工事現場の出来事から約二十分後。
子供達が黒沢家に戻って来てから約五分程経って……
自室に閉じ籠って居る恵理花以外は、十畳程の温泉旅館の一室に似た客室に居て、葉司は畳に横になっており、北斗は壁に寄り掛かり座っていて、太耀は窓を開け木の冊子に座り外を眺め、薫は座布団の上に座り俯いていた。
「なぁ、アレは何だったと思う」
神妙な顔でそう太耀が三人に尋ねる。
すると葉司は起き上がり、太耀に言い返す。
「知るかよ、そんなもん」
すると薫が顔を上げ、三人に向かって言う。
「恵理花さんの御祖母様なら、何か知ってるかもしれませんよ?」
「どう言う事だよ?」
薫の方を向き、葉司がそう聞き返す。
すると薫は少し間を置いて、説明を始める。
「紫織さん……、すんなり話しを信じ過ぎなんですよ。普通信じます?」
「確かに恵理花の様子や、石橋さんからの説明が有ったとは言え、あんな話し普通は信じないか?……」
太耀は真面目な顔で、薫にそう返した。
遮光器土偶が壊れ、子狗も何時の間にか居なくなって暫くしてから、連絡を受けて工事現場にやって来た紫織は、恵理花と石橋から遮光器土偶が壊れた理由を聞き、それを信じた。
……そう、信じたのだ。
有り得無い出来事をすんなりと。
そして半分パニック状態だった男の子達を、念の為家にまとめて泊める事にした……
葉司が言う。
「それじゃこれから、皆で聞きに行って見るか?」
「話してくれるでしょうか?」
しかし薫の言葉で、再度沈黙が流れた。
そんな中……
「ねぇ、ボク達でアレ探しに行かない?」
不意に北斗がそう提案した。
他三人は驚いて北斗の方を向き、葉司が言い返す。
「マジかよ!」
「じっとしててもしょうがないし、恵理花ちゃんも連れて行こう。気分転換になりそうだし」
北斗の提案に太耀が続ける。
「分かった。僕は行こう」
その言葉に驚いて、葉司は太耀に向かって言う。
「おい、太耀!」
すると太耀は、バカにした様な顔で葉司に言い返す。
「何だ葉司、お前、まさか怖いのか?」
その言葉と同時に、葉司は右腕を水平に振り、反射的に力強く言い返す。
「んんな訳有るか!」
しかし言い終わって葉司は後悔し、太耀はそんな葉司を見てクスクス笑う。
そんな二人を尻目に、北斗は薫に向かって聞く。
「薫君はどうする?」
「……留守番しています。黒沢さんを誘うなら、私は居無い方が良さそうですし」
薫がそう言い終わると、部屋の外から、歳老いた女性の声が聞こえて来る。
「話し合いは終わったみたいだね?」
その言葉と共に……
スゥゥゥゥ
トン
引き戸の移動する音と共に、動いた戸の裏から着物姿の恵理花の祖母、紫織が現われ子供達は驚く。
「「うわぁ!」」
「『うわぁ!』とは何だい。人をオバケみたいに」
少し不機嫌そうにそう言い返した、着物姿の紫織は葉司、北斗、太耀に向かって、持っていた錆びた装飾品を投げ渡す。
「葉司はコレ、北斗はコレ、太耀はコレ」
「おっと!」
「わっ!」
「ちょっと!」
葉司、北斗、太耀は錆びた装飾品を慌ててキャッチし、それを確認する。
するとそれは工事現場で見た、青銅製の装飾品だった。
「紫織ばぁちゃん、コレ……」
葉司が紫織に向かってそう聞くと、紫織は葉司、北斗、太耀に向かって答える。
「一緒に埋まってたんだ、魔寄けぐらいにはなるだろう。持って行きな」
「非現実的」
太耀が呆れた顔でそう呟き、それを聞いた紫織はその言葉に笑顔で言い返す。
「それは良かった。私は文化財を勝手に使うなと、文句言われるかと思ったよ」
自分の言葉で太耀が少しムッとしたのを確認し、紫織は申し訳無さそうに葉司、北斗、太耀に言葉を続ける。
「悪いけど、少し玄関で待っていておくれ。私が恵理花を部屋から追い出してくるからさ。あの子だって、お前達に見られたくない姿は有るだろうしね……」
紫織の話しの真意を察した太耀と北斗は、葉司に顔を向けて言う。
「ほら、行くぞ葉司」
「行くよ葉司君」
二人に同時にそう言われ不思議がる葉司を、太耀と北斗は引っ張りながら玄関に向かった。
