零式艦上戦闘機
僕は幼い頃にトラックに轢かれて以来、ずっとベッド生活となった。
残念ながら異世界転生はしなかった。
今の唯一の楽しみはPCゲームだ。
最近、そのゲームの夢を見る。
それが夢にしてはリアル。
でも目覚めるとベッドの上だから、夢であるのは間違いない。ラノベやアニメの様な展開にはならないのだ。
そして今日も夢を見た。
どうやら戦闘機のコクピットらしい。
見覚えのあるコクピットだ。
何度もゲーム内で操縦している、ゼロ戦21型の機体だ。
旧日本軍のお家芸的な格闘戦に優れた機体であるが、防御力を一切捨てたが故の性能の為、敵の一撃で機体は火だるまというのも良くある。
ただ敵の後ろに付いてしまえば勝ったも同然の機体。
長所を生かした戦いさえ出来れば、無敵の戦闘機だと思う。
しかし計器の挙動と言い、油臭いところと言い、毎度のことだが夢にしてはリアルすぎる。
操縦桿を握る感触もまたリアルだ。
風防越しに外を見れば、青空の中に白い雲が所々見える。
そう、空を飛んでいるのだ。
水平線が見えるってことは、どうやら海の上の様だ。
だいたいはこれで夢から覚めるのだが、今日はその兆しがない。
僕としては願ったりな状況だ。
まずは旋回したり、急上昇してみたりして操縦を確かめた。
ゲームと同じだ。
これは良い!
そんなことをして遊んでいると、遠くの空にキラリと何かが光った。
目を凝らすと、黒い点が二つ見える。
飛行機だ。
雲に隠れながら、高度を上げつつ接近する。
二機の戦闘機のようだ。
さらに近付くと、F4Fワイルドキャット戦闘機だと分かった。
米軍機だ。
まだ僕の存在には気が付いていないようだ。
ゆっくりとした速度で真直ぐに飛んでいる。
この夢はきっとゲームと同じなんだと思う。
そうなると僕は日本軍機に乗っていて、見えたのは米軍機。
ならばやることは分かり切っている。
僕はワイルドキャットの斜め後ろ上方に、ピタリと付いた。
距離にして八百メートル位か。
二対一は不利だ。何としても初撃で一機落としたい。
発射レバーを握りつつ僕がさらに近付くと、前方のワイルドキャットが僕の存在に気が付いたみたいだ。
左旋回しながら下降を始めた。
「気が付かれたか、もう少しだったのに!」
遅れること数秒で、後方のワイルドキャットも前に習い、旋回下降を始めた。
距離は少し離れているが、我慢できずに一連射ほど7.7㎜機関銃を発射した。狙ったのは後方を飛ぶ二番機だ。
とうせ20mm機関砲は当たらないから、この距離では撃たない。
曳光弾の光が、標的のワイルドキャットへと伸びていく。
五百メートル以上は離れていると思うが、当たらない距離でもない。
実際、敵のワイルドキャットの機体がパッ、パッと光った様に見えた。
これは多分当たったと思う。
しかしそのまま急降下して行く。
日本機と違って米軍機は頑丈だ。
数発の7.7㎜弾の命中くらいは、簡単に耐えてしまう。
僕も急降下して後を追う。
敵機は降下して速度を上げていく。
ゼロ戦は降下速度が遅い上に機体が脆いから、無理すると空中分解しかねない。
かなり引き離されたところで、敵機は機体を引き起こして水平飛行に移る。
このまま振り切るつもりか。
しかし、一機はそのまま下降を続けて行く。
そしてそのまま海面に突っ込んでしまった。
機関銃を浴びせた機体の方だ。
もしかしたら、パイロットに命中していたのか、あるいは操縦系統に重大な損傷を与えていたのかもしれない。
どっちにしろ一機撃墜だ。
ゲームでは体験出来ない嬉しさが込み上げてくる。
僕はニマニマしながら、もう一機のワイルドキャットを追う。
すると距離が開いたところでワイルドキャットが反転した。
真っ向勝負する気らしい。
正面から突っ込んで来る。
だけど僕は知っている。
正面同士の撃ちあいでは、ゼロ戦が不利なことを。
ゼロ戦はワイルドキャットに比べて防御力が低いから、撃ちあったら先に落とされる可能性の高いのはゼロ戦だ。
例え撃墜出来たとしても、こっちも致命傷を受ける可能性が高い。
上昇気味にワイルドキャットが向かって来る。
俺は7.7mm機関銃を一連射したのち、直ぐに操縦桿を手前に引く。
充分に加速した機体は、強烈なGを残して急上昇する。
ワイルドキャットも機関銃を発射したようだ。
ゼロ戦の翼の下方を曳光弾の光が通りすぎていく。
僕の射った弾は命中したかは分からない。
多分外れたんだと思う。
ワイルドキャットはそのまま通り過ぎて、下降しながら落ちた速度を取り戻そうとする。
僕は機体を反転させて、逃げるワイルドキャットを追尾していく。
今ならこっちのゼロ戦の方が速い。
追い付く!
