第13話 最高の別れと出会い方
「さて。お主らは冒険者といったか?」
じいさんは珈琲を飲みながら尋ねた。
「ああ」
「にしては魔法も知らん様子じゃったな」
「昨日、冒険者になったんだよ。で、手始めにここに来ることを勧められた」
「その前は何をしてたのじゃ?」
「ええと、クラントにいたんだ。それで職を見つけるためにこの街にきたんだよ」
「三人ともか?」
「…まあ、そうだ」
「怪しいのう…」
隣に座っていたエリゼが俺の足をゲシッと蹴った。
しょうがないでしょ、嘘つくの下手なんだから。
「まあ、いいわい」
じいさんは飲んでいたカップをテーブルに置いた。
「この際お主らが何者かはどうでもいい。悪いやつではなさそうじゃしな」
「そ、そうか」
俺は内心、胸をなでおろした。
「それよりお主ら、冒険者になって何をするつもりじゃ?」
「今は娘の捜索依頼のクエストをしている。ほら、例の子ども誘拐事件だよ」
「ああ、ギュスターヴの娘の件じゃな」
じいさんはそう言いながら、ちらっとメルルのほうを見た。
それから少し、悲しそうな顔をした。
「嫌な事件じゃ」
「…ああ、まったくだ」
正直俺は金のためにこの依頼を受注したのであって、見ず知らずの子どものことなどたいして心配もしていないのだが、とりあえず話を合わせるためにじいさんに同調しておくことにした。
じいさんはしばらく考えるそぶりを見せたあと、「よし、」といって膝をパンと叩いた。
「そういうことならワシも協力しよう」
「え、何の協力だよ」
「魔法のに決まっておるじゃろう」
じいさんはそういうと散らかった部屋のなかをガサゴソといじりまわし、紙とペンを引っ張り出してきた。
そして、その紙に何やら文章を書き始めた。
「何してるんだ?」
「うるさいぞ。黙って見ておれ」
書き上げた文章を何度か見直した後、じいさんはそれを丁寧に封筒につめてロウのハンコを押した。
「よし、こいつを魔法学術院のアウロのところに持っていけ」
「なんだよ、これ」
「古い友人に、お主らの魔法の稽古をしてもらうよう一筆書いたのじゃ」
「申し出はありがたいが、なんでそんなことを見ず知らずの俺たちに?」
「お主のためではない。ワシも魔法の研究者として、才能の持ち腐れは放っておけん」
といってじいさんはエリゼとメルルを交互にみた。
(あ、俺のためじゃないんだね…)
俺はちょっぴり悲しくなった。
「それに、」とじいさん。
「お主らにとっても悪い話じゃあるまい。冒険者を続けるなら、どのみち魔法は必要になってくるぞ」
「ふむ。それもそうだ」
俺は、じいさんに淹れてもらった珈琲を一口飲んだ。
「美味しいな、これ」
じいさんはニヤリと笑った。
「ああ。いい魔法研究にはいい珈琲がかかせんからな。豆にはこだわっておる」
「そうか」
「うむ。まあ、もうしばし老人の話に付き合っていけ」
「ああ」
その後俺たちはすこしばかり話をし、メルルが起きたタイミングでじいさんに別れを告げた。
「いろいろ世話になったよ。ありがとう、じいさん」
「ああ、気にするな」
じいさんは恥ずかしそうにひらひらと手を振った。
「…ところでさ」
「うん?」
「じいさん、あんた名前なんて言うんだ?」
「はあ? お前ら知らんで来たのか」
「…まあ、成り行きで」
じいさんはため息をついて頭を抱えた。
「ボードレールじゃ。魔法研究者のボードレール=カミュ」
「そうか、ありがとうボドじい」
「ボドじい!?」
じいさんはブツクサ文句をいいながらも、アイリスの神殿の入り口まで見送りに来てくれた。
「さらばじゃボードレールー!」
メルルがボドじいに向かって元気に手を振る。
「おう、アウロのやつによろしくの!」
じいさんは、メルルに向かって右手を大きく振った。
途中、何度か振り返ったが、じいさんはまだ神殿の入り口にたっていた。そして、 俺たちが見えなくなるまで見送ってくれていた。
*
時刻は3時といったところだろう。
昼盛りも少し過ぎ、ランチを食べ終えた労働者たちが、店仕舞いに向けてせっせと働いているところだった。
俺たちは、そんな労働者たちを避けるようにして、ラスビレグの街を魔法学術院なる方へ向かって歩いていた。
「ちと遠いのう…」
さきほどの神殿での疲れもあるのだろう、歩き疲れたメルルがブツクサ文句をいいだした。
「もう少しがんばれよ、ボドじいにもらった地図によればもうすぐ着くはずだぜ」
「無理じゃあ…おんぶせえ…」
とうとう歩くのを諦めたメルルは、俺の足に向かってゲシゲシと蹴りを入れ始めた。
「い、いてて。分かったよメルル。おぶってやるから蹴りを入れないでくれ」
「うむ。分かればよいのじゃ」
俺が地面にかがんでやると、ニンマリと笑ったメルルが背中に抱き着いてきた。
「クハハ! 行くのじゃデイイチよ!」
「…お前、ほんとは歩くのしんどいだけだろ」
