常世 黄泉比良 スサノオの屋敷
此処は、小学生用の歴史漫画に出て来る様な場所。
荒御霊の神の屋敷。
その屋敷の母屋。
地の底で有るが、硬い雷の光りに因り辺りは明るい。
三貴神の一神、スサノオは叔母で有る運命の女神、ククリと話していた……
……いいや、慰められていると言った方が良いか?
「落ち付きなさいスサノオ。上に立つ者が、その様子でどうするのです。その姿を見たら姉上が如何思う事か」
「それは分かってはいますが……」
そう言い返すスサノオだが、誰が見ても落ち着きが無い様子。
理由は、これからとある計画を実行する為。
この計画が失敗に終われば、スサノオの束ねる国津神は姉のアマテラス束ねる天津神と戦う事になりかねず、母で有るイザナミの身体は危険を孕んだまま。
元々この計画は、二十四年前に行う筈で有った。
しかし協力者の人間達からの願いで、今日まで延期していたのだ。
スサノオからすれば、この人間達からの願いは、姉と戦う可能性を先延ばし出来る反面、母親の身体の負担も先延ばしにしてしまう為、今までずっと思い悩んでいた。
いや、今でもスサノオは悩んでいる。
(今ならまだ、計画の延期が出来る。昔の様な過ちは二度と起こしてはならん。だが……)
そんなスサノオの思いを知ってか知らでか、ククリはスサノオに尋ねる。
「スサノオ」
「何でしょうかククリ様?」
聞き返すスサノオに、ククリは申し訳なさそうに言う。
「私が相談したばかりに、貴方が心を痛めているのは分かります。ですから今からでもあの子に恨まれるのは私でも……――」
しかしその言葉をスサノオは力強く否定する。
「それはなりません! 姉上の心の為にも……」
(そうだ……この件に関しては私で無くてはならん。他の神では、姉上はきっと今以上に心が傷付いてしまう)
そう心に強く思ったスサノオは、母の面影を持つククリの顔を見て更に思う。
(私が母上を助けると決めたのだ。昔の、泣いて暴れるだけの私とは違う…… 今の私には家族を護るだけの力が有る)
スサノオの顔付きが変わる。
そして威厳の有る声で、神々を呼ぶ。
「スセリ、シュテン、サルタ、アラハバキよ」
するとスサノオの背後に、貴人の様なスセリ、雅やかな青年姿のシュテン、初老の鼻のデカい男性姿のサルタ、妖艶な女性の様なアラハバキが姿を表した。
「御呼びですか、御父様」
スセリがそう言うと、スサノオは振り返り四神に告げる。
「これから亜神ヒルコを払う計画を始める」
「何を偉そうに、動くのは俺達だろうに」
文句を返すシュテンにスサノオは言う。
「そう言うな、コレは私の決意表明の様なモノ。悪いが少し話しを聞いてもらうぞ」
「それなら私も混ぜてもらおうか?」
そう言った青年姿の円がスサノオの背後に現われたので、スサノオは円に背を向けたまま聞く。
「如何やって此処に来た?」
「比売神が連れて来てくれた」
言われてスサノオはククリが居無い事に気付き、円に再度聞く。
「そのククリ様は?」
「知らんな。今お前に必要か?」
円の答えにスサノオは思う。
(確かに、運命に縋っていてはいかんか……)
そして意識を四神に戻し、話しを始める。
物凄く真剣な面持ちで……
「これからヒルコを払う計画を始める。細かい事は全て汝等に任すが、責任は全て私が負う。その代わり必ずこの計画を成功させよ、良いな」
「当たり前だ。その代わり、俺は契約を優先するぞ」
シュテンがそう言うと、サルタがシュテンに小馬鹿にした様に聞く。
「その言葉、威勢だけで無い事を証明して貰うぞ?」
「鬼は嘘は付かんさ」
言ってシュテンが姿を消すと、サルタはスサノオに向けて言う。
「私もこれで……」
そして姿を消した。
すると、アラハバキが少し間を置いてスサノオに聞く。
「スサノオ」
「何だ?」
