此処は境群市の北に在る小さな山、玄見山の中腹の平地に在る小学校、玄見小学校。
その小学校の玄関前広場。
校内に植えられた桜の木から花弁が散り、その花弁の中を友達と駆け回ったり、春休みでの出来事を話し合っている子供達でざわめいている。
少年――北斗は、少し離れた目の前に在る、上の方に大きなアナログ時計が備え付けられた、コンクリートの大きな柱の下の方、だいたい地面から160センチぐらいの所に貼り付けられた、二年に一度行われる組替えのプリント表を眺めていた。
「やった!」
北斗は組替えの表で、同じ組に好意を寄せる幼馴染みの恵理花の名前を見つけ、そう言葉を漏らし心の中で喜ぶ。
(恵理花ちゃんと組一緒だ!)
その直後、自分が嬉しさの余り言葉を漏らしてしまった事に気がついた北斗は、慌てて辺りを見回すが、自分を見ている子供がい無い事を確認すると、今度は仲の良い幼馴染み二人の名前を探し始める。
暫くして……
「だぁ~れだ?」
北斗は何者かに後ろから両手で目隠しをされ、左側から少女の声でそう呼びかけられた。
北斗は自信満々に答える。
「太耀君だよね?」
すると目隠しは外され、それと同時に目隠しをしていた子供は、北斗から一歩離れ北斗に向かって言う。
「残念、ハズレだ北斗」
その言葉を聞いて北斗が振り返ると、そこには幼馴染みの少年――太耀の姿が有った。
納得が行かず、北斗は太耀に聞く。
「何でさ!?」
すると北斗の右側から、その答えが返って来る。
「北斗君、だって『だぁ~れだ?』って言ったのは私だもん」
その声の主――恵理花の方を向いた北斗は、笑顔の恵理花に向かって納得が行かない顔で言う。
「それ、ズルくない恵理花ちゃん?」
そんな北斗に、恵理花は笑顔のまま言い返す。
「文句は私に言わないで。やろうって言い出したのは太耀なんだから」
そう言われ北斗が太耀に視線を戻すと、太耀が北斗に尋ねる。
「そうだ北斗、組分けどうだった?」
「四人一緒だったよ」
言った北斗の顔は本当に嬉しそうで、その言葉を聞いた恵理花の顔も嬉しそう。
二人のそんな様子を見て太耀が微笑むと、それに気がついた北斗が太耀に聞く。
「太耀君、嬉しそうだね」
北斗の言葉で自分がどんな顔をしているのか理解し、恥ずかしくなった太耀は顔を赤らめ、話題を代える。
「……そうだ北斗、葉司は何処だ?」
「ボク、一緒に来て無いけど?」
言い返した北斗の言葉に、葉司の事を聞いた太耀と、二人の会話を聞いていた恵理花は、驚きを口にする。
「「え?」」
「え?」
二人の言葉に北斗は不思議に思い、北斗は同じ言葉を太耀に返すと、二人の顔を確認。
そして少し考えてから、二人に尋ねる。
「もしかして葉司君、家に居なかったの?」
四人は幼馴染みで、仲が良い。
とは言え生活基盤は北斗と葉司、太耀と恵理花で別かれており、太耀と恵理花は葉司が北斗と一番仲が良い事は知っている為、学校に来る途中で北斗は先に学校へ行ったと、北斗の家で北斗の姉から聞かされた事や、葉司は家で呼んでも返事が無かった事から、太耀と恵理花は、二人は一緒に学校に言ったと思っていた。
だが、実際は一緒ではなかった為、当てが外れた太耀と恵理花は驚き、話しを聞かされた北斗も困ってしまう。
「いや……確かめて無い。呼んでも返事なかったから、僕等はお前と一緒だと思ったんだけど」
太耀の言葉で北斗は考えた。
もしかしたらと……
葉司に申し訳ないと思いながら、北斗は二人に説明を始める。
「……もしかして葉司君、二度寝してるかも?」
「はぁ?」
そう言葉を漏らす太耀に、北斗は葉司に申し訳ないと思いながら言葉を続ける。
「実は葉司君、たまに寝坊しててボクが起こしてたんだ。最近は無かったんだけど……」
その言葉を聞き、間を置いて太耀は言う。
「そう言う事か……」
そして少し離れた目の前に在る、コンクリートの大きな柱の上の方に備え付けられてた、大きなアナログ時計に視線を移し、今の時間を確認すると、恵理花と北斗に向かって賭けを持ちかける。
「なぁ二人共、僕と賭けをしないか?」
その顔は、何だか楽しそう。
★★★
少年――五十嵐 葉司は玄見小学校に向かって、全速力で坂道を駆け登っている。
(もう少し……)
葉司は学校が見えて来ると、最後の力を振り絞って走る速度を上げ、小学校の道向かいの信号機に辿り着く。
