第18話 最高の困難のはじまり④
昨晩。すっかり疲れ切っていたエリゼを部屋まで運んだあと、することもないので俺とメルルは解散してそのまま眠ってしまった。何も食べていなかったのですっかり腹が減った俺たちは、ギュスターブの館へ向かう途中で、俺がたまたま見つけた美味そうな飯屋で朝飯を食べることになった。
そして朝食を食べながら、俺はエリゼたちにギュスターブ邸で見聞きしたことを話した。
「ふむ、誘拐された部屋が密室だったとは。それは妙な話だな」
エリゼは顎に手をやって、何やら考え込んでいる。
「だろ? やっぱり犯人は魔法を使えるやつだと思うんだよ」
「そんな魔法があるのかの?」
メルルは皿いっぱいのスパゲッティを頬張りながらフゴフゴしゃべった。
「お前なあ。食べるのか喋るかどっちかにしろよ」
「嫌じゃ!」
「はあ…」
メルルのせいですっかり話の腰がおれてしまったので、俺はエリゼのほうに向きなおった。
「で、おまえの見解はどうなんだよ、エリゼ?」
「ふむ。腹は立つが私も貴様と同意見だな。その状況ならば魔法使いの仕業と考えるのが妥当だろう」
「同意見なことに腹を立てるなよ…」
と、つっこんではみたものの、俺は少し安心した。
安易に魔法使いの仕業と考えてみたものの、イマイチ自信がなかったので、エリゼが肩を持ってくれてよかった。
「なあエリゼ、お前魔法使えるんだろ。犯人がどんな魔法を使ったのか分からないか?」
「何度も言わせるな下僕。私は魔法が使えるだけで専門家ではない」
「まあ、それもそうか」
もはや下僕とののしられることにも慣れてきたので、ここは華麗にスルーを決め込む。
「ふむ。まあ今日もお嬢さまの魔法の練習がある。その時メレナに尋ねてみるとしよう」
「じゃあ今日も別行動だな。俺は寄るところがあるからそっちに行くよ」
俺は朝食代をテーブルの上において席を立った。
「どこに行くのかの?」
「ギルドだよ、ハンサムに会いに行くんだ。顔も広いようだし、あいつらなら何か知ってるかもしれないしな」
俺はそれだけ言ってしまうと、さっさと店を出た。というのも、エリゼがハンサムの名を聞いた途端に、ものすごく不満そうな顔をしていたからだ。
(まあ、あいつはハンサムのこと嫌いだしな…)
店を出た俺は、思わず伸びをしてしまう。
「んー。いい気持ちだなあ!」
朝のラスビレグは大いににぎわっている。商人や、主婦や、暇そうなじいさんや、そんな多くの人が、いつもと同じ平和な日常を謳歌している。
俺はそんな人たちの波にのまれながら、軽い足取りでギルドへと向かうのだった。
しかし、その時の俺には知るよしもなかった。平和のすぐ後ろには、常に絶望が潜んでいるということを。
*
「すみませーん」
俺がギルドの扉をあけると、まずはじめに受付のお姉さんが笑顔で出迎えてくれた。
「ああ、泥一さまでしたか。ここ二日ほどお見えにならないので心配していました」
「ああ、ハハ。いろいろ事情が重なったもので…」
そうか、前にギルドにきてからもう二日も経っていたのか…。
「事情?」
「ええ。まあ、大したことはありませんよ」
そう、ここ二日間は本当にいろいろなことが起こった。
しかし最初からいちいち説明してもしょうがないし、信じてもらえなさそうなので、俺は必殺の愛想笑いで受付のお姉さんの話を受け流すことにした。
「で、ご用件は何でしょうか?」
「ああ、忘れるところだった。ハンサムに会いたいんだが、どこにいるか分かりますか? ここに来れば分かると思って」
「ハンサムさんですか? 前に泥一さまたちと一緒になった時以来、ギルドには顔を出していないと思いますが…」
「そ、そうですか…」
受付のお姉さんは同僚にもハンサムを見たか聞いてまわってくれたが、やはり見たという人はあらわれなかった。
(うーん、困ったな。ここに来れば会えると思ったんだが。やっぱり一度魔術学院に戻るか…?)
などと俺が考えていると、
バンッ!
