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超絶雨女の姫と最強晴男の王子が結婚したら最高の国ができたお話。

作者: 翠野ライム

 あたしの名前はジュネ。あたしは、水の国アクテアの第三王女だった。


『だった』と過去形なのは、国を追い出されて王女ではなくなったからである。


 アクテアは、水と緑に恵まれた大陸随一の美しい国だ。そのアクテアが楽園としてありつづけたのには理由がある。


 それは、強い魔法力を持つ王族が、大魔法で気候や土壌を安定させてきたからだ。


 あたしの前は、お母さまが同じことをしていた。ただ、お母さまはもともと体が弱くて、魔法力もそこまで強くなかった。


 ある日、大陸の覇者になるのが夢という、いまどき三文小説の悪党にもならない典型的なボンクラが無理やりアクテアに婿入りしてきた。


 お母さまはそのボンクラに強いられて立て続けに子どもを三人も産まされたのがたたり、あたしが五歳の時に亡くなった。


 第一王女と第二王女、つまりあたしのお姉さまたちは、魔法力を持っていなかったため、早々に嫁に出された。その後、ボンクラおやじは第三王女であるあたしに白羽の矢を立てた。


 幸か不幸か、たぶん不幸なほうだと思うけど、あたしには国じゅうに行き渡らせても、まだまだ余るほどの魔法力が備わっていた。


 それから――お母さまが亡くなってから十年間、十五歳になるまで、あたしは一日も休まずに国土を魔法力で包み、恵みの雨を降らせ、透き通る川や湖をつくり、アクテアの繁栄を守ってきた。


 そのまま順調にいけば、あたしは水の国アクテアを支える女神として尊敬され続けていただろう。


 ただ、世の中は世知辛いというか余裕がないというか、十五歳になってから、つまりは成人してからのあたしは、魔法に専念できなくなってしまったのだ。


 毎日のようにパーティーに顔を出したり、貴族のおっちゃんにお世辞を言ったり、金持ちのボンボンをあやしたり、白目をむいて『なんですってー!?』って叫ぶ自称・アウトローの公演を鑑賞したり。


 東の国では、こういうのをブラックキギョーって言うらしい。


 とにかく、そんな状態で、国全体にくまなく魔法を行き渡らせるなんてできるわけがない。


 悪いことってのは往々にして重なる。あたしに余裕がなくなったのと同じころから、アクテアの各地で異常気象が起き始めたのだ。


 長雨や洪水で家や田畑が流され、どこもかしこも泥だらけになって、国はあっという間に荒廃していった。


 ちょっと前まであたしをヨイショしていた家臣や国民たちは、あたしを『超絶雨女アルティメットレイン』というクソダサいあだ名で呼び、すべてをあたしのせいだと決めつけて、憎しみや怒りのはけ口にした。


「ジュネがいると国が滅びるぞ!」「あの女がいる限り、我々に未来はない!」「雨女め、悪魔め、出て行け!」事情も知らずにあたしを責め立てる声は日に日に大きくなる一方だった。


