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【書籍化決定】離婚はちょっと困ります~なので夫の愛を買わせていただきます。それはそれとして、悪い奴は許しません!~  作者: 鈴木 桜
第3章 人の価値

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第27話 彼女が望むなら


 執事長から親族会議について知らされた日の夜、珍しくクライドから呼び出された。書斎に行ってみると、執事長と二人で親族会議の段取りを相談しているところだった。


 私の顔を見た途端、


「君が嫌なら、親族会議は取りやめる」


 開口一番、クライドが言った。


「結構です」


 私も即座に返事をすると、クライドが小さく息を吐いた。

 その様子を、執事長がはらはらと見つめている。


「そう言うと思った。

 ……親族会議の場で、決着をつけるつもりだな?」

「はい」


 何の、とは確認するまでもない。

 マイヤー女史との喧嘩の決着に決まっている。


「そうか……」


 クライドはもう一度、今度は深く、深く、息を吐いた。

 何かを考え込んでいるようだ。


 ややあって、クライドが一つ頷いた。

 逡巡していた何かに答えが出たようだ。


「分かった。君に任せよう」

「ありがとうございます!」


 クライドが親族会議の開催に消極的な理由は分かっている。


(私が親族の前で恥をかいて公爵家の権威が落ちるのを心配しているのね!)


 そうに違いない。


「完璧に準備して、親族の皆様を迎え撃つわ!」


 このセリフに、なぜが執事長がガクッとずっこけた。

 だが彼の心配をしている場合ではない。


 今はクライドの心配を払拭することを優先しなければならない。


「何も心配はいりません!

 海千山千の公爵家の親族と言っても、所詮は人間。

 これは好機です!