「そんなことないのぅ」
メルルは下手な口笛を吹いてごまかした。
「はあ、まあいいか」
メルルにこれ以上文句をいっても仕方がないので、メルルをおぶったまま歩いていくことにした。…それにこいつ、軽いしな。
そうこうしているうちに、ボドじいの書いてくれた地図に示された場所にたどり着いた。
「うん? なんだこれ」
目の前に広がる光景に、俺は思わず面食らってしまう。
「デイイチよ、本当にここであってるのかの?」
「ああ、そのはずだが…」
俺はボドじいに貰った地図をもういちど確かめてみた。しかし、何度みてもあっている。間違いなく、地図の上では俺たちのいる現在地で間違いない。
しかし、目の前に広がる光景はとても魔法学術院だとは思えない、だだっ広い空き地に、ボロッちい小屋が空き地の隅にポツンと一軒あるだけだった。
「ボードレールのやつが地図を間違えたんじゃないのかの?」
「うーん、そうだよなあ…」
どうみてもこのただの空き地が魔法学術院だとは思えない。
「仕方ない、いちどアイリスの神殿に戻るか」
メルルをおぶった俺が元来た道に戻ろうとすると、エリゼがそれを制止した。
「まて下僕。どうやら地図は正確なようだ」
「何言ってんだよエリゼ、こんな空き地が魔法学術院なわけないだろ」
「いや、この空き地からは微かだが魔力の気配がする」
「魔力の気配?」
魔法の使えない俺はまったくそんなものは感じないのだが、どうやらエリゼには何か感じるものがあったらしい。
「…こっちだ」
エリゼは、何かを辿るようにして歩いていった。俺とメルルは顔を見合わせたが、とりあえず付いていくことにした。
エリゼが最終的に足を止めたのは、空き地の隅っこにポツンとたっている小さな小屋だった。…いや、小屋というほどのものでもない。人一人がようやく入れるかどうかの小さな箱とでも呼んだ方が正確かもしれない。
エリゼはその小屋を一通り確かめたあと、ぽつりとつぶやいた。
「間違いない、ここで魔力が途切れている」
「どういうことだ?」
「この空き地には何人もの魔力の残滓が存在している。しかし、そのどれもがこの入口の前でパタリと消えている。つまり…」
「この中にいるってことか?」
「ああ」
エリゼは頷いた。
「…ありえない」
こんな小さな小屋に何人も人が入っているだって? そんなことは物理的にありえない。人一人ですら入れるかどうか怪しいもんだ。
…しかし、ここは地球ではない。考えられる可能性としては一つしかない。
「魔法か」
「ああ、それもかなり強力な魔法だ。この小屋自体が強力な魔力を放っている」
「…入るか」
こんなところで立ち止まっていても仕方ない。それに、ボドじいの紹介で来たんだから、何か危険にさらされるってことはないだろう。
俺はおぶっていたメルルを降ろし、扉に手をかけた。
「いいか、今から扉を開けるから、何かあったらすぐに助けてくれ」
「情けないやつじゃのう…」
「うるせえ。俺は非力なんだ。お前たちだけが頼りだ」
メルルは鼻で笑った。
「ま、いいじゃろう。何かあったら助けてやるわい」
「頼んだぞ…」
心臓が鼓動をはじめる。心拍数があがる。
扉に取っ手はついていない。俺は恐る恐る扉を押した。ギイィッという音とともに、扉がゆっくりと奥に開きはじめる。
「いくぞ…」
俺の背後で、メルルが生唾を飲み込む音が聞こえる。
「おらあ!」
恐怖を紛らわせるために、俺は勢いにまかせて思いっきり扉を奥に開いた。
しかし期待とは裏腹に、小屋の中はどう見てもただの物置でしかなかった。
「な、なんだよこれ。ただの物置じゃねえか」
なかは蜘蛛の巣だらけで、誰かに使われた形跡はまったくない。錆びたスコップや、鍬が何本か立てかけてあるだけだった。
俺はエリゼのほうに振り返って言った。
「やっぱり何かの間違いじゃないのか?」
「いや、そんなはずはない」
エリゼが小屋に近づき何度か扉を開け閉めするも、やはり何の変化も起こらない。
エリゼは不思議そうに首を傾げた。
「しかし間違いなく小屋は魔力を放っている。ここに何かあることは間違いない」
「うーん」
メルルも俺たちに倣って扉を開け閉めするも、やはり結果は変わらない。
俺たちがどうしたものかと思案していると、突然、小屋の中から声が聞こえてきた。
「ふふっ、お困りのようですね」
「だ、誰だ!」
俺たち三人は思わず小屋から飛びのく。
「そう怖がらないでください。ボードレールさんの紹介で来たのでしょう?」
「な、ボドじいを知ってるのか?」
「ええ、いま開けます」
声の主がそう言うと、小屋の扉がキイッと開いた。中から現れたのは、銀髪に赤縁の眼鏡をかけた小柄な女性だった。女性は穏やかな表情でニコッと微笑み、俺たち3人に向かって挨拶をした。
「はじめまして、私の名前はメレナ。メレナ=アウロです」




