3 悪役令嬢顔って言われちゃった
天使の様に可愛らしいリアンは人見知りなだけで、頭の回転が速く話題も豊富だった。
打ち解けるまで時間はかからなかった。
「リアンとのお喋りが本当に楽しすぎて、ここに何をしに来たのか忘れかけていたわ」
思わず呟いてしまった言葉にリアンも大きく頷いた。
「ええ。私も……。お知り合いの方は今日参加されているの?」
「いいえ、私は領地にいることが多くて、王都にお友達がいないの。リアンが初めてのお友達なのよ。リアンは?」
「幼馴染が二人来ているわ。一人は、ニキアス様の近くにいるセルジオ様よ。もう一人は……あのニキアス様を取り囲んでいる令嬢の中の一人、ミラー侯爵令嬢のソフィー様よ」
セルジオは騎士団長の息子という。本人も騎士を目指しているのだろうか、遠目から見ても姿勢がよく体格もしっかりとしていた。
「リアンはニキアス様とお会いしたことがあるの?」
「セルジオ様とニキアス様が親しくて、良く一緒にいらっしゃるから何度か挨拶を交わしたことがあるくらいよ」
「今日はお話しされなくて良いの?」
「ええ、私はいいのよ」
そう言いながらリアンの視線はセルジオを追っている。視線は言葉より物を言うとはこういうことなんだな。
可愛らしいリアンと凛々しいセルジオのカップル姿を想像した私は、頬が緩んだ。きっとお似合いの二人だろうな。
「レーネこそ、ニキアス様とお話しされなくていいの?」
「うん……」
どうしたものかと公爵子息の方にもう一度目を向けた。
やはり、まだ令嬢に取り囲まれている。かれこれ一時間はあの状態が続いている。取り囲む令嬢の熱心さには感心するけれど、囲まれた状況で対応をし続ける公爵子息のことを思うと気の毒に思う。
「私はいいわ。リアンと今日はお友達になれたことで十分だわ」
「私もレーネとお友達になれて嬉しいわ。ね、良かったら今度我が家へ遊びに来ない?」
「嬉しい!!我が家にも是非きてね」
リアンとのお喋りに夢中になっていると、リアンの幼馴染の侯爵令嬢とその取り巻き達がやってきた。
「リアン、貴方ったらソフィー様に挨拶しにもこないのね」
横柄な態度で取り巻き①がリアンに声をかける。
リアンの可愛らしい顔がみるみるうちに青ざめていくのがわかる。
取り巻き②は、さも今気づいたかのように私の全身をジロジロと眺めて眉を顰める。
「貴方、見ない顔ね」
私は立ち上がって三人へ挨拶をした。
「アバーテ伯爵が長女のレーネと申します」
「侯爵令嬢であるソフィー様に挨拶もしないで参加しているなんて、貴方も図々しいわね」
ソフィー様が今日のお茶会のホストじゃないでしょ、挨拶に行く義理はないわ……と思うけれど、口にはしない。貴族としての戦いは幼い頃から始まっているって本当だったんだな、なんてぼんやりと考えていた。
「大変申し訳ございませんでした。公爵子息様とお話しされていらっしゃったので、ご挨拶を控えておりました。以後気をつけますわ」
「そうね、ニキアス様とのお話が弾んでしまったのよ。あなたはもうお話しされたの?」
「いえ、まだでございます」
「ふふん。そうね、あなたみたいな悪役令嬢顔は立場を弁えるべきよ」
ソフィーが意地悪そうな顔で吐き捨てるように言うと、公爵子息の方へ取り巻きを連れて戻っていった。
(やっぱりまだ七才ね。いじめ役もいばり役もまだやることが温いな)
なんて思っていたら、泣きそうな顔でリアンがぎゅっと腕にしがみついてきた。
可愛い子に抱きつかれて思わず嬉しくなっちゃうのはしょうがない。
(あの三人が怖かったのかな?)
よしよしとリアンの頭を撫でてみた。
「どうしたの?」
「ごめんなさい!!私のせいでレーネが目をつけられてしまったわ」
「リアンのせい?」
「ええ、私と一緒にいたからよ」
「ふふふ、彼女達の態度は気にしていないわ。リアンが謝ることではないわよ」
「レーネ……そう言ってくれてありがとう。レーネの美しさにソフィー様がやっかんだのね」
「でも、悪役令嬢顔って言ってたわよ。まぁ確かにきつい顔つきだものねぇ」
「そんな!はっと目を引くほどレーネは美しいわよ。だから私も思わず見入ってしまって……」
「リアンは優しいのね。ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「いえ、違うわ。お世辞じゃないのに」
焦ったように色々褒め言葉をくれるリアンが可愛らしくて、ニコニコと眺めてしまう。
悪役令嬢顔か。
言い得て妙とは正にこのことね。確かに私は吊り目だし、リアンやソフィーのように柔らかな雰囲気の第一印象ではないだろう。
それにしても、悪役令嬢なんて言葉を久しぶりに聞いたわ。前世でだったかしら。
物語やゲームで出てくるのよね。どんな令嬢だっけ……確か……主人公の婚約者で真実の愛の相手ヒロインを虐める……とかだっけ。
なるほどね。もしかしたら、私もそういう路線で生まれ変わったなんて考えるの面白いわね。
悪役令嬢としての未来が来るかもしれないって考えておくのも良いかもしれないわ。
思わず考え込んでしまった私をリアンが心配そうに眺めている。不安を払拭できたらと、にっこりと微笑み返すと安心した様に笑ってくれた。
(うん、控えめに言っても天使の笑みだわ)
リアンが幼馴染だと言っていたセルジオがこちらへ向かってくるのが見えた。
(ここはお邪魔虫が退散するところね)
リアンに断り、メイドに案内を頼んでお手洗いに連れて行ってもらう。
「帰りは一人で戻れるので、ここまでで大丈夫ですわ」
メイドを先に帰したレーネは、公爵家の庭園を眺めながらゆっくりと歩いてお茶会の席へ向かった。
少し離れたところから見ると、レーネが座っていた席にはセルジオの姿があり、リアンと楽しそうにおしゃべりをしている。
(あら、あの二人いい感じね。それならちょっと寄り道をしてから戻りましょう)
うきうきした気持ちで少し離れたところにある満開の桜の木へ向かう。
お手洗いに行く途中に桜の木が見えて、すごく気になっていたのだった。
春といえば桜を連想してしまうわよね。すごく久しぶり……前世ぶり?に見るわ。
桜の花を見るとなんだか胸が躍る気がするのは変な感じね。