 そしてついにお父さまも、あたしのことを力を悪用しアクテアを滅ぼそうとする「魔女」だと決めつけた。


 ある晩、お父さまはあたしを呼び出した。「ジュネ、おまえを魔女と断罪し、アクテアから追放する」


 このクソ野郎は『お願いお父さま、なんでもしますから! 見捨てないで!』とかなんとか言ってあたしが縋り付いてくると思っていたんだろう。


「はいわかりましたお世話になりました」あたしは何の抑揚もつけずに淡々と言ってやった。


 そのときのあいつの顔は、あたしの人生で見てきた中で一番間抜けな顔だった。後ろでぎゃあぎゃあ言ってる声を無視して、あたしは部屋を出ていった。




 国を追い出される日がやってきた。クソおやじが集まった民衆の前で断罪文を読み上げ、あたしの放逐を宣言した。


 あたしは城壁の門前に立たされた。ここをくぐれば最後、あたしは二度とアクテアにもどることはない。


 あんだけ言われなき罪でボロカスに言われてひどい目にあわされたんだ。後悔も不満も、未練もなかった。


「それじゃ、あたしは晴れてクビになりま~す。雨女だけどね。元王女ジュネ、お世話になりましたぁ~~~」あたしはめちゃくちゃ軽いノリで手を振り、門の敷居をまたいだ。


 おっといけない、忘れるところだった。国じゅうに注いでおいた魔法力を取り戻しておかないと。何せこの国は、もうあたしの魔法は要らないって言ったわけだからね。


 空に手をかざして、青い色をしている魔法力を最後のひとしずくまで回収しきったちょうどその時、厚い雲が割れて太陽が顔を出した。


 拍手と喝采が聞こえる。魔女を追い出したことで、アクテアが救われた! とか思っているんだろう。まあいいんじゃない? あたしの魔法でギリギリ支えられていたアクテアは、このあともっと大変なことになると思うけどね。


 お役御免。国を放逐された雨女の元・お姫さま、ここに爆誕!


「みんなバイバイ! これで毎日雨に濡れなくてすむんじゃない!? お達者で~~~」パタパタ手を振りながら歩き出したあたしの後ろで、ズシンと門が閉まる音がした。




 ***




 あたしはアクテア領土を出て、砂漠のど真ん中にあるオアシスにきていた。


 ここは、隣国である砂の国サラハとの間にある唯一のオアシスで、小さいながら交易も行われている。ここならあたしが超絶雨女だったとしても誰も困らない。砂漠にとって雨は天からの恵みだからね。


 しかし、おなか減ったなあ。水は自分で作れるから飲み物には困らないけど、水じゃおなかはふくれないからねえ。路銀はとぼしいし、ご飯をくれそうな顔なじみとかいるといいんだけど。


 そんなことを考えていたら、ほんとうに顔なじみがいた。


「おまえ、もしかしてジュネじゃないか?」って、あたしに声をかけたのは、砂の国、サラハの第一王子、レオだった。各国の王族が集まる晩さん会で何度も話したことがあった。


「おー、レオさまじゃないですか。おひさし」


「ああ、おひさしぶり。……じゃなくて、王女のおまえがこんなところで何やってんだ?」


「あたし、もう王女じゃないよ。クビになったから。追放されちゃったの」


「王女にクビってあるのか?」


「そういうあなただって、サラハの第一王子サマじゃないの。砂漠のど真ん中で、視察かなにか?」


「俺も、もう王子じゃないんだ、昨日クビになってな。追い出されたんだよ」


「王子にクビってあるの?」


 あたしたちは似たようなボケとツッコミをしあって、積もる話と愚痴を吐き出すために、酒場に入ることにした。




 あたしは何杯目かのビールをあおりながら、レオの愚痴を聞いた。


 彼は太陽の力の使い手だった。国が栄えるように尽力していたけど、いろんな仕事や雑用まで押し付けられまくって余裕がなくなり、国が枯れて『最強晴男グレイテストヒート』って呼ばれて忌み嫌われるようになったそうだ。そんでもって、国の衰退の責任を取らさせる形で追い出されたんだって。


 どっかで聞いた話だ。まれによくあるのかな~、こういうの。


「お互い、理不尽の被害者だよなぁ。ゲぶ」「ホントよねー、げふ~~~」って愚痴りあいながら、レオとあたしはジョッキのビールを飲み干した。


 王宮にいたときは絶対できなかったけれど、あたしとレオはすでに国を追われた一般市民だ。しこたまビールを飲んで行儀の悪いゲップをしても、誰も咎める人はいない。


 『おねーさーん、ビール追加で―。あとエダマメもー』と注文を出してから、なおも愚痴は続く。


「ほんと、あのクソおやじ、ひどいもんだよ。くっだらねえこと押し付けて来るから魔法を使う暇が無くなったのに、ぜんぶあたしのせいにしてさ。『ジュネがいるから作物が腐る』とか、『洪水で家が流されたのはお前のせいだ』とかみんな言い出すのを止めもしないでさあ! そうならないためにあたし、がんばってきたのにさぁ! これひどくなあい?」


