第10話 最低の朝の迎え方
翌日、綺麗な部屋の景色とは裏腹に、俺の目覚めは最悪だった。頭がガンガンいたみ、吐き気がする。
「う…痛ぇ…」
俺はソファから起き上がり、右手で頭を押さえた。…完全に二日酔いだ。
「大丈夫かの?」
気が付くと、いつの間にかひょっこり起きていたメルルが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「大丈夫…じゃないな。悪いけどメルル、水を持ってきてくれないか」
「クハハ、仕方ないのう」
メルルはぴょこっとソファから飛び降りて、宿屋のばあさんに水をもらうために部屋を出ていった。
「完全に飲みすぎた…」
俺がその場にうずくまっていると、これまたいつの間にか起きて身支度まで終わらせたエリゼが、窓にかかっていたカーテンを開けた。
「ま、眩しい…」
「馬鹿みたいに酒を飲むからだ愚か者、だから貴様は下僕なのだ」
朝からボキャブラリーに富んだ罵詈雑言の嵐で気分の悪い俺だったが、いまは言い返す元気もない。
「お前は酔ってないんだな…」
「私は酒は飲まん。お嬢さまを守る義務があるからな。それにあの男の前だとなおさらだ」
「それまだ言ってるのかよ…」
世話になったハンサムを馬鹿にされてムッとしたが、これ以上エリゼと喧嘩をしたくないので黙っていることにした。
しばらくすると、水の入ったコップを手に持ったメルルが部屋に飛び込んできた。
「待たせたのぉ下僕よ!」
「下僕じゃねえよ。でもありがとうメルル」
俺はメルルから水を受け取ると、それを一息に飲み干した。
「ぷはあ。生き返ったよ」
「よかったのう、ワシに感謝するのじゃ」
「感謝はさっきしたよ」
冷たい水が喉を通り、全身に巡っていく。
メルルのおかげで少し元気がでた俺は、フラつきながらもなんとかソファから立ち上がった。
「よし、朝飯でも食べにいくとするか」
今日は異世界生活三日目。
俺たちは身支度をし、朝のラスビレグへと繰り出した。
*
「なんだか騒がしいのぉ…」
「ああ、何かあったのかな」
飯屋を探して大通りを歩いている間、俺たちはかすかな異変を感じ取っていた。
不安がってエリゼの足元にすりよってきたメルルを、エリゼがそっと撫でている。
(メルルほどじゃないが、たしかにこの雰囲気は少し怖いな…)
街のいたるところでは、青色の軍服のようなものを着込んだ男たちが駆け回っている。
おそらくあれはビアムントの私兵だろう。
街の住民たちに、なにやら聞き込みをしているようだった。
途中でいい感じの店を見つけて立ち寄った俺たちは、注文がてら、ウェイターに何があったのか尋ねてみた。
「朝から何があったんだ?」
「ああ、あれね」
男のウェイターは俺たちの注文をメモに取りながら答えてくれた。
「何でもギュスターヴのとこの娘さんが昨晩から帰ってきてないらしい。大慌てで探してるんだとよ」
「へえ。ギュスターヴって?」
「豪商人だよ、この街で知らない人はいないぜ。あんたら余所ものかい?」
「まあな」
「だったら気をつけた方がいいぜ。何でも怪しいやつらは片っ端から捕まえてるって話だ」
「…気をつけるよ。しかし、子供が一晩帰ってこないだけで随分な騒ぎようだな」
「普段ならそうでもないだろうが、あんたら知らねえのかい?」
「何を?」
「この街で最近流行ってる事件さ」
「ああ…」
せっかくの朝食だというのに、俺は嫌なことを思い出してしまった。
子ども誘拐事件。
そういえば俺たちが門扉の前で止められたのも、それが理由だった。
「おっ、マスターに呼ばれてる。じゃあ俺はこのへんで」
「ああ、引き留めてすまなかったな」
ウェイターの男はひらひらと手を振って厨房のなかへと消えた。
「朝からイヤな事聞いちまったな」
「まったくだ」エリゼは珈琲をすすりながら言った。
「もしワシが誘拐されたら二人はどうするのじゃ?」
「お前みたいなうるさいガキ誘拐する馬鹿はいないだろ」
「ムキー! ガキとはなんじゃ!」
メルルは小さいほっぺをプックリふくらませて、ぷんぷんと怒った。
「はいはい、悪かったよ。頭に響くから大声はやめてくれ」
「私なら…」
エリゼは飲んでいた珈琲カップをテーブルにトン、と置いた。
「もしお嬢さまが誘拐された場合、といってもそんなことは絶対にさせませんが。万が一そのようなことがあった場合…」
「あ、あった場合…?」
俺とメルルは、生唾をごくりと飲み込んだ。
「死んだ方がマシと思えるほどの、あらゆる絶望を与えるでしょうね」
あ、あらゆる絶望て…。
「あの…エリゼさん…?」
「なんだ」
「メルルが引いてる」
ドン引きして顔がひきつっているメルルを見たエリゼはハッと我に返り、大慌てで
「じょ、冗談ですよお嬢さま」と言って笑いかけるのだった。
じゃっかん引いていた俺も少しも冗談だとは思えなかったが、蒸し返すと怒られそうなのでやめておくことにした。
