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【書籍化決定】離婚はちょっと困ります~なので夫の愛を買わせていただきます。それはそれとして、悪い奴は許しません!~  作者: 鈴木 桜
第4章 私のための人生

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第41話 お金なんかなくたって



 エステルが南へ向けて出発して、五日目の夜。

 今夜もクライドは一人トレーニングに励んでいた。

 余計な雑念を振り払うには、身体を動かすのが一番だから。


 だが。


(予定では、今日の昼過ぎには義兄上のもとに到着したはずだが……)


 また、彼女のことを考えてしまった。

 この数日、彼女のことを忘れようとどんな努力をしても全て無駄で。


 呼吸をするたびに彼女のことを考えてしまっている。


 長旅で身体は疲れていないだろうか。

 何か不便を感じていないだろうか。

 悲しい思いをしていないだろうか。


 今も、笑顔でいるだろうか。


(……まったく、情けない!)


 クライドは腕立て伏せのテンポを上げた。

 息が上がり、汗がしたたり落ちて。

 体中にジンジンと痛みが走る。


 しばらくすると、限界が訪れた。


 腕がガクンと力をなくし、絨毯の上に倒れ込む。

 ゴツンと額を打ったが、それに構う余裕など、ない。


 クライドは力をなくした身体を軽くひねって、ゴロリと仰向けになった。

 ろうそくの明かりがゆらゆらと揺れる天井を見上げると、やはり浮かんでくるのは彼女のことばかりだ。


『あなたに何を言われようと、私の誇りは傷つかない!』


 あの時、エステルの言葉に王宮の謁見室が静まり返った。

 日々醜い権力争いに明け暮れる大人の男たちには、彼女の眩しさはさぞ堪えただろう。


 クライドも、その一人だった。


 彼女は女神だ。


 これから先も、多くの人を助け、励まし、希望を与えるだろう。

 幼いあの日、自分に微笑みかけてくれたように。


 彼女を縛り付けてはいけない。


 彼女は彼女の望むように。

 自由に生きるべきだ。


 だから、彼女に言ったのだ。『離婚しよう』と。


 彼女が南へ旅立つ日、一人部屋から彼女を見送った。

 彼女の姿を見るのはこれが最後になるかもしれない。そう思うと、身体が、心が、引き裂かれるようだった。


 それでも、これが正解なのだと。

 自分に言い聞かせた。


(諦めろ、諦めろ、諦めろ)


 クライドは心の中で何度も繰り返しながら、極限まで酷使して疲労が蓄積された身体を引きずって、ベッドにもぐりこんだ。

 これでようやく眠れる。


 だが、きっとまた。

 夢で彼女のことを考えるのだろう。


 そんな自分があまりにも情けなくて。

 クライドは頭まで毛布をかぶり、ぎゅっと目をつむった。


 その時だった。


 パチンッと、何かが弾ける音がした。


 次いで、ふわり、何かが降ってきた。

 毛布越しに、優しい温もりがクライドの身体に触れる。


 慌てて毛布から顔を出すと、最初に視界に入ったのは虹色の光の奔流だった。

 キラキラとまばゆい光が部屋中にあふれていて。

 その真ん中で。


 彼の女神が、ほほ笑んでいた。




 * * *




「エス、テ、ル……?」


 驚き目を見開くクライドの顔を見て、エステルは思わず泣きそうになった。


 たった十数日、会えなかっただけなのに。

 この人のことが恋しくて、たまらなかったのだ。


「どうして、ここに?」

「説明すると長くなるんだけど……」


 テディの魔法を使うと、不思議な虹色の世界に放り投げられて。しばらく漂った後、クライドの寝室の、ベッドの上に辿り着いた。


 だが、経緯や方法などどうでもいい。


 何をしにここへ来たのか。

 今はただ、それだけが重要だ。


 エステルはクライドの膝の上に馬乗りになった格好のまま、ゴクリと息を呑んだ。


「あなたに、お返事をするために来ました」


 ゴクリ。

 身体を半分起こして、エステルを見つめるクライドも、息を呑む。


「……離婚、しましょう」


 沈黙が落ちる。

 ややあって、先に目を逸らしたのはクライドだった。


「そうか」


 クライドが下を向く。

 その視線を追いかけるように、エステルが身体をかがめた。

 その途端、


「っ!?」


 勢い余って、二人の身体がベッドの上に倒れてしまった。

 いつかの夜のように、エステルがクライドを押し倒すような恰好になる。


「どいてくれ」


 クライドは震える声で訴えたが、


「いやです」


 エステルは即座にそれを却下した。


「話はまだ終わっていません!」


 両手でクライドの頬を包み込み、無理やり自分の方を向かせる。そうすると、彼の藍色の瞳がよく見えた。

 だが、それでもクライドはエステルから視線を逸らすように目を伏せてしまう。


(私を見てほしい)