言い返したスサノオに、アラハバキは笑顔で言う。
「もし私が裏切ったらどうする?」
しかしスサノオは、真剣な顔と口調で言い返す。
「私の願い、先程の言葉以外に無い」
その言葉を受けてアラハバキは思う。
(つまり、そんな事はさせないと言う事か……)
「分かった。その願い叶えてやろう。偽りとは言え、星がこの国を支配するのも面白い」
そう言いながらアラハバキも姿を消し、それを見ていた円がスサノオに言う。
「それでは私も。立ち合えたし親子の語らいの邪魔だろう、少し河原で子供達と遊んでくるか……」
しかしスサノオは視線をスセリに向け、円を呼び止める。
「待て円。お前にも聞いて欲しい」
「それは構わんが、良いのか?」
円の問いに、スサノオは返事を返す。
「神は人の為に在る、そして人無くして神はない。私は娘に神として話しをしたい、お前が居てくれると助かる」
「分かった、協力しよう」
円がそう言葉を返すと、スサノオはスセリに向かい、優しく語り始める。
「スセリよ。私が責任を取るとは言え、お前が自らやると言った事、計画が失敗したら、お前もそれなりの罰は受けるだろう」
「承知しております。ですが私は父上と、あの人の役に立ちたいのです」
そう言い返したスセリの顔は真剣そのもの。
(そう……子供のいない私は、私自身で力に成るしかない。せめてあの二神の子供ぐらいの事は……)
スセリがそんな事を考えていると、スサノオがスセリに言う。
「気負うなスセリ。私もオオクニヌシも、お前にその様な顔は望んではおらん」
スサノオの言葉で、自分がどんな顔をしているか気付き、スセリは笑顔を作って返事を返す。
「心配させてしまい、申し訳ありません」
するとスサノオは、笑顔で更に言葉を返す。
「スセリ。オオクニヌシと同じ様に、私の願いを叶えてくれるか?」
「何の話しですか?」
不思議がるスセリに、スサノオは言う。
「オオクニヌシはお前を私から奪う代償に、一時的に現世の主と成った。お前も自らその役をやる代償に、巻き込んでしまった子供達を護り、無事に計画を終わらせ私の元に戻って来い」
(御父様……)
スセリはそう心の中で呟くと、一歩さがってからスサノオに答える。
「その託宣、比売として受け賜ります」
そして笑顔のままスサノオの前から姿を消した。
スセリの姿が消えると、スサノオはその場に座り込み、ククリを呼ぶ。
「ククリ様」
するとククリが円の横に現われ言う。
「何か用ですか?」
「辺りにスセリは?」
スサノオがそう聞くと、ククリは答える。
「居ませんよ」
ククリの答えにスサノオは軽く溜め息を突き、安堵した様子で独り言を口走る。
「これで父親としての芝居は終わった。後は……」
そんなスサノオを、ククリと円は笑顔で見付めていた。
それに気が付いたスサノオは、円に聞く。
「何が面白い?」
「いや、その情け無さこそ日本で二番目に有名な神、スサノオだと思ってな」
円が笑顔でそう答えると、ククリが言葉を続ける。
「スサノオ、良く決断してくれましたね」
「いいえククリ様、私はまだ迷っています。ですが姉上を今休めなければ、私が失敗した時の代わりが居無くなる」
スサノオの言葉を聞いてククリは面う。
(半分は嘘で半分は本音。やっぱり甘いわねスサノオ、だからこそ私は貴方に話しを持ち掛けたんだけど)
そしてククリはスサノオに言う。
「不器用ね」
「何の話しです?」
しかしククリはスサノオの言葉には答えず、円に向かって聞く。
「円、悪いけど一緒に塞の河原に来てくれる?」
「理由を聞いて良いか?」
聞き返す円にククリは教える。
「男同士の話しに、他人が立ち聞きは無粋だからかしら」
そしてククリは円と共に、その場から姿を消す……
と同時に、スサノオの背後に新たに二つの気気配が現われた。