「わかるよ~わかるよ~ジュネ。俺も同じだ、余計なことば~っかりさせられて、国やみんなのことに手が回らなくなったんだ。しかも俺のところはジュネよりタチが悪い」


「どーゆーことよぉ?」


「俺は第一王子だからさ、俺を引きずり下ろしたい連中が山ほどいたわけよ。王族の神器を、俺がいない間に持ち出してやらかしたバカがいてな。国じゅうが()けちまった。だってのに『レオがいるから雨が降らない』とか『作物が育たないのは第一王子のせいだ』とか叩かれまくって、放り出されたのさ。幸い、神器はかっぱらってきたから、もう国には未練はないけど」


「神器って、その金ピカのハニワみたいなやつ? ヘンテコだけど、なんか愛嬌あるね。あたしが引導を渡してやったクソおやじの変顔には負けるけど」


「そんなに笑える顔だったのかよ、見てみたかったなぁ」


「しっかし、レオもたいへんだったにぇ。それはとにかく、聞いてよ。クビになる前のあたしのあだ名、知ってる? 『超絶雨女アルティメットレイン』だよ? ダサいったらありゃしない。東の国ではこういう名前つけるやつのこと、チューニビョーって言うらしいよ」


「俺もだよ。『最強晴男グレイテストヒート』なんて、まるで俺が太陽を呼び寄せてるみたいに。逆だっつーの。サラハのギラギラ太陽をかろうじてイイ感じにしてたのは俺なーの」


「ほんと、ひどい話だよね。あたしたち、がんばってきたのにねぇ」


「そうだよな。でも、こうして話せる相手がいてよかったよ、ジュネ」


「うん、あたしもだよ、レオ。ねえ、もう今日は飲めるだけ飲んじゃおうよ」


「そうだな、閉店までいさせてもらうか」


「あんたのおごりね。あたし、お金ないから」


「おまえ、金も持たせてもらえなかったのかよ……。いいよ、俺は幸い、まとまった金をくすねてきたからな。酒代くらいだしてやるよ」


「ハニワといいお金といい、あんた手癖悪いねー」


 お酒をあおり散らかして愚痴り散らかして、その夜は更けていった。




 それからしばらく、あたしたちはオアシスで愚痴り合いながら生活する、奇妙な日々を過ごした。


 いままで食べたことのない料理を楽しんだり、見たことのない景色を一緒に見たりして、少しずつお互いのことを知っていった。住民のみんなともすぐに打ち解けられた。


 オアシスの市場は小さかったけど、行商人が持ってきた色とりどりの果物や香辛料が並び、異国情緒あふれる料理がたくさんあった。


 スパイスの効いた肉料理や、甘くてジューシーな果物、香ばしいパン。見るもの食べるもの、すべてが新鮮だった。


 毎日が新しい体験の連続だった。レオとも、最初は少しぎこちなかったけど、だんだんと距離が縮まって、今は手をつないだり肩を寄せたりするようになった。


 一方で、あたしたちはこのオアシスの窮状を知ることになった。


 一番の問題は、やっぱり自然環境だ。昼間は太陽に()かれ、砂嵐に襲われ、夜は寒さに震える毎日。作物はなかなか育たないから、遠くの国から運んでくるか、行商人の交易品に頼るしかない。


 もうひとつの問題は、このオアシスと周辺の土地がどこの国の領土でもないことだ。砂と岩しかなくて、利益にならないからどこの国も欲しがらない、どこの国でもない、誰も守ってくれない、棄てられた砂漠。