 それを、伝えなけば。

 自分の言葉で。


「私は、愛はお金で買うものだと思っていました」


 エステルが話し始めると、クライドのまつ毛がピクリと震えた。

 彼の反応を一つも逃すまいと、エステルはクライドの顔をじっと見つめたまま続ける。


「無償の愛なんて存在しない。私は、そう思っていました。まして、花街で育ったいわくつきの私()()()を愛してくれる人なんて、この世に存在しない。

 幸せになりたければ、愛をお金で買うしかない。……そう、思っていたの」


 クライドがパッと顔を上げた。


「それは違う。君は大勢の人に愛されている」


 その言葉が嬉しくて、笑みがこぼれる。


「それは、あなたのお陰です」


 クライドのもとに嫁いで来てから、様々な出来事があった。そして、どんなピンチも自分の力で切り抜けてきた。


 だが、それも全てクライドのお陰だった。


「あなたが、私が望むことをしてもいいと言ってくれたから。

 私は、いつも私らしくいられました」


 いつでも、そうだった。


「そんな私を、みんなが愛してくれた。

 お金なんかなくたって。

 愛は、確かにここにある、って。

 ……あなたのお陰で、私は知ることができたの」


 クライドがいなければ。

 こんな風にはなれなかった。


「あなたが、私に愛を教えてくれた」


 ドキドキと、エステルの心臓が音を立てる。

 こうして自分の胸の内を人に打ち明けるのは初めてだ。

 受け入れてもらえるだろうか。

 そんな不安がないわけではない。


 だが、きっと大丈夫。

 この人なら、きっと。




「あなたのことを、愛しています」




 再び、沈黙が落ちた。

 だが、今度の沈黙はそれほど長く続かなかった。


 クライドがエステルの肩に優しく触れて。

 ネグリジェの布越しに彼女の体温を確認するように、優しく、その肩をなでる。


「すまない」


 謝罪の言葉に、一瞬ビクリと肩を揺らしたエステルだったが、すぐにそれどころではなくなってしまった。


 クライドが、エステルの身体を抱きしめたからだ。


「っ!?」


 今度はエステルが目を白黒させる番だった。


「すまない、本当に、すまない」


 何度も謝りながら、クライドがぎゅうぎゅうとエステルの身体を抱きしめる。


「君に辛い思いをさせてしまった。もっと早く、俺が気持ちを打ち明けていたら、こんな風に君に言わせることもなかったのに」

「ど、どういうことですか?」


 硬い胸板に顔を押し付けられているので、とてつもなくしゃべりにくい。エステルは、もごもごと小さく口を動かしながら、ようやく問い返した。


「君を愛している。

 ずっと前から。


 ……愛しているんだ」


 クライドの震える声が、エステルの鼓膜を優しく揺らした。


 その意味を理解した途端、顔の真ん中からじわじわと甘い熱が広がって。

 体中が、じんわりと、痛みを感じるほどの熱に侵される。


「愛、してる?」

「ああ」

「あなたが、私を?」

「そうだ」


 エステルは、火照る身体を懸命に動かして、なんとかクライドの胸の中から顔を上げた。

 

 二人の目が合う。

 クライドの顔は、真っ赤だった。

 きっとエステルも似たような顔をしているだろう。


 自然と、二人の距離が縮まっていく。


 唇が触れる。


 その直前、エステルは重大な過失を犯していることに気が付いた。


「あ、だめ! だめです!」


 思わず、クライドの胸を押して身体を離す。そうすると、クライドはむっと不機嫌そうに眉を寄せた。


「なぜだ」


 愛を確認し合ったのに。

 そう言いたげな表情を浮かべるクライドに、エステルはもじもじと目を泳がせた。


「プロポーズがまだです」

「なに?」

「いったん、離婚しましょう。この結婚は、ほら、勘違いというか、すれ違い、みたいなものだったので。だから、離婚して、私から改めてプロポーズしますから、こういうことは、それからに……」


 しましょう、という言葉は、クライドの唇に遮られて言えなかった。


「あの、話を……」


 と、抵抗してはみたが。


「いやだ」


 クライドに即座に却下されてしまった。




 その夜、二人は。

 ようやく、結ばれた。




 * * *




 数か月後、グレシャム公爵夫妻の二度目の結婚式が行われた。

 なぜ二度も結婚式を行ったのか。

 多くの人はその理由を知らない。


 だが、誰もが。

 喜びに満ちた表情で寄り添いあう二人の幸福を、心から願った──。




Fin.











ここまでお読みいただき、ありがとうございました!

最後までお付き合いいただき、感謝申し上げます!

エステルとクライドのお話はこれにて完結!

ハッピーエンドでございます!


面白いなぁと思っていただけましたら、ぜひ★評価をお願いいたします!!!!!!

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― 新着の感想 ―
面白かったです!エステル様格好いい!素敵! 強くあろうとする女性、大好物ですw ただずっと読みながら心の中では 公爵! ヘタレか! ヘタレだな! ちっヘタレめ! ヘタレくさって! ヘタレんな! こ…
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