「ぜぇ……ハァ……」
(どうにか…… 間に合った……)
信号が赤いので、そう思いながら葉司が休憩していると……
「葉司君、遅刻だよ!」
葉司を見つけた北斗が、道向こうの小学校の玄関前広場から手を振りながら、葉司にそう大声で呼び掛けた。
「恥ずかしいから呼ぶんじゃねぇ!」
大声でそう言い返した葉司は、信号が青に変わってから道路を渡り、学校に入ると、北斗達に合流する。
「セーフ……」
そう言った葉司は、体操の屈伸の様な態勢を取り……
「ぜぇ……ハァ……」
とても苦しそうに呼吸をしている。
「大丈夫、葉司?」
恵理花は、そんな葉司に心配そうに尋ねた。
「何とか……」
葉司は顔を上げ、そう返事を返す。
そして恵理花、北斗、太耀に向かって文句を言う。
「……皆、起こしてくれても良いだろ」
すると太耀が、小馬鹿にした様に言い返す。
「僕と恵理花は、家の前でお前を呼んだぞ。それより葉司、お前たまに寝坊して北斗に起こして貰ってたの、僕達に隠してたな」
太耀の言葉を聞き、葉司は北斗を睨んで怒る。
「おい北斗、何でバラすんだよ!」
「ゴメン。話さないと二人が葉司君の事、心配しそうだったから」
手を合わせ北斗がそう謝ると、恵理花が言葉を続ける。
少し、怒った口調で。
「葉司。悪いのは北斗君じゃなくて、きちんと起きれない貴方でしょ!」
怒られた葉司は、恥ずかしくなって言い返す。
「何だよ。お前には関係ないだろ!」
すると売り言葉に買い言葉。
恵理花も更に、葉司に言い返してしまう。
「何よ、だいたい五年生にも成って…………」
そして二人の口ゲンカが始まった。
そんな二人を見ながら、北斗は思う。
少し、羨ましく思いながら。
(どうしよう? 口ゲンカ始まっちゃったけど、止めた方が良いかな……)
すると、北斗に太耀がこっそり耳打ちをする。
「(北斗。混ざりたいなら好きにしろ、僕は教室に行くぞ)」
言い終わった太耀は、二階の玄関に向かって階段を登って行く。
北斗は少し悩んだ後、太耀を追って二階の玄関へと向かった。
キーン コーン
カーン コーン
チャイムが鳴る。
しかし葉司や恵理花を含め、玄関前広場に居る子供達が、教室に向かう様子は無い。
わいわい
がやがや
そんな時……
「君達、教室に入りなさい!」
二階の玄関から一人の先生が降りて来て、子供達にそう言った。
子供達がその先生に目を向けると、先生は葉司と恵理花に向かって言う。
「それと君達は、もう少し仲良くしなさい」
すると葉司はその先生を見た事が無かった為、不思議に思って聞き返す。
「先生誰だ。新しい先生か?」
「あぁ悪い、自己紹介を先にするべきだったな」
先生はそう言い返すと、一呼吸置き、子供達に向かって自己紹介を始める。
「私は新任で五年二組の担任、渡辺 頼光だ」
「それじゃぁ私達の担任なんだ」
恵理花がそう聞き返し、渡辺先生は恵理花の名札を確認した。
(黒沢…… この子が黒沢家の子か、思ったより普通の子だな。コレなら如何にか…………)
そんな事を考えてると、葉司が嬉しそうに軽くガッツポーズをしたのが目に入る。
不思議に思った渡辺先生は、葉司に如何したのか尋ね様としたが……
(私たち…… あぁ、そう言う事か)
渡辺先生は、先輩の田原先生から葉司達四人の関係を聞いて、それを思い出し、葉司の名札を確認して納得。
そして話す対像を葉司から、この場に居る子供達全員に変え、言う言葉も変えてお願いする。
「先生は先生の一年生なんだ。先生を助けると思って、皆教室に戻ってくれないか?」
すると子供達はお互いに顔を見合わせ、少し考えてから返事を返す。
「「は~い!」」
そして、子供達は各々教室に向かって行った。
子供達を見送りながら、渡辺先生は思う。
(良かった。田原先生に如何にかする様言われたが、如何にか成って……)
「はぁ~」
渡辺先生は、大きく溜め息を吐いた。
その時……
「渡辺先生。少し宜しいですか?」
一階玄関から、養護教諭(保健室の先生)の鐘治 玲先生が現われ、渡辺先生にそう呼びかけた。
「何か、御用ですか?」
鐘治先生に気がつき、渡辺先生がそう返事を返すと、鐘治先生は困った様子でお願いをする。
「すみません。これからパイプ椅子が来るんですけど、体育館まで一緒に運んで頂けません?」