 みんなのために、なにかしたい。こんな状況、黙って見過ごせないよ。


 そのとき、あたしの頭にひとつの案が浮かんだ。




 ***




「あたし、国とか領地とか政治とかは、よくわかんないけどさぁ」


「王女だったのにわからねえのかよ……」


「砂漠の環境問題は、あたしたちでなんとかできると思うんだ」


「……? ……! そういうことか」


「ご明察みたいね。あたしは超絶雨女(アルティメットレイン)、レオは最強晴男(グレイテストヒート)。ふたりの力を合わせたら?」


「たぶんなんかイイ感じになるってことだな」


「あんた語彙力なさすぎだけど、まあそのとおり。確証はないけど、やってみる価値はあると思う。協力してほしいんだ」


「賛成だ、ジュネ。やってみようぜ」


 というわけで、あたしとレオはこの砂漠に自分たちの力――あたしの魔法力と、レオの神器の力を重ね掛けしてみることにした。


 いきなり大規模にやって失敗するのもまずいので、範囲をこのオアシス周辺に絞る。


「せーのっ」


 あたしは右手を挙げて、レオはハニワを掲げ、同時に力を解き放った。


 ドン、とわずかに地面が振動する。


 砂漠が水色と金色の光に包まれ、空に虹色の泡がポワポワ浮いているのが見える。レオに聞いたら、同じような景色が見えていることが分かった。たぶん、成功だ。


 効果はすぐに現れた。骨まで焼けそうな日差しはだんだんと穏やかになっていき、肺が枯れてしまうんじゃないかってくらい乾燥した風は、徐々に潤っていった。


 夜はさらさらと静かに雨が降った。砂漠の夜は冷え込むのが常だけど、その日はほのかにあたたかく、しっとりした風が吹いて、とても過ごしやすかった。


 朝になると雨がやみ、また優しい太陽が顔を出した。いままでずっとカラカラだった地面はしっとりと湿り気を帯びて、オアシスからはこんこんときれいな水が湧くようになった。


 それは一日で終わらず、次の日も、そのまた次の日も続いた。オアシスはどんどん大きくなり、土壌は豊かになり、木や花がぐんぐん育ち、作物もたっぷりとれるようになった。


 オアシスは砂漠の中のちっぽけな水たまりから、豊かな土地のシンボルになった。




 あたしたちの目論見は成功した。超絶雨女と最強晴男の力が合わさって、最高の土地を作り上げたのだ。




「やったね」「やったな」あたしとレオはこぶしを突き合わせて、微笑みあった。




 ***




 後日、酒場でお祝いのパーティーが開かれた。といっても、いつもよりたくさんの料理とお酒を、いつもよりたくさんの人たちで飲み食いするだけなんだけどね。『砂漠の救世主』――つまりあたしとレオへの感謝の宴なんだって。


「感謝してるのは正直俺たちのほうなんだけどなあ」「ホントだよねえ~」


 もう何杯目かわからないビールを飲みながら、レオとあたしはつぶやいた。国を放り出されたどこの誰ともわからないボンボンを受け入れてくれたみんなこそ、あたしたちの救世主だよ。


 どんちゃん騒ぎの中、みんな次から次へとあたしたちのジョッキにお酒を注ぎに来てくれる。それをグビグビと飲み干していると、なんであんたたちはこんなことができるんだ? って質問された。




「あーそれは、あたしがアクテアの元王女で魔法使いだからですよ」


「えーそれは、俺がサラハの元王子で神器使いだからですね」




 シーンと静まり返るみんな。


 ――あれ? これ言ってなかったっけ?