「おい引っ張んな!」
そう言いながら、玄関に向かう葉司を見送る紫織に、薫が申し訳なさそうに聞く。
「すみませんが、何かお手伝い出来る事は有りませんか?」
すると紫織は薫の方を向き、少し嬉しそうに言い返す。
「薫だったっけね。女心でも分かるのかい?」
「滅相もない」
首を横に振りながら、そう答えた薫に対して紫織は少し考える。
(てっ事は、私が何に付いて言っているのか理解してるって事か…… もう少しこの子と話してたい所だけど)
「それじゃ、風呂でも磨いて貰おうか。今日は恵理花に家事はさせたくないからね」
紫織がそう言うと、薫は笑顔で返事を返す。
「はい」
その様子に紫織は言葉を溢す。
「似なくて良かったよ……」
すると薫は、紫織の言葉を不思議に思い、紫織に尋ねる事にした。
「何の事ですか?」
(しまった……)
紫織は、自分の不要意な言葉を一瞬後悔したが……
笑顔を作って場を取り繕う。
「ほら。自分から手伝いを言い出したんだ、早く風呂ばにお行き。場所は廊下を右に行って付き当たってから、左の廊下の先だよ」
しかし薫から反応は無い。
仕方なく紫織は少し怖い顔を作り、少し強い口調で言葉を続ける。
「早くお行き!」
驚いた薫は「はい!」と言うと、駆け足で客間を出て行く。
その姿を見送った紫織は、心の中で薫に謝る。
(悪いね。この事はもう少しだけ、秘密にしときたいんだよ……)
そして紫織は客間から出ると、恵理花の事を考え始めた。
(……後は恵理花か。あの様子だと大丈夫だとは思うけど……)
紫織は、恵理花を心配しながら恵理花の部屋の前までやって来ると、目の前のドアを軽くノックする。
コン
コン
コン
「恵理花、入るよ良いかい?」
紫織の言葉に、部屋の中から恵理花が返事を返す。
「どうぞ……」
その言葉に元気は無い。
カチャン
ドアを開け、ドアノブの音と共に紫織が恵理花の部屋に入ると、恵理花はベッドに俯いた状態で座って居た。
その顔は今にも泣き出しそう。
そんな恵理花を見た紫織は、恵理花に向かって心配そうに言う。
「そんな顔で落ち込んでるんじゃないよ。壊れた物は仕方ないし、私は怒って無いって言っただろ」
紫織の言葉に恵理花は首を軽く横に振ってから、紫織に顔を向けて返事を返す。
「それは大丈夫…… 葉司君達が、お祖母ちゃんが来るまで大丈夫って励ましてくれてたし」
恵理花の言葉で、紫織は思う。
(達って事は、たぶん薫を抜いた三人の事か…… ククリが選んだから心配はしていなかったけど、一丁前な事は出来る様になった訳か)
そして紫織は恵理花に尋ねる。
「じゃぁ何に落ち込んでるんだい?」
すると恵理花は再度俯き、少し間を置いてから紫織に聞く。
「ねぇお祖母ちゃん…… 抱き付いて良い?」
「珍しいね。良いさ、おいで」
微笑んでそう紫織が言い返す。
すると恵理花はベッドから立ち上がり、紫織に向かって抱き付いた。
「お祖母ちゃん、怖い……」
顔を伏せたままそう呟いた恵理花に、紫織は優しく尋ねる。
「何がだい?」
「分かんない。でもアレを見てから、ずっと不安で怖い……」
恵理花の言葉に紫織は思う。
(恐怖じゃ無く不安て事は、アラハバキの力の所為か…… それなら丁度良い)
「ねぇ恵理花、少し目を閉じていておくれ。不安に勝つ呪文を教えてあげるよ」
そう言って微笑む紫織に、恵理花は少し恥ずかしそうに言い返す。
「お祖母ちゃん、私もうそんな歳じゃ……」
「良いから言う事を聞いとくれ。ほら、私の為だと思って」
紫織に笑顔でそう言い返され、恵理花は仕方なく瞼を閉じた。
すると紫織は、袖に仕舞っていた化粧箱を取り出し、化粧箱の中から、白い勾玉の付いたペンダントを取り出す。
「もう少し待っておいで」
更にそう言いながら、化粧箱をベッドの上に置いた紫織は、ペンダントの後ろ部文の留め具を外し、恵理花の首にそっと掛ける。
チェーンの感触を首に感じた恵理花は、瞼を閉じたまま紫織に尋ねる。
