第17話 最高の困難のはじまり③
ファルケンに見送られながらギュスターブ邸を後にした俺は、事の顛末をメルルたちに伝えるため、ひとまず魔術学院に戻ることにした。
また、あのだだっ広い空き地に数時間かけて歩いてきた俺は、今朝メレナにもらっておいた魔法の鍵で倉庫の扉を開けた。
(はあ、またこの長い階段かよ…)
強制的に朝と夕方の二往復を課せられた俺は、ため息をつきながら階段を降りていく。
歩くこと数十分。大腿四頭筋をパンパンに膨らませながら魔術学院にたどり着いた俺は、扉を開けるとすぐにエリゼたちに合流しようとしたが、どうしたことか道が分からない。なんといってもここは異世界。交通インフラもそうだが、携帯がないのはこういう時にものすごく不便なのだ。
仕方なく近くの受付をしているらしいお兄さんにメレナたちの場所を聞いてみることにした。
「あの、すみません。メレナって今どこにいますか?」
「ああ、メレナさんなら二階の教室にいると思いますよ」
「教室?」
よく分からないが、そこでメルルたちは魔法を教わっているのだろうか。
「場所は分かりますか?」
「いえ…」
受付のお兄さんはニコッと笑い、手に持っていた杖を軽く振った。すると、俺の足元にまるで気体のようにふわふわとした見た目の、青い犬があらわれた。
「うわっ、なんだこいつ!」
「その子は案内犬です。目的の場所まで案内してくれます」
「は、はあ…」
魔法ってのはつくづく便利だな、と思いながらお兄さんに礼をいって、二階の教室とやらまで案内してもらうことにした。
魔法の犬のあとについて魔術学院を歩いていると、犬はある扉の前で急にたちどまり、くるくる回ったあとで霧のように霧散してしまった。
「ここが目的地ってことか…?」
いざ入ろうと思ったが、もし間違っていたら恥ずかしいので、ひとまず俺は扉をノックしてみることにした。
…しかし、いくら待っても返事がない。
扉に耳をつけて中の音を聞こうとするも、防音の魔法か何かがかけられているのか、何も聞こえない。
「仕方ない、開けてみるか…」
俺は扉を三回ノックして扉を開けてみた、すると…。
「炎球!」
「ん、イグニス? ってぎゃあああああああ!」
扉を開けるやいなや、俺の頭上10センチほどの距離を、巨大な火の玉が駆け抜けていった。
そして、俺の髪の毛がちょっとだけ燃えてチリチリになっていた。
「グハハ! また失敗じゃのう」
この、悪魔のように甲高い聞きなれた笑い声。
俺は、いまさっき俺を焼き殺しかけた火の玉の主に向かって叫んだ。
「おいメルル、俺を殺す気か!」
「ん、なんじゃ泥一か。何をしておるのじゃそんなところで」
「なんだって…ハア、もういいや」
これ以上メルルに怒っても仕方ないので、俺はひとまず部屋の中にはいることにした。
「何してたんだよ、こんなところで」
「魔法の練習じゃ。メレナに教えてもらってたのじゃ」
メルルに促されるように部屋の隅を見ると、腕組みをしてニッコリと笑ったメレナが見えたので話しかけてみた。
「やあ、メレナ。どうだメルルの調子は」
「すごいですよ! 細かい魔法のコントロールはまだまだ練習が必要ですが、何と言っても魔力量が桁違いです。昼から今まで練習し通しでしたが、まだまだ元気ですからね」
メルルの方を見やると、なるほどたしかに疲れた様子はない。いまも元気いっぱいに魔法の火の玉を打ち出している最中だ。
「それに、すごいのはエリゼさんもですよ」
「へえ、エリゼが?」
…まあ、あいつは最初から魔法が使えたからな。今さらここで練習することがあるのかは疑問だが、なるほど、そんなにすごいのか。
「ええ。基礎的な魔法はほぼ完璧ですし、何よりあの空間魔法ですよ。あのレベルの空間魔法が使える人は魔術学院にも数える程しかいませんよ」
「それはすごいな…」
そんなことを話していると、何やら扉の外が騒がしい。どうやら部屋の中から外の音は聞こえるみたいだ。
これは、子供の声……?
