3話 小さな転生者
「へー、そっかー、ブラジルに住んでたのか」
「うん、サンパウロとかの大都市じゃなくて、もっと小さい町だったと思う。あんまり覚えてないけど」
「いやいや、サンパウロとかの地名覚えてるだけでも大したもんだって。で、やっぱサッカーとかしてたの?」
「えと、女の子だったから、サッカーはあんまり……」
「あ、前世女子だったのね。TS転生ってやつね。なるほどなるほど」
「それに小学校からは日本で暮らしてたので」
「マジ!? 俺、元日本人!」
それから日本製アニメなんかの話題で盛り上がった。
魔王のたまごくんはこちらでの名前をヴィットーリオと言うそうだ。
「縮めて呼んでいい?」
「じゃあトーリと呼んで下さい。亡くなった母がそう呼んでいたので」
よし、トーリくんだな。
しかし今聞き捨てならないフレーズがあったぞ。
「トーリくんのお母さんは死んじゃったのか」
「はい、僕が3歳の時に」
トーリくんは今6歳だ。
「今はお父さんと二人暮らし? 寂しい?」
「いえ、父は滅多に帰ってこないんですけど、乳母もいますし、去年、新しい母も来てくれましたし」
はい、聞き捨てならないフレーズ2個目!
新しい母!
「ズバッと聞くけど、継子いじめされてる?」
「いえ、たまに誤解されますが、新しい母は優しい人です。まだ若いのに親身になって世話してくれて、毎朝一緒に朝食を取ったり、庭で遊んでくれたり、夏にはピクニックに連れていってくれたり……」
止まっていた涙がまた滲んできた。
「……一緒にいると楽しくて、いい人なんです。ピアノを弾いてくれて、一緒に歌ってくれて、手をつないで踊ってくれて……」
「母ちゃん好きなんだな」
「……はい」
「なんか泣きたくなる事あったのか?」
「母様が」
魔王のたまごくんの新しくて大好きなお母さんは今、死にかけているのだそうだ。
※
魔人である俺は生まれつきの権能として、子どものステータスをある程度見ることができる。
能力もだけど、素行とか、家庭環境とかもな。
そういうの見ないと『良い子』かどうか判断できないからな。
そうやって閲覧するステータス画面には、どの子にでもあるわけではない、『称号』なるものが表示されてる事がある。
『魔王のたまご』や『勇者のたまご』がそれだ。
『〜のたまご』系の称号は『このまま成長すればそうなる可能性大』という『素質・環境・運命』を備えている事を意味する。
『魔王のたまご』の場合は、
・ずば抜けた魔法の才能
・孤独な環境
・闇に染まるきっかけとなる出来事
の三点セットがそろっているという事になる。
ずば抜けた魔法の才能だけだったら『賢者のたまご』と表示されてたはずだ。
俺が思うに、トーリくんは家族との縁が薄い。
実母との死別、推測だが家庭を顧みてないフシがある父親、そして今また新たな母を失いかけている。
こうして孤独な環境が出来上がり、のちに何か運命的な出来事で闇落ち確定するのだろう。
今は前世の記憶があるだけの割と普通の良い子なのに。
それはそれとして。
※
「よし、分かった。トーリくんの母ちゃんのとこ行ってみようぜ」
「え、でも、邪魔になるからって、父様が」
「んなもん大人の都合だ。一人で悪い想像して泣いてるのは子どもには良くない。大丈夫、邪魔にならないようにコッソリ様子見に行くだけだ」
ちと強引ではあるが、俺は帽子を脱いでトーリくんにかぶせた。
「これは魔法の帽子だ。かぶってる間は幽霊みたいなもので、大人からは姿が見えないし、声も聞こえない」
ついでに俺は魔人なので、人間の大人には認識されないという性質を持っている。
俺を認識してコミュニケーションできるのは12歳以下の子どもだけなのだ。
「俺となら誰にも気づかれずに母ちゃんに会いに行ける。行くか、行かないか、どっちだ?」
「……行きます!」
子どもだけど、前世を覚えてるトーリくんは人の死を知ってる。
これが最期のさよならになるかもしれないと分かってる。
それでも一人で泣いてるよりいい。
さあ行こう、君を蝕む孤独を振り払いに。