5話 さよなら、サンダー・クロス
「妹ちゃんも大きくなったなぁ」
今年6歳になる妹ちゃんの頭をワシワシ撫でる。
「サンダー様、おやめになって。髪が乱れますわ」
ツンとして気取った言葉を喋って見せる妹ちゃん。
ちょっぴり嬉しいのが隠せてないけどな。
「悪い悪い、もうレディーだもんな。初めて会った頃のトーリくんを思い出して、つい」
「フォリーの生まれた日の事ですわね」
妹ちゃんはフォルトゥナータと名付けられ、すくすくと成長した。
おしゃまで可愛らしい女の子だ。
愛称はフォリーちゃん。
トーリくんの新しい母ちゃんは産後数年は元気に暮らしていたが、一昨年、旅先で盗賊の難に遭い、若い命を落とした。
こればかりは俺にもどうしようもない。
トーリくんの家族は幼いフォリーちゃんと、滅多に帰ってこない父親だけになった。
なんだか気掛かりで、この6年間、こまめに様子を見に来ていた俺。
スペシャルプレゼントは使い終わってても、俺の勢力圏内に住む良い子に変わりはないわけだし。
普通のプレゼントなら何回あげてもいいんだし。
てなわけで薄幸そうな少年を見守ってたら、賢い妹フォリーちゃんにバッチリ顔を覚えられ、仲良し認定されてしまった。
この子は別に変な称号も付いてないし、幸薄い感じはしないけどね。
むしろたくましく世の中渡っていきそう。
「サンダー、こんな所にいたんですね」
「おう、お邪魔してるぜ」
トーリくんがやってきた。
「お兄様、サンダー様はフォリーとお茶会してるのですわ」
フォリーちゃんが得意げに報告するが、本物のお茶会ではなく、お茶会ごっこだ。
フォリーちゃんが飲んでるのはミルクだし、テーブルの上のお菓子はフォリーちゃん用のビスケットのみ。
要は6歳児のおやつタイムに差し向かいで座ってお喋りに付き合ってるだけ。
俺は魔人だから食べ物要らないしね。
フォリーちゃんがお茶会気分を味わう事が肝要なのだ。
トーリくんもその辺は心得ている。
「素敵なお茶会だね。僕も参加していいかな?」
「もちろん歓迎しますわ。どうぞお掛けになって」
淑女気取りで着席を促すフォリーちゃん。
しばし3人でお茶会ごっこをする。
といっても俺の存在は大人には認識できないから、メイドや家庭教師には『おやつ食べながら一人遊びしてた妹のところに兄が加わって二人で遊び始めた』ように見えているだろう。
仲良し兄妹、いいよな。
「そろそろお茶会はお開きですわね。フォリーはこの後ピアノのお稽古ですの。サンダー様のお相手はお兄様にお願いしますわ」
ビスケットを食べ終えたフォリーちゃんは『お客様のおもてなしを立派に果たした私、偉い』みたいな顔して俺とトーリくんを部屋から追い出した。
素直に追い出された俺達は庭をそぞろ歩く事にした。
トーリくんちの庭は林のように広大で、樹木が多く、人の目がない。
トーリくんが俺と喋っていても『一人で空中に喋ってる変な子ども』扱いされずにすむわけだ。
「トーリくん、もうすぐ入学だな」
話題を振ると、トーリくんの顔が暗くなった。
「行きたいわけではないんだけど」
トーリくんの父親は貴族だ。
爵位なんだっけ、子爵だか男爵だか、なんかそんなの。
トーリくんはその跡取り息子。
将来親の後を継いで貴族になるから、それ用の高等教育を受ける義務がある。
そのためにはこんな田舎じゃなく、中央に出て、それ専用の学校に入らないといけない。
学校は幾つか種類があって、軍人になるなら士官学校、役人になるなら王立大学、魔法使いになるなら魔法学院……と生まれや適性によって分かれるんだが、トーリくんは魔法適性がバカ高いのにも関わらず、軍人の家系だとかで士官学校に入学が決まっている。
気質的に向いてないんだけどなあ。
前世で女の子だったせいか内向的だし、顔も可愛く、どことなく女性的だ。
軍人向きとは言えないが、お家のしがらみってやつで、仕方がない。
シェパードやドーベルマンの群の中に放り込まれるスコティッシュフォールドって感じで苦労するのが目に見えてるけど。
お家の事情で適性のない道に進まされる子どもはトーリくんだけではない。
貴族の家制度ってのは一族郎党を食わせていくため、厳しさが求められる事も多々あるんだよ。