 次の瞬間、みんなが一斉にひざまずいてこうべを垂れる。大変なご無礼を! 申し訳ありません! 命だけはお助けを! だのなんだの言ってガタガタ震えてる。


「やめてください、やめてください! あたしたちは元王族なだけで、今は国を追い出された、ただのクソガキですから!」


 追い出された、ってところに興味を持った人が数人いたみたいで、その人たちが顔を上げてくれた。それにつられてみんなも立ち上がってくれる。


 あたしとレオは身の上と、能力のことと、追い出された理由を話した。みんなは驚いて、同情して、涙してくれた。


「……というわけで、みなさんのご好意であたしたちはなんとか生きていけてるんです」


「感謝してるのはむしろ俺たちのほうですよ、なにしろふたりとも、世間知らずのガキンチョですから」


 あたしたちの話がおわると、ようやくみんな落ち着いて、雰囲気が和らいで、テーブルに戻って、村長さんがあたしとレオの前に来て、あたしたちふたりに結婚してここに国をつくってほしいと言ってきた。




 ――ん? なんかすごい話になったぞ?




「あたしがレオと?」「俺がジュネと?」


「「結婚して国をつくる?」」




 いきなりの提案を受けて、あたしはびっくり――しなかった。


 理由は単純で、王族にとって結婚は身近な話だからだ。


 とくに女は、政略結婚の道具としてほかの国に嫁がされるのが常だ。あたしがそうならなかったのは、嫁としてより魔法使いとしての価値が勝っていたから、というだけのこと。


 魔法力が無かったら、あのボンクラおやじはどっかの国との友好度を上げるためのアイテムとして、お姉さまたちと同じようにあたしを使い捨てにしただろう。


 レオだって、立場が反対なだけで、あたしと同じようになったはずだ。国の利益や政略のために国王や大臣たちがお膳立てした、その日初めて会った女とその夜に結婚式をあげさせられるだけだ。


 そんなのと比較するまでもないけど――レオと結婚して、このオアシスと周囲を美しい国にして、あたしたちを好いてくれるみんなを国民として迎え入れる。うん、最高じゃんね。




「いい話だね? あたし、レオのこと好きだし」


「俺もジュネのこと好きだし、いい話だな?」




「「じゃあ、結婚しよ」」あたしとレオはお酒臭いキスをして、結婚した。




 みんなは一秒間、しんと静まり返った後、店がぶっ壊れるんじゃないかってくらいの大喝采を挙げた。


 ここに、最強晴男の王(グレイテストヒート)超絶雨女の妃(アルティメットレイン)がおさめる新しい国――オアシスの国が建国された。




 ***




 建国の儀式とか細かいことはやらなかった。でも、みんながどうしてもって言うから、ささやかな結婚式を挙げることになった。


 村人改め国民のみんなが会場を準備してくれて、滞在していた行商人さんたちが、交易品の宝石で指輪をつくってくれた。


 子どもたちは、テントの端切れや自分のハンカチとかを使って、あたしにドレスをつくってくれた。ゴワゴワでガサガサしていて、色気のかけらもない――最高のドレスだ。


 司会は村長さん改め首席大臣さんがつとめてくれた。祝詞が読まれ、指輪を交換し、今度はお酒臭くないキスをした。


 嬉しかった。あたし、いつの間にかみんなのことも、レオのことも、大好きになっていたんだなあ。


「レオ、あたしたち幸せだね」「だな。次はこの幸せを、もっともっと広げよう」


 そう、あたしたちはここで物語を終わりにして、末永く幸せに暮らしました、めでたしめでたしとはいかないのである。


 晴男の王と、雨女の妃には、この国をもっと大きく過ごしやすく、幸せな環境に作り替える義務(つとめ)があるのだ。なにしろ現在の領地は、オアシスから見える範囲ぐらいしかないんだから。


 あたしはレオと話し合って、どれくらいの領地をつくるかあれこれ考えた。


 大臣さんたちにも意見を聞いてあーだこーだあれこれどれそれ。


 その結果、考えるのがめんどくさくなったので砂漠をぜんぶ領地としていただくことにした。


 この砂漠は誰も持ち主のいない、棄てられた砂漠だ。どこの国の領土でもない。ちょろまかしても誰も文句を言う権利はない。


 前にやった魔法と神器の重ね掛けを、もっともっと大規模に、砂漠全体に行うことにする。『超絶雨女(アルティメットレイン)』と『最強晴男(グレイテストヒート)』の真の力、見せてやろうじゃないの。