と、何かを叩き合わせたような激しい音がギルドの中に響き渡った。
ギルドにいた全員が、その音のほうに注目する。
何だ、と思って俺も皆の見ているほうに注目すると、何やら青色の服を着た男がぜえぜえと息を切らせながら扉の前でつったっている。
どうやら、あの男がギルドの扉を開け放った音らしい。
「あ、あんた私兵だろ? どうしたんだそんなに急いで」
ギルドの入口近くにいた冒険者が、その男に尋ねた。
「いや…ハアハア…すまない。昼間の大賑わいの街では馬を走らせることもできず、急いで走ってきたもので…」
「いや、それはいいんだが。何の用なんだ?」冒険者が聞き返す。
「アリア様が…ハアハア…さらわれた……」
「な、何だと!?」
それだけ言ってしまうと、私兵と思われる男はバタリと床に倒れ込んだ。
しかし、私兵を気に掛けるものは誰もいない。それどころか、みな大慌てでギルドを飛び出していったり、何やら話をするものもいる。
とにかく、話を聞いた冒険者たちは動揺している様子だ。
しかし、アリア様とやらが誰か分からないので若干みんなのテンションについていけてない俺は、それとなく受付のお姉さんに尋ねてみた。
「なあ、アリア様って誰…?」
「し、知らないんですか!?」
せっかく俺が小声で聞いたのに、あまりにもお姉さんが大きな声を出すので、みなが俺たちのほうに注目してしまった。
自分の大声に自分でビックリしたのか、顔を赤らめたお姉さんは咳ばらいをした。
「オ、オホン…。アリア様というのはですね。アイリスの神殿にいらっしゃる長老様のお孫様です」
ああ、そういえばアイリスの神殿というと俺たちがボドじいと出会った場所だ。
「ふーん、それで、何でみんなこんなに慌ててるんだ?」
「アイリスの神殿の長老、アスワン様はこの街の象徴だからですよ! その方のお孫様も同じく象徴のようなお方ですから、みんな慌てているんです!」
うーん。その辺の感覚はよく分からんが、どうやらこの街にとって最も大切な人の孫が攫われたので、みんなこんなに慌てている、ということらしい。
「しかし攫われた、か…」
俺はみんなに無視されて床に倒れ込んだままの私兵に近づいて、頬をぺちぺちと叩いて起こしてやった。
「おい、あんた大丈夫か?」
「あ、ああ…」
私兵の男はなんとか起き上がると、受付のお姉さんがコップに淹れてくれた水を一息に飲み込んだ。
「ぷはあ! 生き返った…」
俺は私兵の男が水を飲み終えたのを見届けると、起き上がるために手を貸してやった。
「で、アリア様とやらが誘拐されたって話、詳しく聞かせてくれよ」
男はギルドの椅子に腰かけると、事のいきさつを話してくれた。
「今朝のことだ。アリア様は神殿内部の宿泊所に寝泊まりしているのだが、朝食の時間になっても起きてこないので部屋に確認にいくと、すでにもぬけの空だったそうだ」
「自分で抜け出したんじゃないのか?」
「いや、それはない。アリア様は外出する際はつねに長老様に報告されていた。夜中、それも報告もなしに抜け出すなんてことは考えられない」
「なぜ誘拐されたと思ったんだ?」
「部屋の中にわずかだが魔法の残滓が検出された。もちろんアリア様のものではないし、アイリスの神殿にいる誰のものでもない。外部のものだ」
「何だって!?」
こいつは驚きだ。
話を聞いた時からギュスターブ邸の犯人と同一人物だろうとは思っていたが、まさか魔法の残滓というものがあるとは想像すらしていなかった。
…いや、想像するべきだった。なんで俺はこんなことにも気が付かないんだ、チクショウ。
「アイリスの神殿にいるものたちはみな魔法の修行をしているが、戦闘の訓練は受けていない。犯人を捕まえる必要がある以上、ギルドの冒険者が適任だと思って長老様がクエストを出されたのだ」
「なるほどな…」
さて、こいつはいよいよ事が大きくなってきた。ギュスターブの娘と、長老の孫。そな他にも多数の被害者。そして犯人は魔法使いである。
俺は、足りない頭を巡らせて必死に考えた。
(考えろ、考えろ…)
何かあるはずなんだ。この事件を解くきっかけが。見落としている何かが。
犯人は無差別にターゲットを決めて誘拐しているとは思えない。必ず、被害者には共通点があるはずなんだ。