その後、俺たちは朝食を食べながら、暗くなった雰囲気をまぎらわせるためにこれからの話をした。そして、話し合いの結果きょうはギルドに行くことになった。とにもかくにも、まずはクエストを受けて金を稼ぐ必要があったからだ。
朝食を食べ終えると、俺たちはウェイターに礼を言って店を出た。そして、大通りを抜けてギルドへと向かった。
朝食の代金は、ギルドの手付金とは別で、しばらくの生活費としてハンサムから借りた金で支払った。
「たのもー!」
ギルドの黒塗りの扉を、メルルはなんの躊躇もなく開け放っていく。
三日目にしてメルルの豪胆さに慣れてきた俺は、もうビビることにも疲れたので普通に中に入っていった。
「あ、泥一さんたち。おはようございます!」
まず目に飛び込んできたのは、朝からニッコリスマイルな受付のお姉さんだった。
何やら、たくさんの紙の束を抱えている。
「おはようなのじゃ!」とメルル。
「おはようございます、何を持ってるんですか?」
「ああ、これは未指定クエストの依頼書です」
「未指定クエスト?」
「ええ、依頼先を特定しないクエストのことです。条件さえ満たせば誰でも受注できるので、新人冒険者には人気ですね。すでに今日のぶんは貼りだしてあるのでよかったらご確認ください」
「へえ、そんなのがあったんですね」
「ええ、昨晩は説明する時間がありませんでしたから。まとめて説明するので時間があるときにでもお尋ねください」
「分かりました、親切にありがとうございます」
俺は受付のお姉さんに礼をいい、その場を立ち去った。
そういえば昨日は契約するだけして、何もわからないままハンサムになかば押し切られるかたちで「飽食の竈屋」まで連れていかれたからな。
「えーと、お姉さんが言ってたのは…」
ギルドを見渡していると、いくつもの紙が貼りだされた巨大な掲示板を見つけた。
「クエストと一口にいっても、けっこう種類あるんだな…」
モンスターの狩猟クエストに、よくわからん山菜の採取クエスト。警護のクエストなんてのもあった。
…なんだこれ、掃除の依頼なんてのもあるぞ。報酬は30ドール。誰がやるんだよこれ。
俺がそんなことを考えていると、さっきから一人で頑張って背伸びしていたメルルが、ついに諦めてエリゼに手を伸ばした。
「み、見えんのじゃ…。だっこしてくれエリゼ」
「はい、お嬢さま」
エリゼに抱っこされたメルルは
「おお、高いのー!」 などと言ってはしゃいでいる。
…まったく、子供は気楽なものだ。
「うーん、なかなかいいクエストがないな」
「…そうだな」
これには、珍しくエリゼも同意した。
見たところ難易度の高いクエストほど報酬が高くなっていくみたいだが、そのほとんどが狩猟系や警護系の危険なクエストばかりなのだ。
一番報酬の高い狩猟クエストが目に入ったが、十万ドールでドランコ火山地帯に巣食った火竜の狩猟という内容だった。
火竜というのがどんなものか知らないが、まあ、どれくらい危険なのかはなんとなく予想できる。
俺たちにこなせそうなのは簡単な採取のクエストか、それこそ掃除の依頼くらいだった。
「やるかあ…? 掃除…」
諦めた俺が掃除の依頼書を手に取りかけたとき、メルルが大きな声で叫んだ。
「あったぞ!」
「ん? 何が」
俺が横をみると、メルルは掲示板の隅のほうに張り出された依頼書を指さしていた。
俺はその依頼書を一枚ちぎりとって、三人で読めるようにした。
「なになに、誘拐された娘の捜索依頼。応募条件なし。娘を見つけた人には十万ドール。犯人はデッドオアアライブで、死体なら十万ドール。生きて連れ帰った場合には三十万ドール。依頼主、ギュスターヴ・パッサン」
そして、依頼書の下に娘の似顔絵が描いてあった。
依頼書を読み終えたころには、紙を握りしめる俺の手がいつのまにか震えていた。
「こ、これだ…」
これが神の天啓ってやつだろうか。
ラスビレグにきて三日。その間に何度も耳にした子ども誘拐事件の話。そして何より、この依頼書を見つけたのは他でもない、神フィウスの妹、メルル。
これを天啓と言わずして何と言おうか。
「これだ、これだよメルル! よくやった!」
思わず興奮してしまった俺は、抱きかかえられたメルルをエリゼごとハグしてしまった。
「ガハハ! そうじゃろうそうじゃろう。もっとワシを褒めろ!」
褒められてメルルはうれしそうに笑っていたが、それとは対照的に、抱きしめられたエリゼはもの凄く不快な表情をした。
殴られそうな空気を感じたので、俺は颯爽と身をひいた。
「ま、まあなんだ。とりあえずこのクエストを受けるってことでいいか?」
「おおー!」
返事の代わりに、メルルは天に向かってガッツポーズをした。
「私はお嬢さまに従います」
エリゼもなんなく賛成してくれた。
「よし、じゃあ善は急げだ」
俺たちは依頼書を握りしめ、ギルドの受付へと向かった。