「御祖父様」
そう歳若い青年の声に、呼び掛けられたスサノオが振り向くと、其所には娘婿のオオクニヌシと、孫のタケミナカタの姿が有った。
「何の用だ?」
聞き返すスサノオに、タケミナカタは礼儀正しく答えを返す。
「計画が始まる前に、私の我儘を聞いて頂いた事に付いて、御礼を伝えておこうと思います」
「そんな事は良い。どの道お前の封じられた息吹の力か、奴の雷の力が計画に必要だ。お前はそれを利用したに過ぎん」
「それでも私は貴方に御礼を申し上げたい……」
そう言ったタケミナカタの心には、有る思いが有った。
(もう一度、彼奴と戦えるのだ。二度とあの様な醜態を晒さぬ為にも……)
「必ずや、彼の雷神を払ってみせましょう」
力強く言ったタケミナカタに、スサノオは真剣な顔で聞き返す。
「そこまではっきり言い切ったのなら、必ず奴を打ち払って見せよ」
「勿論。この誓い、違わぬ事は有りません」
返事をしたタケミナカタは思う。
(この件に関しては二度退く気は元からないが、これで……)
すると暫く間を置き、今度はオオクニヌシがスサノオに向かって述べる。
「私からも義理父様に御礼申し上げます。妻の願い聞きいれて頂き、感謝致します」
その言葉にスサノオはオオクニヌシの方を向き、嫌そうな顔で言い返す。
「娘の願いを聞いたまで、貴様には関係無い事だ」
「そう仰せなら、その様に」
畏まりそう返すオオクニヌシに、スサノオは更に嫌そうな顔をした。
タケミナカタは、そんな二神を見てクスクス笑って言う。
「御祖父様の負けですね」
「フン」
鼻息荒くそう言ったスサノオは、オオクニヌシとタケミナカタに背を向けた。
「そう言えば御二方。よくスセリ様に嫌われると分かっていて、私の願いを聞いて下さいましたね」
思い出した様にそう言ったタケミナカタに、オオクニヌシが答える。
「それはお前の心が分かる事と、戦う力は多い方が計画遂行に有利な事、それとスセリは多分受け入れてくれると思ったからだ。お前は嫌われてはいないからな」
「本当ですか、それ?」
オオクニヌシの言葉に、驚いたタケミナカタがそう言い返すと、オオクニヌシは真剣な顔をし息子に頼む。
「それは本人に聞くがいい。お前に頼めた事ではないが、スセリの事を頼むぞ」
そう言われタケミナカタは一瞬驚くが、笑みを湛えて返事を返す。
「承知致しました、父上」
その返事と共に、スサノオがタケミナカタに背を向けたまま言う。
「タケミナカタ」
「はい」
返事と共にタケミナカタはスサノオの方を向き、スサノオは背を向けたまま話しを続ける。
「期限は半月。それまでに先ず天津神達を封印し、アラハバキ達を偽りの適とし、スセリを共として選んだ子供達を鍛え上げる。現世を過去の様に変え、タケミナカタがタケミカヅチを打ち払い力を手にした後、亜神ヒルコを地上に上げ、アラハバキ共々選んだ子供達に打ち払わせる」
「存じております」
タケミナカタがそう返事を返すと、スサノオは振り返り、真剣な顔で更に話しを続ける。
「もし何かの理由で計画続行に支障が起きた場合、兄上の力で人間達の記憶を改竄した後、直ちにこの計画は破棄。円と紫織に頭を下げた後、姉上率いる天津神との戦闘に成るだろう」
「まぁ向こうは信じないでしょうからね。ですがそれは……――」
「私もそれは分かっている。有る筈は無いし有ってはならん…… だが何が起こるか分からん以上、保険は必要だ」
その言葉と同時に、スサノオの周りに複数の呪物が浮いて現われた。
「タケミナカタ。私とオオクニヌシは、常世で時まで亜神ヒルコを監視せねばならん。そしてこれらの呪物の中には、お前の母親と祖母からの物も有る。これらを使い、何か有った時はお前が残った者の指揮を取れ。そしてスセリを守ってくれ」