4話 君へ贈るスペシャルプレゼント
直接的ではありませんが、出産シーンがあります。苦手な方はご注意下さい。
トーリくんの案内に従って、暗く人けのない屋敷の中を歩いて行く。
トーリくんの部屋とは違うフロアの一角に、その部屋はあった。
そこだけランプが複数灯されて明るい。
人の気配も一人二人ではなく、数人いる。
侍女とメイドと医者と助手……ってとこか?
音もなく扉を開けて入って行く。
冬なのに、ムッとするような籠もった熱気。
病人が冷えないようにガンガンに温めているのだろう。
苦しげな息遣い。
寝台に横たわる女性は青ざめてはいるが、若く美しい人だった。
時折苦しげな悲鳴が彼女の口から迸る。
状況は一目で分かった。
お産だ。
トーリくんの新しい母は難産で死にかけているのだ。
「母様…」
息を呑むトーリくん。
室内は血生臭く、緊迫感で張りつめている。
医者を始めとする、患者の命をつなぎ留めようと奮戦する大人たち。
うん、修羅場だ。
何も知らない子どもが見たら、気を失ってもおかしくない。
だけどトーリくんは何も知らないわけじゃない。
前世女の子だったのなら、自分の体で経験済みの可能性もある。
「トーリくん、聞いてくれ。君のお母さんは今ギリギリの闘いをしてる。お腹の赤ちゃんも崖っぷちでまだ頑張ってる」
そう、二人はまだ死んでない。
だけどこのまま生まれなかったら、体力が尽きれば死んでしまう。
そしてその出来事がトーリくんを、『魔王のたまご』を、深い孤独に突き落とす。
「骨格が華奢な人だから、骨盤が狭くて赤ちゃんが出てこられないんだ。もうじき医者が決断するだろう。母親の腹を切って赤ちゃんを取り出す。帝王切開だ」
「…! でも、それって」
「日本では普通の医療行為だった。でもこの世界では違う」
ここは剣と魔法の世界だ。
医療技術の水準は高くない。
大抵の傷は魔法で治せるが、失った血液は戻らない。
輸血技術もない。
それでなくても出産はある程度出血するのに、妊婦の腹を割けばどうなるか。
失血死あるいは外傷性ショック死待った無しだ。
この世界、外科手術の安全性は低い。
魔法と薬草に頼った医療で、難産を乗り越えられる妊婦は多くない。
「何か、何か方法は」
トーリくんが必死に考えを巡らせる。
だけどすぐに思いつくはずもない。
いくら魔法の才能がずば抜けてたって、まだ6歳の子どもなんだ。
起死回生の妙手なんて無い。
ただ、俺にはある。
「トーリくん、お母さんのために自分の願い事を諦める事はできるか?」
「え?」
「『ともだちが欲しい』っていう君の願い事を叶えるために俺は来た。その願い事の権利を使って、ともだちじゃなく、別のものをプレゼントする事もできる。例えば、家族の健康とか」
元気な母ちゃんとか、可愛い妹とか、それら全部ひっくるめて仲のいい家族とかな。
ともだちがいない孤独、家族を喪う孤独、どっちか片方はトーリくんに残ってしまう。
だけどどっちかは埋められる。
君が本気で俺に願えば。
君はどっちを願う?
「ただしサンダー・クロスからの《スペシャルプレゼント》は一人につき一度だけ。この権利を使い切ったら二度目のチャンスは巡ってこない」
トーリくんはゴクンと唾を飲み込んだ。
「お、お願いします、母様と赤ちゃんを助けて下さい、二人とも無事に、元気に、生まれさせて! お願い、サンダー・クロス!」
「よし任せろ!」
良い子のお願い、聞き届けた!