恵理花が泣きそうな顔で紫織に言う。
「どうしよう、お祖母ちゃん!」
黒い蛟に結界が破壊された直後。恵理花達は人目を避ける為に、橋の下の陰に隠れて居た。
「スセリ、コレは如何言う事だ!」
オモイカネはそう言ってスセリに詰め寄っている。
「私にも分かりません。いくら力が弱まっているとは言え、国津神の主の正妻で有る、私の結界を破れるモノなど居る筈が……」
焦っている振りをしてそう言うスセリに、オモイカネは強い口調で言い返す。
「現に破られているではないか!」
「ケンカをしている場合かいオモイカネ。知織の神様なら三人を助ける方法を何か考えな!」
紫織がオモイカネにそう言うと、薫もオモイカネに文句を言う。
「オモイカネ、落ち着いて。今はそんな事言ってる場合ですか?」
薫にそう言われオモイカネは我に返る。
「すまない、その通りだ。だが……」
オモイカネはそう言って風丸達の方に目を向けた。
風丸達は、次第に恵理花達に近付いて来る。
(如何すれば良い。スセリの結界が破られた以上、私の力では……)
オモイカネがそう考えている内に、恵理花達の目の前に鬼丸がやって気た。
「さて、次はお前達だ」
鬼丸がそう言うと、恵理花達の背後から、橋を飛び越えて姿を現した風丸が言う。
「逃げ場は無いぞ」
残る天狗丸は空中で、河川敷の周りで自分達の行動を眺めている、人々を見回していた。
オモイカネは鬼丸に問う。
「貴様等は一体何者だ、我が主を鏡に変えて何を企む?」
すると鬼丸はクスクス笑い、答える。
「封印し損ねた天津神か。そう言えばお前達に教えていなかったな……」
そこまで言うと鬼丸は振り返り、天狗丸に話しかける。
「天狗丸、話しは聞いていただろう」
「儂に説明しろと言うのか?」
天狗丸が人々を見渡しながら鬼丸にそう言い返すと、鬼丸は少し小馬鹿にした様に言う。
「好きだろう、そう言うの」
鬼丸の言葉に、天狗丸は鼻で笑い答える。
「フン、良かろう……」
天狗丸は一度瞼を閉じ沈黙し……
「かぁぁぁぁぁ!」
目を見開くと同時に、大声で一声を上げる。
その声は風となり、辺り一体を駆け巡った。
そして天狗丸は言う。
「聞けぇぇぇい人間共! 我等は星の神アラハバキ様の使いで有る。我等の願いは、我等が為にこの国を過去の様に戻す事」
大立ち回りをしながら、天狗丸の言葉は更に続く。
「我等が存在を取り戻さんが為、今の世を破壊してくれるわ!」
ジャラン
そう言って錫杖を真横に振り切った天狗丸に、それを見ていた勇気有る男性の一人が言う。
「何言ってんだ、お前は!」
すると天狗丸は、錫杖で男の後ろに停めて在る軽自動車を指し、男性に言葉を返す。
「ならば行動として示してやろう…… 指した物よ、飛べぇぇぇぃぃ!」
すると車は浮き上がり、横回転を始めると、後ろに在るセメントレンガの壁にぶつかる。
ドガッシャン
音に驚いた男性が振り返ると、自分の車が中破していた。
(俺の……車が……!)
呆気に取られている男性を尻目に、天狗丸は言う。
「こう言う事だ、理解出来たか人間共。まぁお前達を殺しはせんさ、人間在っての我々だ…… 但し、こんな感じで痛めつけ、恐怖は煽るかも知れんがな」
「だ、そうだ。理解して貰えたか天津神?」
鬼丸にそう答えを返されたオモイカネは、不思議に思い更に問う?
「その様な事をして如何する心算だ? 大体今の人間を恐怖で煽った所で、我々の——」
「やはり貴様は人間を理解していないか、天津神」
そう言ってオモイカネの言葉を遮った鬼丸は、小槌をオモイカネに突き付け、苦笑いを仮面で隠しながら話しを続ける。
「人が自らを人と思っている限り、我等は必要なのだ。この様な事だからお前等は人と対峙出来んのだろう」
「如何言う……――」
オモイカネが更に聞き返そうとするが……
「きゃぁ!」
恵理花の悲鳴が、オモイカネの言葉を遮った。
オモイカネが恵理花の方を向くと、赤い瞳の白い大蛇が、恵理花の事を捕縛している。
「無駄話しは其所までだ」
そう言った風丸の両腕は無い。
風丸はスセリに言う。
「スセリ。貴様にはこの小娘共々、俺達と共に来てもらうぞ」
「如何言う事です?」
聞き返すスセリに、風丸は答える。
「貴様とこの小娘が人質に居れば、オオクニヌシもあのガキ共も言う事を聞くだろう。反論は無いよなぁ」
風丸がそう言うと、白い大蛇の牙が、恵理花の首筋に近付く。
「まぁ、拒んだ所で他の人間が傷付くだけだが……な!」
言葉を続ける風丸が、薫に向かって蹴りのモーションを取ると、薫に向かって風圧が発生。
薫を襲う。
「うわぁぁ!」
ブオン
ドツン
薫は吹き飛ばされ、地面に倒れ込む。
それを見たオモイカネが怒って風丸に殴りかかるが、攻撃は躱され腹に回し蹴りを入れられた上で、背中に蹴りの追撃を入れられ、地面に叩き付けられた。
「がっは!」
打ち据えたオモイカネに風丸は言う。
「人の為に怒り、力の差を理解しながら向かってきた事、男として称賛してやろう。だがそれは無駄と言うのだ」