グングンとワイルドキャットの後尾が接近する。
しかしそこでワイルドキャットが、垂直降下に移った。
すると今度は徐々に離されていく。
苦し紛れに7.7mm機関銃を発射するが、敵のパイロットは左右に機体を揺らし、中々当てさせてくれない。
ゼロ戦の機体が振動を始めた。
限界降下速度に近付いているのだ。
このまま降下し続けると、機体が空中分解してしまう。
やむ無く機体を持ち上げて水平飛行に移る。
それでどうにか機体の揺れはなくなった。
だが今の僕の機体の高度は二千メートル、ワイルドキャットは千メートル以下だ。
つまり、もうワイルドキャットは逃げられない。
僕は必要にワイルドキャットを追った。
すると敵は再び反転。
こちらに向かって来た。
しかし僕は高度はほとんど下げない。
敵機は僕の機体目指して上昇して来る。
そろそろかなってところで、僕も機体を降下させる。
これで敵は諦めずに上昇を続けてくる。
思った通り、敵はこちらにまっしぐらに上昇している。
これで敵機のエンジンはアップアップのはず。
そこで僕はエンジンをフル稼働させて、上昇させた。
ワイルドキャットから機関銃が発射される。
しかしこの距離じゃ、そう簡単には当たらない。
そこで敵機は運動エネルギーを殆ど使い果たし、ノロノロと下降を始めた。
そうなったワイルドキャットなど、もう標的でしかない。
ゼロ戦を急降下させる。
あっという間にワイルドキャットの後尾が、僕の視界一杯に入る。
照準器にワイルドキャットを捉えると、20mm機関砲の引き金を引いた。
機関砲の発射の反動が機体を揺らす。
同時に7.7mm機関銃も発射した。
目の前でワイルドキャットの機体から、部品がバラバラと散っていく。
焼夷弾が命中して、ワイルドキャットの機体から火花が見えた。
もうその時点で白い煙を曳いていた。
燃料が漏れているのだ。
ゼロ戦だったら火を吹いている。
ワイルドキャットは尚も必死に逃げる。
といっても高度的にこれ以上下降出来ない。
海面スレスレで、機体を左右に振りながら飛行するワイルドキャット。
こうなったらもう逃がさない。
僕は機首を少しだけ下げて、照準器一杯までワイルドキャットを引き付けた。
これで終わりだ!
その時、ワイルドキャットのパイロットと目が合った。
振り返って僕を凝視するそのパイロット、それはまだ年端もいかない若者だ。
恐怖の表情で僕を見ている。
一瞬だけ発射桿を引くのを躊躇う。
しかし身体は反射的に引いていた。
弾丸が敵の機体に吸い込まれていく。
突如コクピットが赤く染まった。
僕はハッとした。
頭に浮かんだのは「殺してしまった」だ。
赤く染まった風防で、コクピットの中の様子は見えない。
僕は無意識に操縦桿を引いて上昇していた。
機体を傾けて海面を伺うと、ワイルドキャットはまだ海面スレスレをゆっくり飛んでいた。
エンジン部分から黒煙を吐いている。
「堕ちるな」
思わず口に出た言葉。
自分でが撃っておいて、なんて理不尽な言葉だと思う。
だけどそれが本心だった。
そしてワイルドキャットはそのまま数百メートル飛んだ後、海面へと突っ込んだ。
僕はしばらくその上を旋回していたが、結局最後までコクピットの風防は開かなかった。
目が覚めるといつものベッドの上だった。
いつもと違うのは、僕の両手は震えていたことだ。
気が向いたらですが、他の機体での話を書くかもです。
マニアックな機体で!