 手始めに、あたしの魔法力で各国と接するところに川を巡らせて国境代わりにした。その中はぜんぶオアシスの国としてもらい受ける。ちょっとした島国のようにするってわけだ。


 そのあと、オアシスの国の中に、あたしの魔法力と、レオの神器の力を放出する。このあいだとは違う、全力でだ。


 あたしは両手を広げて、魔法力を集中させた。青く巨大な水の珠があたしの前に出現する。レオも金ピカハニワくんを空に掲げた。レオの頭上に、金色に輝く小さな太陽が現れた。


「「せーのっ!!!」」


 あたしの水の珠とレオの太陽が重なって混ざり合った瞬間、虹色の光が広がっていった。地平線の遥か彼方、砂漠の果てまで、あたしたちの、オアシスの国じゅうに。


「……うまくいったかな?」


「うまくいったさ。ジュネと俺がやったんだから」


 ものすごい範囲に魔法を使ったから、この間みたいにすぐ効果が出るかはわからない。何日かしたら、行商人さんたちにも手伝ってもらって偵察をしよう。


 ――でも、その必要はなかった。




「レオ、レオ、起きて!」


「あと五分……」


「王様だからって王道の寝言をほざいてるんじゃない! ほらっ!」


 あたしはレオをベッドからたたき出して外に出た。


「これは……」


 あたり一面が、カラカラの砂からふさふさの草原に変わっていた。ところどころに幼木が生え、小さな花が咲いている。鳥の鳴き声が聞こえ、草の中を動物が跳ね回っている。


 行商人さんのラクダに乗せてもらって、オアシスから離れたところも確認に行った。まっ平だった砂漠には、大小さまざまな地形ができていて、小さな川や滝、あたしたちのとは違うオアシスもできていた。


 しっとりとしたやわらかい風、潤った大地。穏やかな太陽。日が落ちると優しく降る、きれいな雨。




 ――できた。




「レオ、やった! あたしたち、やったよ!」思わずレオの首元に抱き着く。レオもニコニコしてあたしを抱きしめてくれる。


 あたしたちは目を合わせて、笑いあってから、喜びのキスをした。




 忌み嫌われて国を追われたあたしたちの力が、最高の国をつくりあげたんだ。




 ***




 一か月後。オアシスの国は大陸中で話題になり、多くの旅人や冒険者、各国の学者や魔法使い、政治家、王族たちがこぞって訪ねてくるようになった。


 あたしたちは、そういったひとたちの対応、つまり、国を追われるきっかけになった細々としたことを、家臣のみんなに全部引き受けてもらうことにした。


 あたしとレオの力を全力で使ったんだから、この豊かな自然は百年以上持つはずだけど、どこからほころびが起きるかわからない。


 だから、あたしたちは本業、つまり魔法を使うことに集中させてもらうことにしたんだ。前と同じ轍は踏みたくないからね。


 みんなはあたしたちのお願いを快諾してくれた。訪ねてきた人と交流し、政治や外交、魔法の知識を身に着けて、あたしたちを助けてくれた。


 あたしたちふたりは、災害や異常気象で困っている国や土地に積極的に出向いていった。行った先行った先で、魔法力で空と土地を立て直して、数十年分の魔法力を置いて帰る。


 大陸すべての国に魔法力を使うこともできたけど、困っているところに重点的に使ったほうがいいかなあって。


 ――それになにより、アクテアには絶対魔法を使いたくなかったからね!