風丸はそう言い終わるとクスクス笑い、鬼丸は薫の真横に移動し恵理花とスセリに聞く。
「さあ二人共、如何する?」
倒れ込んでいる薫を見て、恐怖を感じている恵理花の頭の中に、スセリの声が聞こえて来る。
(「ごめんなさい恵理花、このまま聞いて」)
(「スセリ?」)
恵理花が不思議に思いそう念話で返すと、スセリは少し申し訳無さそうに、そして砕けた口調で言う。
(「なるべく女の子の貴女は傷付けたくは無かったんだけど…… 御願い、私と一緒に戦って!」)
(「戦うって……、どうやって?」)
驚く恵理花に、スセリは説明をする。
(「貴女自身に私を宿すのよ、私の力で貴女自身が戦うの」)
(「無理よ、大体結界破られちゃったじゃない。それに、それなら大人のお祖母ちゃんの方が」)
(「私達の力は、人の意思で使った方が強く成るの。でも紫織は歳を取り過ぎてて、私の力は上手く使え無い」)
(「嫌! 怖い……」)
嫌がる恵理花の反応に、スセリは少し考え言い方を変える事にした。
(「……聞き方を間違えたわ。あの子達を助けたいなら力を貸してあげる」)
(「……どう言う事?」)
(「とにかくあの子達を動ける様にしましょう。恵理花が近くに居れば、あの子達も恐怖に打ち勝てる気がするし。それに私達が此処を離れれば、紫織や薫にこれ以上被害が出ない可能性が高い」)
(「でも……」)
悩む恵理花だが、スセリは恵理花が先程の様に怖いと思わなくなった事を理解し、もうひと押しする事にする。
(「貴女は友達を助けたい? 護られたい?」)
(「……分かった、お願い助けてスセリ!」)
★★★★
「さあ二人共、如何する?」
鬼丸のこの言葉から暫くして、スセリは風丸や鬼丸を含む、恵理花達の視界から姿を消す。
理由は恵理花に助けを求められた為、恵理花の体に一時的に宿ったのだ。
そして次の瞬間、恵理花の体が行き成り光り出し、風丸と紫織はその場を離れた。
(「戻れミシャグジ!」)
白い大蛇はその念話で、風丸の両腕に戻る。
(スセリ様が説得に成功したか、後は何だかんだで負けるだけだが……)
風丸がそんな事を考えている時、スセリは恵理花に念話で言う。
(「恵理花、目を開けたらまず紫織と薫を護る結界を張るわよ」)
(「行き成り言われても! どうするの?」)
(「私にお願いすれば良い。神々に頼み事をする時の決まり事何て、決まっているわね」)
光りが止むと恵理花の服装が変わる。
巴紋をあしらった白い小袖。足元から色が若草色から白くグラデーションしている裳袴。半透明の生地に白銀色の蛇が刺繍され、緑の紐の付いた汗衫。羽衣の様な比礼。
そして体が、薄い白い光りで包まれていた。

恵理花は瞼を開くと言う。
「スセリ、お願い。お祖母ちゃんと薫君を護る結界を!」
すると紫織と薫は、ドーム状の白い半透明の結界に護られる。
「無駄だスセリ、小娘を自らの宿主にした所で」
そう言って、鬼丸が結界を踏み壊そうとするが…………
キャキュウン
結界は割れず、右足は弾き返された。
(「良かった、力は強くなってるみたい」)
恵理花がスセリにそう念話で言うと、スセリは少し強い口調で恵理花に念話を返す。
(「安心してないで、三人の所まで飛んで逃げるわよ」)
(「飛ぶって、どうやって……」)
(「それは私がやってあげる」)
スセリが念話でそう言うと、恵理花は宙に浮き、葉司達の元へと飛んで行く。
「追うぞ鬼丸。天津神は如何する?」
風丸が鬼丸にそう聞くと、鬼丸は言う。
「戦う力の無い者に、興味など無い」
そして風丸と鬼丸は恵理花を追って行き、敵が居なくなるとオモイカネは上半身を起こし、右手で拳を作って思いっ切り地面を殴る。
音はしないし痛みは無いのだろう、だがその光景を見ていた紫織にはオモイカネの心の痛みは理解出来た。
「あまり気にするんじゃないよ、アンタは戦う事は苦手な神様なんだろう?」
紫織がオモイカネにそう言った直後、薫が上半身を起こす。
「お前さんも大丈夫かい?」
薫は紫織にそう言われ、返事をする。
「はい。芝生のおかげで何とか、少しクラクラしますが…… それと、ありがとう御座いますオモイカネ」
薫がオモイカネの方を向いてそう言うと、オモイカネは不思議そうな顔をして聞き返す。
「私は何も……」
「そんな事は有りません。見てはいませんが、私の為に立ち向かってくれたのでしょう?」
そうオモイカネに御礼を言った薫だが、内心自分が何も役に立た無い事に悩んでいた。
(それに比べて僕は…… このままじゃダメだ、一緒に居たいと思うならこのままじゃ)
薫の顔は暗い。
そして御礼を言われた側のオモイカネの顔も、まだ暗い。
オモイカネは思う。
(人々を見守るべき我等天津神が、子供に励まされるとは何たる醜態か。だからと言ってスセリの様な力は私には無い、私は如何したら……)
そんな暗い顔の男二人を、紫織は不憫に思いながらも何も言えず見守っていた。