「葉司君に悪い事したかな?」
薫と共に歩いている北斗がそう口走ると、その言葉を聞いて薫が言い返す。
「確かに。三人分はキツそうですが、葉司君なら大丈夫では?」
北斗は太耀の提案した賭けで恵理花に負け、恵理花のランドセルを代わりに持って帰る約束に成っていた。
しかし北斗は学校から直接、薫の父親が経営する開店前のラーメン屋に向かい、昼食を取る事になったので、恵理花のランドセルを持って行く役と、北斗のランドセルを葉司が引き受けてくれたのだ。
因みに今二人は、昼食を終え、薫の新しい家に移動中で有る。
「そう言えば、何で新しい家の事教えてくれなかったのさ」
不思議そうにそう聞いた北斗に、薫は少し恥ずかしそうに答える。
「いやぁ…… 仲良く成ったとは言え、言うの少し恥ずかしくてですね」
そんな二人が薫の新しい家の目の前に着くと、北斗が薫の家を見て言う。
「良いな新しい家」
「建前が出来なかったのが残念ですが」
薫がそう続けたので、北斗はクスクス笑って言葉を続ける。
「人前で、お菓子や五円玉拾うのは恥ずかしいけどね」
北斗がそう言った後、二人は薫の家にドアを開けて入る。
そして靴を脱ぎ、玄関に上がった。
「北斗君。ちょっと家の中を見て周って待っててもらえますか?」
薫の言葉に、北斗は『うん』と言って頷く。
すると薫 は、二階の自分の部屋に向かって行った。
北斗が家の中を少し探索した後、リビングのソファーに座って薫を待っていると、薫が一冊の手帳を持って戻って来る。
「お待たせしました。ちょっとコレを見て下さい」
そう言って、薫 が北斗の目の前のテーブルに広げた手帳には、こんな事が書かれている。
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はるか昔、太陽神に従わなかった星の神が、何処かへ封印されたらしい
その神の名は天津星神
天津星神は境群市と言う地方に封印されているらしいので、其処に移り住もうと思う
まつろわぬ民の神と言う事だが、いったいどんな神で有ったか興味は尽きん
はたまたSFの様な宇宙人で有ったなら、それはそれでロマンが有る
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所々、薫が書いたルビが振って有った。
北斗は少し考える。
(つまり……)
「怖いから、この天津星神って神様を、ボクに一緒に探して欲しいって事?」
そう言う北斗に、薫は恥ずかしそうに反論を返す。
「怖い訳では……」
薫のその様子を面白く感じた北斗は、悪いと思いつつ、からかう事にした。
「それじゃ、ボク帰るね?」
言って立ち上がった北斗に、薫は慌てて自分の言葉を否定する。
「待って下さい! 怖いです、怖いですから」
「冗談だから、そんなに慌てなくていいよ」
笑顔で北斗がそう言い返したので、薫は胸を撫で降ろした。
「でも……、ボクそんな神様知らないよ?」
少し間を開けてそう言った北斗に、薫は笑顔で言う。
「それは折込み済みです。図書館の郷土資料にも載ってませんでしたし」
「だったら何でボクに聞くのさ、人に聞く人海戦術だったら協力しないよ」
嫌そうな顔をした北斗に薫は言う。
「そうでは有りません。昔の伝承に詳しい方を知りませんか?」
(そう言われてもなぁ…… …… ……)
薫の言葉に、北斗が困っていると……
ピーン ポーン
家のチャイムが鳴り、北斗の思考を遮った。
そしてインターホンから、聞き覚えの有る男の子の声が聞こえて来る。
「ち~す。三河屋で~す」
更に聞き覚えの有る男の子の声が続く。
「おい。一応仕事の手伝いなんだから、真面目にやれ」
その声を聞き北斗と薫は、少し慌てて玄関に向かいドアを開ける。
すると其所には、箱入りの一升瓶を抱えた葉司、その隣りに太耀の姿も在った。
「薫、 コレ家からの開店祝いだって親父が」
葉司の言葉に、薫は葉司が何で家に来たのかを理解し尋ねる。
「ありがとうございます。でもよく、家の場所分かりましたね?」
「それは最初、店の方訪ねたんだ。家に帰ってから親父に、新しく出来たラーメン屋が薫の家だって説明したら、帳面とこの酒持って、お前ん所のラーメン屋に行く事に成ってさ。で、最終的にこの酒をこの家に届けて来れって、お前の親父さんが場所教えてくれたんだよ」