★★★
数分後、 五年二組の教室。
キーン コーン
カーン コーン
「以外に早く撤収して来たな」
北斗に了承を得て北斗の机に座り、椅子に座っている北斗と話しをしていた太耀は、チャイムと共に教室にやって来た葉司と恵理花にそう言った。
「それがさ。渡辺って新しい先生に、教室に戻れって言われてよ」
葉司は太耀にそう言葉を返し、恵理花は黒板に貼って有る座席表に目を通している。
「それより北斗、さっきは怒って悪かった。アレはオレが悪いわ」
北斗に向かって、そう謝った葉司を確認した恵理花は、仲の良い女の子の元へ話しに行き、葉司は黒板に貼られた座席表を眺め始めた。
「良かったな北斗」
太耀が北斗にそう言うと、北斗は嬉しそうに「うん」と頷いた。
その直後。
葉司が思い出した様に振り返えり、北斗に聞く。
「そう言や北斗。恵理花から聞いたけど、何でお前一人で早く学校来たんだよ?」
その質問に北斗は悩む……
(流石に葉司君には、恵理花ちゃん誘おうとしたけど、出来なかった何て言えないし……)
そして話題を代える事にした。
「それより、葉司君は何で寝坊したのさ。寝坊なんて一年以上して無かったじゃん?」
すると今度は葉司が困った。
(恵理花誘うかどうか悩んでて、中々眠れなかったなんて恥ずかしくて言えねえし……)
そんな時……
ドタ
ドタ
ドタ
ドタ
大きな足音と共に、眼鏡を掛けた少年――宮本 薫が息を切らせて教室にやって来る。
(しめた!)
葉司はそう思い、薫に向かって言う。
「遅刻だぞ薫」
「葉司君の言えた義理じゃ無いけどね」
北斗は葉司にそう言うと、更に薫に言葉を続ける。
「にしても、薫君が遅刻するなんて思わなかったけど?」
すると薫は、ズレた眼鏡を直しながら北斗に答える。
「それは……、ちょっと面白い物を見つけまして。北斗君お昼はご馳走しますので、午後から家に来ませんか?」
「お昼作る手間が省けるからボクは良いけど、何の用?」
北斗と薫の話しを聞いて、太耀が言う。
「北斗を誘うって事は、宇宙人絡みか? あんな非科学的なモノ、良く信じるな」
すると北斗はムっとし、太耀に文句を言う。
「良いじゃん、夢もへったくれも無い」
「はいはい、僕が悪かったよ。どうせ僕の夢は、父さんみたいな会社社長だからな」
そう言い返す太耀に、更に薫も文句を言う。
「日向君。見て無いモノを無いと決め付ける方が、よっぽど非科学的ですよ」
太耀は、薫がそう反論した事に少し驚いた。
キーン コーン
カーン コーン
わい わい
がや がや
暫くして廊下の方から、渡辺先生と鐘治先生の声が聞こえて来る。
その声を聞き、五年二組の子供達は静かに成った……
いや正確には、二人の会話を聞きたい女子の一人が、組全員を静かにさせたのだ。
二人の姿は、防火扉に隠れて五年二組からは見えない。
「新任で大変なのに、お仕事頼んでしまってすみません」
「いえ、鈴木先生も軽くお尻打っただけで良かった」
「このお礼はいつか必ず」
「でしたら個人的に…… 出来たら女の子に付いて協力をお願いしたいんですが」
「確かに独身の男の先生じゃ、色々フォロー大変そうですもんね。分かりました、では私は用事が有りますのでこれで。初めての朝の会、頑張ってくださいね」
「はい」
暫くの会話の後、渡辺先生がそう返事を返すと、鐘治先生は六年生の教室に向かって行く。
鐘治先生と別れた渡辺先生は、五年二組に入って来ると生徒達に言う。
「ほらお前達、朝の会はもう始まってるぞ。ちゃんと席に着け」
すると一人の女の子が、渡辺先生に向かって聞く。
「先生。ランドセル入れに名札なかったんだけど、ランドセルはどうすれば良い?」
生徒にそう指摘され。渡辺先生は少し考えてから、生徒達に説明する。
「悪い、先生が貼り忘れてた。皆が入学式に出てる間に貼っとくから、今は机の上に置いておいてくれ」
その言葉と同時に、子供達は各々行動を始めた。
生徒が皆、きちんと席に着いた事を確認し、渡辺先生は黒板に自分の名前を書き始める。
「始めまして私は…………」
北斗は渡辺先生の話しを聞きながら、ふと外を眺めながら思う。
(これから、また新しい一年が始まる。たぶん去年とあんまり変わらない。葉司君と、恵理花ちゃんと、太耀君と……)
