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4 美少年が落ちてきた


満開の桜を下から見上げる。

雲一つ無い晴れ上がった青空を背景に、薄紅色の花が美しく咲き誇っている様は──儚く美しい。


時折吹く風が優しく花びらを散らしている。薄紅色の小さな花びらがひらひらと舞う様子を見ていると郷愁の想いなのか胸に込み上げてくるものがあった。


じっと桜を見上げていたら、首が痛くなってきた。

そろそろ戻ってもいい頃合いかしらね。

会場へ戻ろうと踵を返そうとした時、頭上の桜の花の中から「わぁ!」と声が聞こえた。そして、どさどさっと枝に引っかかるような音と共に何かが地面へと落ちてきた。


「いたたた……」

綺麗な顔の男の子が地面に倒れている。


一瞬呆気にとられてしまったけれど、男の子のうめき声を聞いて我に返った。

「大丈夫ですか?」

慌ててそばへしゃがみ込むと、男の子は不愉快そうに一人で起き上がり、膝を抱えて座った。

(大丈夫そうかな?)


私の方を無愛想な表情で見た男の子が、つっけんどんな声で「なんで泣いていた?」と聞いてくる。

「え?私?」

なんのことだかわからなくて、思わず男の子の顔をまじまじと見返してしまう。

プラチナブロンドの髪の毛にアイスブルーの瞳。顔立ちが整いすぎていて、美術品のようだ。

(綺麗な顔の造りの子だな。今日のお茶会に呼ばれている子かしら)


「だから!なんでお前は桜の木を見あげて泣いていたんだ?」

きょとんとしている私に苛ついたように美少年がもう一度尋ねてきた。

美少年の言葉に自分の頬を触ってみると、確かに泣いたような涙の跡がある。


(あれ?私泣いてたの?あーそうか、郷愁の気持ちが溢れてしまったんだっけ)


「満開の桜の美しさに儚さを感じておりました。お見苦しいところをお見せしました」

「……いや、別に……」

「お気遣いありがとうございます」

(女の子が泣いているから気にしてくれたんだ。態度はぶっきらぼうだけど優しいんだね。美少年、ありがとうよ)

そっけない態度が可愛らしくて思わず頬が緩んでしまう。


それより……

「お怪我はありませんか?頭は打っていませんか?」

結構な高さから落ちてきたのだ。


「頭は打っていないし、体も動かせるから大丈夫だ」

早く立ち去れというかのように、そっぽを向いた美少年を観察すると白いシャツの肘辺りに血が滲んでいるのが見えた。

「肘のあたりから血が出ていますよ。見せていただけますか?」

「はぁ?なんでお前に……」

「まぁまぁ、袖をめくって見せてください。もしかしたら痛くて動かせませんか?」

「動かせる!」

(ふふふ、素直だこと)

美少年のもつ美しさと威勢の良さのギャップがこれまた良い。


やはり痛みはあるのだろう。顔を顰めながら美少年が袖をめくると、枝に掠ってできたものなのか、血が滲んだ傷があった。


周りを見渡すと桜の木のそばに澄んだ池がある。

(庭に池!さすが公爵家の庭ね、規模が違う)

「ちょっと待っていてくださいますか?」

池のほとりまで行ってハンカチを湿らし、美少年のところに戻って傷口をそっと拭った。


傷に沁みるのだろう。うっと小さく声を出して顔を歪めている美少年に微笑みかける。

「強いのね。偉いわ」

血を拭うと傷口は浅いのがわかってほっとした。


私が、やにわにポケットから取り出したものを見て、ギョッとしたように美少年が声をあげる。

「なんだそれ!」

「傷口にばい菌が入らないようにするためのものですわ。応急処置なので、後で必ずお医者様にみてもらってくださいね」

この世界には絆創膏がない。その代わりとして包帯とガーゼを合わせたものをいつも常備している。

「ばい菌……?なんでお前がそんなもの持っているんだ?」

胡散臭げに聞いてきた美少年ににっこりと微笑んで答えた。

「四歳の弟のためです。すぐに転んで怪我をするので、持ち歩くのが癖になってしまいました」

ちなみに、ポケットの中には殺菌作用のある軟膏もセットで入っている。

「少し沁みますよ〜!頑張ってくださいね!」

軟膏を傷口に薄く塗り、包帯を手早く巻いた。

「はい、できました。頑張りましたね」


「なんだこれ?」

私が巻いた包帯を見た美少年が目を見開いている。

「あーそれは犬です」

「はぁ?犬?」

ガーゼがある場所の目印になるように包帯に犬や猫、動物の絵を描いて用意してある。拙い絵でも弟が喜んでくれるのが嬉しくて絵心がないくせに描いてしまう。


「下手くそすぎないか?」

「ふふふ。でも愛嬌があるでしょう?」

美少年が微妙な顔をしているのを見て、仕上げを思い出した。


「これは……?」

傷薬と一緒に持ち歩いている飴の包みを、美少年の手に載せると不思議そうな顔をした。

「痛みに耐えて頑張ったご褒美です。飴ですよ」

弟が泣いた時のために飴も常備している。

絆創膏と飴はどの世界でも子供対応の必須アイテムだよね。


美少年の複雑な顔を見て、はっと気づいた。

「あ!申し訳ありません。私はレーネ・アバーテと申します。飴に毒は入っていないです!」


知らない人からもらったものは口にしない、というのが貴族子女の原則だろう。

美少年が飴を見て複雑な顔になるのも無理はない。


「ちなみにもう一つ持っているので、これを私が食べますね。……ね、毒はないですよ。でも、気持ち悪かったら捨ててくださいね」


持っていたもう一つの飴を口に入れる私を、美少年は呆然と見つめている。


「そろそろ私はお茶会の席に戻ろうと思うのですが、いかがされますか?」

「あ、ああ……もうしばらくここにいる」

「……やっぱりどこか痛むのですか?誰か呼んできましょうか」

痛くて立ち上がれないのだろうか。


「いや、誰も呼ばなくていい。ちょっと一人になりたいんだ。向こうに戻ると令嬢達が煩くて敵わない」

美少年は不快さを隠さずに投げ捨てるように言った。


(そうか見目がいいと大変なんだね。そういえば公爵子息も令嬢達に囲まれていたな。モテるなりに悩みがあるのね。頑張れ、美少年)


「わかりました。それでは私はここで失礼します。どうぞお大事になさってくださいね」


ペコリとお辞儀をして背中を向けた私に、後ろから美少年の声が追いかけてきた。

「あ、あの……ありがとう」


やっぱり育ちがいい子なんだな。

ちゃんとお礼を言えて、偉いぞ。

美少年へ笑顔で手を振ってから機嫌良く席へと戻った。




公爵子息に令嬢達が群がりすぎて挨拶もできなかったこと、お顔すら見ることができなかったことを帰りの馬車で両親に報告した。

お母様は少し残念そうだったけれど、お父様はご機嫌だった。


「今日、スコット伯爵令嬢とお友達になりました。お互いのお家に遊びに行きたいねって話をしていたのですが……我が家にお誘いしてもいいでしょうか」

「スコット伯爵か……確か文官だったな。あの家は派手なことをせず堅実に領地経営をしていると聞いている。うん、レーネの友人としていいと思うぞ」


よかった!

お父様の承諾がもらえたから、早速お誘いのお手紙を書こう。

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