「ペンダントか何か?」
「まだだよ恵理花。これから秘密の呪文を唱えるからね」
言い返した紫織は、ペンダントの白い勾玉に向かい、心の中で願う。
(スセリ、少し力を借しとくれ……)
「オーリゴー、アニムス、アエテルヌス、プラエタリタ、レディーレ」
紫織が呪文を唱えると、その影響で恵理花が一瞬光る。
そして光が収まると、紫織は恵理花に教える。
「恵理花、目を開けてごらん。気分はどうだい?」
言われて恵理花はゆっくり瞼を上げ、紫織に答える。
「大丈夫、落ち付いた」
「それは良かったよ」
紫織が笑顔でそう言うと、恵理花は自分の首に掛かったペンダントに目を向けた。
すると遮光器土偶が身に付けていた、白い勾玉が取り付けられている事に気付き、驚く。
「お祖母ちゃん、コレ!」
「恵理花にやるよ。一緒に埋まってたんだから、魔除けぐらいには成るだろう。玄関にあの子達を待たせて有るんだ、お前達が見たアレを探しに行くって言ってたから、お前も一緒に行って来な」
紫織の言葉に、恵理花が少し考えて居ると、紫織は言葉を続ける。
「あの子等に励まして貰ったんなら、元気な姿を見せてやるのが筋ってもんだよ。それにアレ自体が怖い訳じゃないんだろ。それともお前は、家に籠って私に心配させる聞かい?」
その言葉に首を横に振り、恵理花は笑顔で言い返す。
「分かった。それと素敵なプレゼントありがとう、お祖母ちゃん」
「どういたしまして。風呂の掃除は薫が代わってくれたから、後でお礼を言いな。それと同じく埋まっていた物を、あの子達にも持たせて有るよ」
紫織がそう現状を説明すると、恵理花は紫織に笑顔を向けて言う。
「それじゃ遊びに行って来るね」
元気いっぱいに。
「行っておいで。良い女でも、男を待たせるには限度が有るからね」
笑顔でそう言葉を返した紫織は、恵理花が部屋を出て行くのを見送りながら、死んだ友人に向かって心の中で言う。
(国の為とは言え。私達が人様の子や孫を巻き込んで、本当に良かったのかねぇ…… ねぇ円)
★★★★
【同時刻 境群市 上空】
工事現場から姿を消した、ラメを含んだ様な黒き球体は、大気圏にやって来る妖艶な女性の姿に変わり、高笑いを始める。
「フフフフ、フッフッフッ、フハハハハハハハ」
高笑いをを止めたソレは、地上を軽く見下ろして言う。
「地に輝くの星も美しい、コレぞ懐かしき現世よ」
そして、背後の離れた位置に居る女性に意識を向け、妖艶な笑みを湛えながら、その女性に語り掛ける。
「……お前は祝ってくれるか、太陽神?」
「祝えると思いますか? 天津星神」
太陽神は強くそう言い返し、それと同時に、天津星神は太陽神の方を向く。
そして太陽神に尋ねる。
「お前は変わらんな…… いや、私達は変われんか」
「貴女と問答するつもりはありません」
太陽神は言い返すと、天津星神はクスクス笑いながら思う。
(確かに、スサノオの心配した通りか……)
左手を差し出し、天津星神は太陽神に聞く。
「お前の望みは何だ?」
「その答えは決まっています……――」
その言葉と同時に、太陽神の装いが変わる。
左手に輝く弓。
右手に白銅の剣。
首に白い勾玉が3つと、黒い勾玉が1つ付いた首飾りをし。
龍の麟で出来た革鎧を身に付け。
背中に大きな烏の翼が生えた。
「そこに座すのは、私達姉弟の使命。退かぬと言うのなら、今度は私自ら、貴女を常世に封印してあげましょう」
天津星神に白銅の剣を向け、そう啖呵を切った太陽神だが、内心は悩んでいた。
(そう、御父様に任せられたのだから……――)
そんな太陽神に、天津星神は笑顔で言い返す。
「それがお前の本心か、太陽神アマテラス」
同時に、天津星神の装いが、アマテラスと同じ物に変わった為、アマテラスはその場から一歩退く。
その様子を確認した天津星神は、白銅の剣をアマテラスに向け、妖しく尋ねる。
「何を驚いている? 我が名は天津星神、夢と業の女神アラハバキ。私の姿を見て退いたと言う事は、貴様は私に、自らの負ける理由を欲っしているのだ」