 この親族会議で、必ず公爵夫人として認めさせてやるわ!」


 拳を握ってふんすと息まきながら宣言すると、はじめ、クライドは驚いていた。

 だが、ややあって、僅かに笑みを浮かべて。


「そうだな」


 一言、そう言ったのだった。




 この日以降は、怒涛の日々だった。

 エステルは親族を迎えるために、ほとんど休む間もなく動き回るはめになり、商会の運営の方はイアンに丸投げする形になってしまった。

 彼の経営手腕に間違いはないので、その点で不安は一つもないが。

 この間、イアンとはほとんどのやりとりを手紙で済ませなければならなかった。


 それに不満を募らせたイアンが、会議の数日前、密かに公爵邸を訪れていたことを、エステルはもちろん知らなかった。




 * * *




「やあ、クライド!」


 夜の闇に紛れて公爵邸への侵入をはかった賊がいると知らせを受けて飛んで行ってみれば、そこにいたのは良く見知った親友だった。


 クライドは深く、深く、地の底に沈んでしまうのではないかと思うほど深く、息を吐いた。


 それを見たイアンがくつくつと喉の奥で笑っている。


 イアンは塀を越えて庭園から侵入しようとしたらしいが、騎士たちによってすぐに捕らえられてしまったという。

 騎士たちは侵入者を捕えてみたら主人の親友だったと分かり、その扱いに困り果て、とりあえず客間に通すしかなかった。


 クライドが到着する頃には、イアンはすっかりくつろいでいて。優雅に客間のソファに座って、執事が持ってきたウイスキーで一杯飲み始めていた。


 クライドは呆れつつも騎士たちに解散を促し、自分もソファに座ってグラスにウイスキーを注いだ。


 この親友の頭のねじが少しばかり緩いのは、よく分かっている。


「用があるなら昼間に来い」

「昼に来たってエステルに会えないじゃないか」


 呆れた表情のクライドとは対照的に、イアンは楽しそうな笑みを浮かべたままだ。


「彼女とは手紙でやりとりしているだろう」

「仕事のことはね」

「……それ以外にどんな用事があるんだ」


 クライドがため息を吐くようにつぶやくと、イアンはくわっと目を見開いて身を乗り出した。


「それだよ! ねえ、ちょっと! 聞いてよ!」

「な、なんだ」

「エステルってば、僕の口説き文句を全スルーなんだよ!」


 また、ため息が漏れた。


「そうか」

「そうか、じゃないよ!」


 イアンがさらに身を乗り出す。

 彼は社交界でその名を馳せた遊び人だ。女性との恋文のやりとりも経験豊富なはず。

 エステルは、そんな彼の口説き文句を全て無視しているという。


「何を書いても、反応なし! 回りくどい表現じゃ無理だと思って、思い切って『愛してる』って書いたのに、それもスルー!」


 ウイスキーを煽りながら楽しそうに文句を言うイアンにつられて、クライドも酒が進んだ。


 エステルがなぜ彼の口説き文句を無視するのかはわからない。だが、その事実がクライドにとっては痛快だった。


「……ねえ、ちょっと」

「なんだ」

「どうして、そんなにうれしそうなんだよ」


 その感情をイアンに見透かされて、とうとうジトっとした目で睨みつけられてしまった。

 クライドは慌てて表情を引き締めてみたが、時すでに遅い。


「君はさ、エステルに新しい男ができることを望んでるんだろ?」


 その通りだ。

 クライドの望みは、いつか彼女が自分自身で選んだ男と幸せになること。

 異存はない。


「だったら、僕と彼女がうまくいくように、とりもってくれてもいいじゃないか」


 それは違う、とクライドは思った。

 彼女の相手は誰でもいいわけではないのだ。彼女自身が選び、彼女が心から愛する男でなければならない。

 クライドが仲をとりもたなければならないような相手なら、そもそも彼女の相手として相応しくない。


 どうやら彼の考えていることは筒抜けだったらしい。今度はイアンが深いため息を吐いた。


「ま、いいや」


 イアンはグラスに残っていたウイスキーを一気に煽った。


「今夜はエステルを迎えに来たんだ」

「迎え?」

「親族会議の準備は、もうほとんど終わってるだう?」

「ああ」

「あとは使用人にやらせれば問題ないんじゃない?」


 確かに、女主人としてのエステルの仕事は既にそのほとんどを終えている。あとは実際に客室を整えたりといった使用人の仕事が残っているだけだ。


「……まさか、とは思うけど」

「なんだ」

「このまま、彼女を親族たちに会わせるつもりなの?」


 この問いに、クライドは首を傾げた。


「当たり前だろう」


 そのために開く親族会議なのだから。

 クライドの返事を聞いたイアンは、今度は頭を抱えてしまった。


「あのさ、君の親族たちは彼女を尋問するために来るんだよ! 分かってるの!」


 もちろん、それもわかっている。

 そもそも親族会議が開かれることになった発端は、大叔母からの提案だった。

 曰く、『彼女が公爵夫人として相応しいのか、見定めなければなりません』という。


 その大叔母は、マイヤー女史を送り込んできた人だ。

 エステルに太刀打ちできなかったマイヤー女史が、大叔母に泣きつきでもしたのだろう。


 だが、クライドには親族会議の開催を断る理由がない。

 他でもないエステルが、会議の開催を望んでいるのだから。


 一つ頷いただけのクライドに、イアンが眉を寄せる。


「……君は、エステルを矢面に立たせるつもりなのか?」


 これにも、クライドは首を傾げた。

 さっきから、なぜ彼は当たり前のことばかり聞くのだろうか。


「これは彼女の問題だ。彼女自身が親族の前で事情を話せばそれで済む話だろう」


 彼女にはやましいことなど一つもない。

 あったとしても、そもそも公爵夫人の火遊びなど、そもそも親族ごときが口を出していいことではないのだ。

 親族会議の場で、彼女がそう言えばいい。


 彼女には、それを成し遂げるだけの強さがあると、既にクライドは知っているのだ。


 淡々とした様子のクライドに、イアンは『呆れた』と言わんばかりに両手を上げた。


「あのさ、エステルは女の子だよ?」

「わかっている」

「分かってるなら……」


 言いかけて、イアンは口を噤んだ。

 そして、深く息を吐いてから、ソファから立ち上がる。


「……僕にはできないよ。とても」

「何を……?」

「僕が夫だったら、何が何でも彼女を守るよ。彼女を傷つけようとする人間がいるなら、絶対に会わせたりしない」


 ようやく、クライドは彼が何を言いたいのか理解した。

 親族たちのほとんどは、悪意を持ってやってくる。その悪意で彼女が傷つくことを恐れているのだ。


 彼女を傷つけようとするあらゆるものから彼女を守る。それが、彼の考える愛し方、ということなのだろう。


 クライド自身も、そうすべきだと思っていた。

 少し前までは。

 彼女を傷つけたくない、守りたい、そう思っていた。


 だが、彼女自身がそれを望まないのだ。

 彼女は『これは私の問題です』と言い切った。

 その言葉通り、彼女自身の力でマイヤー女史に立ち向かっている最中だ。

 そして、同じく親族たちも『迎え撃つ』と、彼女自身が言ったのだ。

 ならば、彼女に任せるのが筋というもの。


 それに、彼女なら大丈夫だろうという確信もある。


 だが、まったく不安がないわけでもない。


(自分は間違っているのだろうか)


 そんな考えが、クライドの心の中で頭をもたげた。


(……いや。男の愛し方の正解など、たいした問題ではない)


 重要なのは、彼女がどう考えているのか、だ。


「……」


 何かを考えこんでいるようだが、結局なにも答えないクライドに、イアンはまたため息を吐いた。


 クライドは昔からそうだ。

 自分の頭の中で考えて、自分勝手に答えを出してしまうクセがある。

 それがまた、ほとんどの場合間違っていないので、結局誰も文句も言えないのだが。


 だが今回は。

 イアンはクライドの考えに従うつもりはなかった。


「彼女が逃げたいと言ったら、僕は彼女を連れて行くよ。それでいいね?」


 問われて、クライドは即座に頷いた。


「彼女が望むなら」


 イアンが彼女を預かってくれるなら、それほど心強いことはない。


「彼女が望むなら、か」


 ふいと、クライドから目をそらしたイアンがソファから立ち上がった。


「そうだね。君は彼女が望むなら、なんだっていいだもんな」


 半ば吐き捨てるように言って、イアンは客間から去っていった。




 その夜、エステルの姿が公爵邸から消えた。


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