エリゼが何かを感じ取ったような様子で、俺たち二人を制止した。
「待ってくださいお嬢さま、やはりここで間違いないようです」
「…どういうことだよエリゼ。ここには何もなかっただろ」
「貴様の頭には何もつまっていないのか? そのスカスカの頭で昨日の話を思い出せ」
少し言っただけで百倍になって帰ってくるエリゼの暴言マシンガンはいったん置いておくとして、ひとまず俺は、言われた通りに昨日の会話を思い出すことにした。
昨日の会話、昨日の会話…
「そうか、空間魔法だ!」
「ああ、ここにはわずかだが魔法の残滓がある」
そういうとエリゼは部屋の中心にある機械に近づいて行って、何やら右手に魔力を集め始めたかと思うと、そいつを思いっきり機械にぶっ刺した。
「な、何してるんだよ!」
「うるさいぞ下僕。黙ってみていろ」
エリゼはその状態でしばらくジッとしているかと思えば、今度はぶっ刺した右手を思いっきり地面に向かって振り下ろした。
すると、驚くべきことに機械のなかに詰まっていたのは、機械のパーツではなく、口と手を縄でしばられた子どもたちだったのだ。
「こ、この子たちは…」
間違いない、何度もギルドの情報紙で見た写真と瓜二つだ。それに、一番端で意識を失っているのは、ギュスターブ邸でファルケンに見せてもらったお嬢さんで間違いない。
「どうやら、当たりだったようだな」
「いや、カッコつけてる場合かよ。急いで子供たちを病院に連れていくぞ!」
「あ、ああ」
俺が冷静につっこんでしまったせいで少し恥ずかしそうなエリゼと俺で子どもたちを抱えて、急いでラスビレグの病院へと向かうのだった。