さて、そんな士官学校、初等科の入学が12歳からだ。
トーリくんは地元を離れ、王都の士官学校に入学し、寮で暮らさなければならない。
内気なトーリくんには知らない人との共同生活へ不安がいっぱいだろう。
だがこれはチャンスでもある。
未だ消えない『魔王のたまご』を払拭するチャンスだ。
「嫌な事ばかりじゃないだろうよ。学びの中には魔法の勉強もあるんだし。田舎には無い娯楽がたくさんあるだろうし、本もたくさん売ってるだろうし、気の合う友達が出来るかもしれないぜ? 案ずるより産むが易しって諺あったろ?」
「……出産で死にかける人もいるんだけど」
「すまん、例えが悪かった。要するにだ、何事もやってみないと分からない。都会で何を学ぶかは君次第って事だ」
「死ぬほど走らされたり、木剣で叩かれたり、怒鳴られて扱かれる未来しか見えない」
まあ確実にそれはあるよな。
「最初はしんどくても、だんだん体力付いて楽になってくるはずだ。しんどいのは最初の1年だ、1年頑張れ!」
「卒業までは5年もあるんだよ。その間、長期休暇にしか帰れない」
まあそうだな。
「フォリーにも会えないし、サンダーにも会えなくなる……」
消え入りそうな声に心が痛むが、ここは突き放さないといけない。
「いつまでも俺に甘えてちゃダメだ」
今日まで甘やかしてきたのは俺なんだけど。
「男ならいつかは巣立つものだ」
女でも親元離れる時は来るけどね。
「強くなれ。自分の大切なものを守れるくらいに」
なんの話だかだんだん趣旨がわかんなくなってきたけども。
「学校で揉まれて、一回りもふた回りも大きくなって帰ってこい。俺はここで見守っているから」
と言っても俺が見守れるのはフォリーちゃんとそのおともだちくらいで、王都にいるトーリくんの様子など見守りようがない。
俺の勢力圏はこの国の北部に偏っている。
士官学校は王都中央やや南寄りに位置し、他の魔人の勢力圏だから危なくて近寄れない。
トーリくんの瞳が揺れる。
「サンダーと一緒なら怖くないのに……」
だからそれは無理だっつーの!
俺がしばかれるから!
「自信を持て、トーリ。お前には才能がある。魔力勝負なら誰にも負けない」
これは本当だ。
同世代の子どもの中で、こと魔力に関してはトーリくんに勝る逸材はいない。
『勇者のたまご』くんも同い年だからもしかしたら学校で出会うかもしれないが、彼も魔力ではトーリくんに劣る。
俺の勢力圏の外にもしかしたらいるかもしれない『聖女のたまご』や『賢者のたまご』でもトーリくんには多分及ばない。
人類最強クラスなんだ、トーリくんの才能は。
あとは本人にその才能を伸ばす気があれば…!
才能を開花させたトーリくんはきっと大勢の人に愛される。
教師や同級生から一目置かれ、女の子から憧れの目を向けられ、人間同士の絆が増える。
寂しい『魔王のたまご』じゃなくなるはずなんだ。
だから、だから……!
「昔、一緒にツリーハウス作ったよな」
「…? うん、樫の木の上だったね。大人に見つかって撤去されたけど」
「大雪の日にかまくらも作ったよな」
「あの年はすごく積もったよね。僕の背の高さより深いくらい。かまくらも、雪の滑り台もすごく大きいのが出来たんだ」
「お前をソリに乗せて飛んだこともあったよな」
「楽しかったよ! ちょっと怖かったけど、トナカイがドスの効いた低音で喋るのが面白かった」
だんだん表情が明るくなってきた。
そうやって笑っててくれ。
俺は子どもの笑顔が好きなんだ。
「思い出は消えない」
喜んでる顔が見たいんだ。
「色あせたりしない」
幸せを掴んで欲しいんだ。
「いつまでも胸に残る」
だから、
「お別れだ、トーリくん。今までありがとう。そして……………さよなら」
俺は君の前から消える。
「何を言ってるの? ……どこへ行くの? 嫌だよ。いなくならないで! サンダー! サンダー・クロス! 嘘だ、どうして!」
俺はサンダー・クロス、12歳以下の子どもにしか姿が見えない魔人。
トーリくん、君は今年13歳の誕生日を迎える。
大人の入り口に立つんだ。
子供時代の終わりが来るんだ。
子どものための魔法はもう君を守れない。
独り立ちしなきゃならないんだよ。
トーリくん、頑張れ、トーリくん…………。