「で、父に何か用事だったんですか?」
「たぶん安くするから、家でまとめて酒買ってくれって相談だろ。まったく、子供出汁に使うなっての」
葉司がほんのちょっと不機嫌に成ったので、薫は葉司をなだめる様に行う。
「仕事ですし、大目に見てあげて下さい」
「分かってるけどさぁ……」
恥ずかしそうにそう言い返した葉司を尻目に、今度は北斗が太耀に聞く。
「太耀君はどうして此処に?」
すると太耀は、少し恥ずかしそうに北斗に答える。
「偶然葉司に会って、今日は午後から暇だったからな……」
そんな太耀に葉司は笑顔で言う。
「よく言うぜ。学校での話しが気になって、無理やり付いて来たくせに」
「葉司!」
恥ずかしくて太耀がそう怒ると、薫が葉司に教える。
「ケンカするならそのお酒、私に借して下さい。割れたらどうするんです?」
「わりぃ。でも渡す時に落とすと悪いし、オレがキッチンまで持ってくわ」
悪びれて葉司がそう答えると、北斗が靴を履いて玄関の外に出、代わりに葉司が玄関に入る。
無造作に靴を脱ぎ葉司は家に上がると、薫の案内でキッチンに向かった。
残された太耀が、北斗に聞く。
「北斗、薫の話し何だったんだ?」
「だったら、この町の伝承に詳しい人に心当たりない?」
質問に質問で返された太耀は、少し考えてから北斗に言葉を返す。
「紫織さんはどうだ? 確かあの人、この地域の事は仕事で前に、一通り調べたって言ってた気がするけど」
「それじゃ決まりだ。これから恵理花ちゃん家に行くけど、太耀君も来る?」
聞いた北斗に、太耀は嬉しそうに言い返す。
「当然」
その言葉の直後、キッチンから葉司と薫が戻って来たので、北斗は葉司に聞く。
「葉司君。これから恵理花ちゃんの家に行くんだけど、一緒に来る?」
「何しに行くんだ?」
聞き返した葉司に、北斗は答える。
「紫織さんに、昔の伝承を聞きにだよ」
★★★
「石橋社長。ちょっと……」
部下の役所にそう呼び出され、石橋は役所と共にプレハブ小屋から出ると、パワーショベルの所に向かった。
其所にはパワーショベルで堀り起こされた空間と、堀り出した土に埋もれた、白い勾玉を身に付けた遮光器土偶。
そして同じく堀り出した土に埋もれた、錆びた三つの青銅製の装飾品。
遮光器土偶と三つの装飾品を見た石橋は、頭を抱えて悩んでいる。
(うわぁ、面倒臭い物が……)
石橋の会社は、この土地の所有者で有る紫織から、林地を更地にする様頼まれていた。
そして紫織から、何か出るかもと聞かされていた。
そして、どう考えても文化財的な物が発掘される……
(とにかく紫織さんに連絡か……)
そう考えている石橋に、役所が尋ねる。
「社長、如何しましょうか?」
「私が紫織さんに連絡を入れる。君は堀り出した物を壊さない様、小屋へ移動させてくれ」
それから三十分後。
「すみません。祖母の紫織の使いで、訪ねて来たんですけど?」
そう言った恵理花の他に、葉司、北斗、太耀、薫が工事現場に到着した。
天津星神の事を紫織から聞く為、黒沢家に向かった北斗、薫、葉司、太耀の四人は、事情を説明したら面白そうと、仲間に加わった恵理花と共に、紫織に天津星神の事を訪ねる。
すると紫織は、天津星神が関係している場所は今工事中で、自分の仕事を手伝えば、その場所に入れる様にしてくれると言った。
と言う事で、天津星神が封印されていると言う工事現場に、紫織の手伝いに恵理花達はやって来たのだ。
恵理花の声に気が付き、役所が子供達に近寄ってくる。
「御待ちしてました恵理花様。それとお友達も」
役所の言葉に葉司が呟く。
「コイツが様って柄かよ」
「何よ、文句有るの」
ケンカ腰にそう言い返した恵理花に、役所が優しく尋ねる。
「恵理花様。今は御祖母様のお手伝いですよ」
「分かってます」
すると恵理花は少しムッとしてそう答え、役所はそれを確認した後、葉司に向かって真剣な顔で注意をする。
「其所の君も、女の子に向かってああ言うからかい方は、男としてどうかと思うぞ」
すると、言われた葉司は恥ずかしそうに恵理花に謝る。
「……悪い、恵理花」
葉司が謝った事を確認した役所は、子供達に向かって言う。
