2 初めてのお友達
本日、2投稿目です。
「レーネ、そろそろ公爵邸にいく時間だ。用意はできたかい?」
「はい、お父様」
鏡台の前で伯爵邸の侍女達に可愛らしく仕上げてもらった姿を確認したレーネは、扉から覗いているお父様へ鏡越しに微笑んで返事をした。
「今日も私のレーネは可愛いね」
目尻が下がったお父様を筆頭に、侍女達もうっとりしたように鏡のレーネを見つめている。
鏡の中には、真っ直ぐで癖のない艶やかなストロベリーブロンドの髪の毛に、少し吊り目がかった大きく意思の強そうなグリーンの瞳。透明感溢れる陶器のように白いきめ細かい美しい肌にぷっくりとした形の良い唇を持つ女の子が映っている。
「さ、お嬢様、時間ですわ」
侍女のメアの声で我に返ったお父様が「私がエスコートをしよう」と満面の笑みで手を差し出してきた。
「お嬢様、頑張ってきてください!」
「そうねぇ、でもお相手がいることだから……」
「ちゃんと七歳らしく可愛らしい言動をしてくださいね」
「えー無理よ。それにいつか相手にばれてしまうわ」
「第一印象が肝心ですからね!」
「上目使いですよ!」
「両手は胸の前で握りながら話すと可愛いと思われるみたいですよ!」
「無理よ。そんなこと。私は可愛いタイプではないもの」
最近流行りの恋愛小説にはまっている侍女達が、男性に好まれる女性の仕草を教えてくれる。
私はどうも前世の記憶が残っているようで、周りからは精神的に早熟しすぎだと評されることが多い。多分長生きしたみたいで、お年を召した方達と話す方が同い年の子供達と話すより楽しかったりする。
前世の名前も容姿も何一つ覚えていないけれど、生活面の細かい事を何故かよく覚えていた。
ただ覚えている物に見慣れないものや風景があるから、ここではない世界だったのかもしれない。
お父様のエスコートで階段を降りていくと、玄関ホールで美しく着飾ったお母様が待っていた。
「まぁ、レーネ、今日は特別可愛らしいわね」
「ありがとうございます。メア達が頑張ってくれました」
可愛いと言う言葉はお母様のためにある言葉だと思う。
二人の子持ちとは思えない若々しい容姿だ。顔立ちも垂れ目気味のせいか童顔で、私と「姉妹です」って言っても通じそうだもの。
「お母様もとっても素敵ですね!」
お母様のことが大好きなお父様は、さっきからチュッチュとお母様の頬へキスを落としてはデレデレと見惚れている。
(うん、わかるよ、お父様。お母様のお姿は娘から見ても眼福ものだわ)
一応、外では鬼大臣と揶揄されるほど怖がられているそうなのだけど……。
そんな偉丈夫のお父様にそっくりなのが私。意思の強そうな吊り目がそっくりなのよね。
公爵家へ向かう馬車の中でお父様が説明をしてくれる。
「ドルシ公爵にはレーネと同じ七歳の息子がいるんだ。公爵子息の婚約者決めを兼ねたお茶会だよ」
ドルシ公爵は王弟だ。国王にはまだお子がいらっしゃらず、ドルシ公爵の王位継承権が一位、その息子は二位。
そんな大変そうなところにお嫁に行くのはめんどくさいな。
「公爵子息のニキアス様は眉目秀麗で、とっても賢いと評判なのよ。きっとレーネと話が合うと思うわ」
「お父様達は、私に公爵子息の婚約者になってほしいとお望みですか?」
これは聞いておかないと。
もちろん貴族子女として、政略結婚の必要性は理解している。
でも、まだ七歳。これからどんな出会いがあるかわからないし、できれば好きになれる相手と結婚できたら嬉しい。
なんたって、自分の両親から毎日デレデレイチャイチャを見せつけられているので、愛のない形だけの結婚生活が想像つかないところもある。
私の質問に、一気にお父様が涙目になった。
「可愛いレーネがお嫁に……想像するだけで寂しい。できればいって欲しくない……」
おっ!それが本心ですか?お父様!