 レオはサラハの民を許してあげた。神器を使って悪いことをしたのはレオじゃないとわかったからだ。レオは彼らに対し寛大に接して、サラハをオアシスの国の同盟国として迎え入れた。


 でもあたしはレオほど寛大じゃないので、アクテアにはひとかけらの魔法力も送らなかった。


「ジュネ、気持ちはわかるけど、一度はアクテアに戻ったほうがいいと思うぞ」


「イヤ。悪いのはあっちなのに、なんであたしが先に行かなきゃいけないの?」


「アクテアの人たち全員がジュネを嫌っていたわけじゃないだろう。それに、ジュネが生まれ故郷を憎み続けて暮らすのを、俺は見たくない」


「……」


「ジュネがいなくなってからのアクテアは前よりひどいことになっているそうだ。まずは自分の目で確認したほうがいい。親父さんには……無理にとは言わないけど、会ってケジメをつけておいたほうがいいと思う」


 レオの言うとおりだ。


「わかった。その代わり、レオもついてきて。そんでもって、もしあのクソおやじがなんかしてきたら、あたしを守ってよ」


「もちろん、そうするつもりだったよ。ジュネは俺の女だからな」


「キザだなあ。……ありがと」




 一年ぶりくらいだろうか、アクテア領に入るのは。


 そのありさまは悲惨なものだった。カラカラに乾いた地面と、ドロドロに腐った泥。水と緑の国だったアクテアはもうどこにもない。あのクソ親父、本当に何にもしてないのかよ。


「……レオ」


「わかってるよ、ハニワも持ってきたからな」


 あたしたちは王都への道すがら、あらゆるところに魔法力を放っていった。当面はこれでしのいで、あとのことは国に帰ってから考えよう。


 見えてきた。忘れもしない、あたしを放り出した城門。


 その城門が、ゆっくりと開く。


 開いた先には、整然と並ぶ大勢の兵士と音楽隊。それに、国じゅうから集まってきたであろう大勢の民衆の姿があった。


 大歓声の中を馬車で進みながら、あたしは複雑な感情に包まれていた。


「ジュネ。みんな手のひら返ししやがって、とか考えてるんだろう?」


「……そうだよ。だってあたし、ずっとがんばってきたのに、この人たちはあたしを信じてくれずに追い出したんだよ」


「でも見ろよ、ほら」


「? ……あっ」


 窓の外を見ると、そこには一生懸命描いてくれたに違いない、あたしたちの似顔絵を持って喜んでいる子どもたちの姿があった。


「……レオ」


「なんだい?」


「あたしの背中を押してくれて、ありがと」


「どういたしまして」




 ――できればそのまま歓迎と喜びの余韻に浸っていたかったんだけど。


 王宮に入ったとたん、あたしが世界で一番嫌っている奴が、まっさきにあたしに寄ってきた。


「おお、ジュネ、ジュネよ! 待っておったぞ!」


「……息災でなによりです、お・と・う・さ・ま?」


「立派になって帰ってきてくれたものだ! これでアクテアは救われる!」


 ――何言ってんだコイツは?


「お父さま、いいえ、アクテア王。あたしはもうあなたの道具(むすめ)ではありません。こちらの、オアシスの国をおさめるレオ国王の妃です」


 あたしはボンクラおやじを生ゴミをみるような目でにらみつけてやった。


「なにを言っておるジュネ? わしはお前の父親、ジュネはわしの娘。娘は父に尽くすものじゃろう? この絆は永遠に――」


「いいえ、そんな絆はもう終わっていますよ、アクテア王」


 レオが私の前に立って、背中にあたしをかばってくれた。


「ジュネはもうあなたの娘ではない。私の妃だ。ここに来たのは、あなたが改心し国のために尽くしているか、ジュネへの愛を取り戻しているか確認するため。ですが……無駄足でしたね。あなたは()()()()()救いようのない愚か者だ」