複数人の子どもが騒いでいるような音が聞こえる。それがどんどん近づいてきて、扉の前で止まった。
ガチャリ、
部屋の扉が開くと、何やら3人の子どもに手を引かれ、ぐったりとした様子のエリゼが見えた。
「おお、帰ってきたかの!」
魔法の練習をしていたメルルが手を止め、子どもたちのほうを見て叫んだ。
「おお、メルル! 練習はどうだ!」
エリゼの手を離した子どもたちは一目散にメルルのほうへ走り寄ってきて、ぎゅっとメルルに抱き着いた。
「ねえメルルぅ。わたしかわいいぬいぐるみ買ってもらったの」
「おう、ミネア。なんだか気持ち悪い形じゃの!」
「ええ…気持ち悪くないよぉ…」
ミネア、と呼ばれたその少女は、手に持っていた芋虫? みたいな形のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
(なんだあれ、気持ち悪いな…)
「メルル、イグニスは完成したか? はやく俺の水球と勝負しようぜ!」
「クハハ! 完成はしとらんがいいぞ! ワシの本気を見せてやるわ!」
(やめとけ。俺たちもろとも部屋が消し炭になるだろう)
「や、やめようよ二人とも、またメレナ先生に怒られるよ…」
「なんだよ、ノリ悪いなあ」
誰だか知らんが止めたのはナイスな判断だ、少年。
そんなやり取りを見ていると、横にいたメレナが3人のことを紹介してくれた。
「ぬいぐるみを抱えた女の子はミネア。元気いっぱいの男の子はガウス。もう一人の男の子はクラン。少し暗いけど、優しい子ななんですよ」
「暗いは余計だよ先生…」
よほど耳がいいのか、遠くにいたはずのクランと呼ばれた少年がつっこんできた。
「あ、ご、ごめんなさい! 悪気はなかったの!」
「ハハッ、メレナ先生が怒られてら!」
ガウス、と呼ばれた少年も元気いっぱいに笑う。
「メレナ、この子たちは誰なんだ? 先生って呼ばれてたけど」
「ああ、この子たちは私の教え子たちです。普段はこの教室を使って魔法を教えています」
「へえ、にしては数が少ない気がするが。そんなものなのか?」
「それは…」
その質問をした瞬間、メレナの表情がさっと暗くなった。
…あれ、何かマズいこと聞いちまったのか?
「俺たちが落ちこぼれだからだよ!」
突然、ガウスが俺に向かって叫んだ。
「そんなことはありません、あなたたちは優れた魔法使いの素質を持っています!
落ちこぼれなのは、教師としての素質がない私のほうです…」
(ふーん、なるほどな)
俺たちが魔法を教えてもらうことになった時に、アウロの部屋でメレナとアウロが話していた内容がよく理解できなかったが、つまりはそういうことだったのだ。
この子たちがどういう人物なのかはまだよく分からないが、何か訳があってメレナはこの子たちを押し付けられた、というところだろう。
部屋の中がとんでもなく暗い雰囲気になってしまったもので、どう声をかけようか迷ていると、いつもの聞きなれた笑い声がその空気をぶっ壊してくれた。
「ガハハ! 詳しいコトはよく分からんが、メレナは落ちこぼれではないぞ。その上古に、ほれ見てみろ」
そういうとメルルは、右の掌の上に小さな火球を作り出した。
「かいりょうがたイグニスじゃ。どうじゃメレナ、ワシは今朝まではこんなことできなかったぞ?」
メルルは、メレナの顔を見ながらにっこりと笑った。
ふっ、まったくこいつは思ったことをすぐに喋りやがる。
…だからこそ、裏表のないメルルの言葉に助けられるやつもいる。
「メルルさん…」
メレナは目にほんのりと涙を浮かべ、メルルのことを抱きしめた。
「あ、メルルだけずるい!」
その姿を見た3人の子どもたちも、後からよってきてメルルとメレナを抱きしめた。
「まあ、何はともあれいい方向に進みそうだな」
さっきから疲れ切って一言も喋っていなかったエリゼに話しかけるも、返事がない。
…こいつ昼間っからずっとあの子ども三人押し付けられてたのか。
今すぐにでも眠ってしまいそうなエリゼをしり目に、俺は幸せそうな4人の抱擁を見つめていた。