「我が家は別に王家との繋がりも公爵家との繋がりも、必要に迫られていないの。だからニキアス様と婚約しなくても問題はないわよ」
代わりにお母様が答えてくださった。
領地が数種の産業で潤っている伯爵家だからこその言葉に、一気に肩の荷が降りたように気が楽になった。
+ + + + + + + +
お父様達と別れた私は、広大な庭園に作られたお茶会の会場へ案内された。着飾った同い年くらいの令嬢達が集まっている。公爵子息の婚約者の候補者決めとあって、同じような格式の家の令嬢達が呼ばれたようだった。
公爵子息はすぐに見つかった……けれど、令嬢達に取り囲まれていて、全く顔が見えない。令嬢達の隙間から陽の光を浴びて煌めくブロンドの髪だけが見えた。
──余計な火種は作らないでおこう。
本来であれば、この場のホストである公爵子息へ挨拶すべきなのだけれど、あの令嬢達の輪の中へ入っていく気が起こらない。
まぁあの状況で挨拶をしたところで、公爵子息も誰が誰だかわからないだろう。
公爵子息への挨拶を諦めて案内された席に着くと、目の前に並ぶ美味しそうな茶菓子に目を奪われてしまう。
色気より食い気!花より団子!
気になる茶菓子をメイドに取ってもらってほくほくとした顔で口に運んでいると、少し離れた席に座っている令嬢と目が合った。
(しまった、食べすぎだったかしら?あ、でも、一応気を遣ってそんなにがっついてはいないはず……)
思わず狼狽えてしまったけれど、よくよく見た令嬢の顔は真っ青だった。
「お顔のお色が優れなさそうですが、大丈夫ですか?」
声をかけるとビクッと体を震わせた令嬢は、硬い表情のまま「緊張していて……」と答えてくれた。
優しい笑顔を心がけて微笑みかける。
「私、レーネ・アバーテと申します」
「私は、リアン・スコットと申します。こういうところが初めてで緊張してしまって」
スコット伯爵のお嬢さんなのね。
赤毛が印象的な可愛らしい容姿をしたスコット令嬢が弱々しく微笑みながら返してくれた。
「私も初めてなんです」
「そうなんですね。……もうご挨拶されましたか?」
誰に、とは言わずもがなだろう。
二人でちらりと公爵子息の方を見ると、さっきよりも取り囲む令嬢達の数が増えたように見える。すでに髪の毛さえもここからは拝めない。
「いいえ、まだです。あの中に入っていく勇気もなくて」
苦笑しながら答えた私の言葉に、スコット令嬢も大きく頷いた。
「ええ、私もなんです。かといってどうすればいいかわからなくて……」
困ったようなスコット令嬢の可愛らしい姿に庇護欲がそそられる。
「もしよろしければ、近くに座ってもいいですか?」
私の提案に嬉しそうに頷いてくれた姿があまりにも可愛らしくて胸がキュンとなる。
緊張して、まだ何も口にしていないというスコット令嬢に、食べて美味しかったお菓子を勧めてみる。
「美味しい」
美味しいものはどの世界でも人を笑顔にしてくれるわね。
スコット令嬢がうっとりとお菓子を味わった後に、こちらを向いてにっこり笑いかけてくれるのが嬉しい。
「もしよかったら、お友達になっていただけませんか?」
意を決して申し入れたら、「はい」と頬を赤らめて頷いてくれた。
(天使がいる)
恥じらう様子の可愛らしさにうっとりと見入ってしまう。
「よかったらレーネと呼んでくださいますか?」
「ええ、私のことは、リアンと呼んでくださいませ」
やった!人生初めてのお友達だわ!!