「では、石橋社長の元に御連れします。皆さん、私に付いて来て下さい」
笑顔でそう言った役所に子供達が付いて行くと、石橋の居るプレハブ小屋に案内された。
小屋の床に引かれたブルーシートの上に、土を払われた白い勾玉を身に付けた遮光器土偶と、錆びた三つの青銅製の装飾品。
子供達が遮光器土偶に驚いていると、石橋が恵理花に挨拶をする。
「御足労掛けて申し訳有りません、恵理花様」
その言葉で恵理花は石橋に視線を向け、返事を返す。
「いえ。こちらこそ御忙しいのに、御邪魔をして申し訳ありません」
「それは構いません。紫織様から話しは伺ってますし、此方としても恵理花様が来て頂いて助かりました」
石橋がそう言い終わると、恵理花は少し不思議そうに聞き返す。
「どう言う事ですか?」
すると今度は、石橋が少し不思議そうに聞き返す。
「御祖母様から聞いていませんか? 其所に有る堀り出した物を、御自宅に御持ち帰り頂きたいのです」
その言葉に驚いたのは太耀と薫。
二人は石橋に向かって言う。
「ちょっと待って下さい。そんな勝手な事したら……」
「そうですよ。もしバレたら……」
しかし石橋は笑顔で二人に言い返す。
「御上には、後できちんと報告しますので問題有りません。それにコレは紫織様からの提案です。私達で文化財の管理は出来ませんからね」
「それでは、遮光器土偶等を家に持ち帰れば良いんですね」
恵理花がそう石橋に聞くと、石橋は笑顔で返事をする。
「はい、宜しく御願い致します。私共で御自宅に御届けしても良かったんですが、紫織様が子供達に運ばせる様にと」
「分かりました。発掘品は、私達が御預かり致します」
真剣な顔でそう言い返す恵理花に、石橋は言う。
「それでは、中身が分からない様梱包しますので、暫く御待ち下さい」
更に役所に向かって続ける。
「役所君。悪いけど私の車から、遮光器土偶入れる弁当袋持って来てくれるか?」
「分かりました社長」
そう言って役所がプレハブ小屋を離れると、石橋は近くに有った気泡緩衝材で、遮光器土偶を包み始めた。
すると葉司と北斗が、恵理花に向かって話し掛ける。
「おい、恵理花?」
「恵理花ちゃん?」
呼ばれた恵理花は葉司と北斗の方を向くと、二人に向かって聞く。
「何、二人共」
その言葉に始めに返事を返したのは葉司。
「遮光器土偶、重そうだしオレが持って行ってやろうかと思って」
「ボクも……」
北斗もそう続けて言った。
そして今度は、葉司に向けて言葉を続ける。
「葉司君、学校終わってからずっと重い物持ってるし、疲れて落とすと悪いからボクがやるよ。付き合わせたのボク達だし」
その言葉に太耀はクッスっと笑い、薫に聞く。
「それじゃぁ錆びてる方は、薫の担当だな」
突然自分に話しを振られ、少し悩んだ薫だが、太耀の真意に気付いて話しに乗る。
「そうですね、元々私が言い出した事ですし」
薫 の言葉で、少し不機嫌そうな葉司を確認した太耀の耳に……
シャラン
不意に金属音が聞こえ、その音がしたプレハブ小屋の外に目を向けると……
「バァフ!」
顔だけが黒い、白い毛皮の小狗が物凄い勢いで、プレハブ小屋に向かって来る。
(何……)
そんな事を太耀が考えている間に、小狗はプレハブ小屋に侵入。
他の人間もその存在に気付く。
((子犬?))
太耀以外がそう思った瞬間、太耀が他全員に向かって反射的に叫ぶ。
「皆、その犬は普通じゃ…………」
しかし次の瞬間、子狗の前足の爪は、石橋の遮光器土偶を持っている手を襲う。
「ぎゃ!」
そして石橋の叫び声と共に、遮光器土偶は包みの気泡緩衝材の間をすり抜け……
ガッシャン
地面に落ちた。
((あ!))
その場に言た子狗以外がそう思いながら、一瞬の沈黙の後……
全員が叫ぶ。
「「あぁぁぁぁ!」」
特に恵理花と石橋の混乱ぶりは酷い。
「お祖母ちゃん、ゴメンなさい。ゴメンなさい。ゴメンなさい!」
「ぶ……、ぶ……、文化財がぁ!」
そんな中、太耀が恵理花に叫ぶ。
「落ち着け恵理花!」
その声で恵理花が少し落ち着くと同時に、割れた遮光器土偶から、ラメを含んだ様な黒い煙りが溢れ出て来る。
その煙りは、直径百五十cmの球体へと姿を変え、壁を素通りして空に登り、何処かへと消え去って行った。