「……! この若造が、なにさまのつもりだ!」


 ボンクラがレオにこぶしを突き出す。でも、そのこぶしはすぐに動かなくなった。


 あたしが魔法力でつくった水のムチが、腕をぐるぐる巻きにしたからだ。


 そのまま、無造作に床に放り出してやる。


「あんたの汚い手でレオに触るな、このクソ親父!」


「……貴様らぁぁぁぁぁ!」


 クソ親父が近くにいた兵士から剣を奪って、あたしたちに向かって突撃してきた。




 ヒュッ。




 小さく風を切るような音がしたと思ったら、剣が天井に突き刺さっていた。


「へ?」間抜けな顔で間抜けな声を出したボンクラののどに、レオの手からまっすぐ伸びる、光り輝く剣が突き付けられていた。


「……アクテア王。他国の元首に刃を向ける狼藉、もう見過ごせませんよ。しかもあなたは今、ジュネを狙った。……おい、俺の女に何してくれてるんだ?」


 レオの剣幕に、ボンクラは泡を吹いてそのまま失神してしまった。


「アクテア兵に告げる! アクテア王……いや、この男は私の妃に刃を向けた大罪人だ! 速やかに捕らえて牢に送れ! もし不服なら私にかかってくるがよい! この『太陽の剣』の力、とくと見せてやる!」


 光り輝く剣を掲げ声を上げるレオに逆らうものはなく、何人かの兵はクソ親父をどこかに引っ張っていき、その他の兵は全員膝をついてこうべを垂れた。


「――ジュネ、もうだいじょうぶだ」


「レオ……あなた、ハニワがなくても魔法が使えるの?」


「いくつかはね。とくに。この『太陽の剣』は、魔法力を剣の形にするだけの単純な魔法だからな」


「じゃあ、なんであんなヘンテコなハニワを持ち歩いてたの?」


「むずかしい魔法はあいつがいないと使えないし、それに」


「それに?」


「愛嬌があってかわいいだろ、ヘンテコハニワ」


「……あはは! たしかにね! ……でもさーあ、レオ? 今日、気づいちゃったんじゃない?」


「あぁ。たしかにあのおやっさんの顔のほうが、百万倍ヘンテコだったな!」


 兵や家臣が戸惑う中、あたしとレオは肩をバンバンたたき合って笑った。




 ***




 その後、ボンクラおやじはあたしと同じように放逐されたそうだ。そのあとのことなんか知ったこっちゃないが、どこかでしぶとく生きているだろう。オアシスの国には、絶対に入国させないが。


 アクテアは今、嫁ぎ先から戻ってきたあたしのお姉さまたちがおさめている。あたしたちは再会を喜び、すぐに国交を樹立した。いまはオアシスの国からアクテアに食料や物資、人を送って、復興に協力している。


 オアシスの国に戻ったあたしとレオは、魔法を使うためにあっちこっちに奔走しながらも、豊かな自然と、優しくおおらかな国民と、理解ある聡明な家臣たちに恵まれて、幸せに暮らした。




 ――ある日、家臣から一冊の本をもらった。アクテアにいる子どもが書いてくれた、あたしたちの伝記らしい。表紙の絵に見覚えがある。これはきっと、アクテアであたしの似顔絵を描いてくれていた子の本だ。


 いろんな人に手伝ってもらいながら、がんばってくれたんだろう。つたないけど、一生懸命描いてくれたんだろう挿絵。文字がところどころ間違っているけれど必死につづってくれた文章。あたしとレオは思わず微笑んだ。


「優しい子だね。この子も、彼らみたいに育ってほしいな」


「そうだね」


「あとでゆっくり読ませてもらおう。――しばらく外に出ることはないし」


 ――レオが、あたしのふっくらとしたおなかを撫でながら言う。あたしはその手に自分の手を重ねて、レオと――もうひとりのぬくもりを心地よく感じていた。


「……でもさぁ」


「なんだよ?」


「このタイトルだけは、もうちょっと何とかならなかったのかなあ?」


「いいじゃないか、わかりやすくて。それに、最近の東の国では本にそういうタイトルをつけるのが流行ってるらしいぞ?」




 その本の背表紙には、こう書かれていた。




超絶雨女(アルティメットレイン)の姫と最強晴男(グレイテストヒート)の王子が結婚したら最高の国ができたお話。』




(おしまい)







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