1 プロローグ
数ある作品の中から拙作を読んでくださり、ありがとうございます。
最後までお付き合い頂ければ幸いです。
「レーネ、すまない。君との婚約を解消したい」
予想していたはずなのに……ニキアスの言葉がレーネの胸に突き刺さる。体の芯から冷えていくような感覚に思わず息苦しさを覚えたレーネは、一度大きく息を吸いゆっくりと吐き出した。
そう、予想していたことが起こっただけ。
初めから約束していたことだから誰も悪くない。
(レーネ、落ち着くのよ)
自分の心に言い聞かせ、淑女のような微笑みを浮かべる。
「……はい、承知いたしました」
真っ直ぐに私を見つめるアイスブルーの目が傷ついたように翳った。どこか苦しそうな顔をしている。
──どうして貴方が傷つけられたような表情を浮かべるの?
「好きな人ができたら解消するお約束でしたもの。ニキアス様はお気になさらないでください。どうぞ、ソフィー様とお幸せになってくださいませ」
小柄で豊満な体のソフィーが満面の笑みを浮かべ、ニキアスの腕に胸を押し付けるかのようにして寄り添っている。
(やっぱり悪役令嬢顔の立ち位置はどの世界でも変わらないのね)
心の中で苦笑した。
ソフィーは垂れ目で柔らかな顔立ちの令嬢だ。髪の毛もふわふわしていて、可愛らしい容姿だ。
かたやレーネはつり目がちで勝ち気な顔立ちをしている。
「婚約解消に必要な書類は、父へ送っていただけますか?」
「……ああ、わかった」
呻くような苦しげな声で答えたニキアスが、躊躇い気味にまた口を開いた。
「レーネ、約束の件覚えているか?」
「あの約束……?」
「婚約を解消する時の条件だ」
「……ええ、覚えています」
「絶対に忘れないでいてくれ」
聞いているこちらの胸が締め付けられるような、悲しくて切ない声に狼狽えてしまう。
ニキアスの何かを懇願するような視線に違和感を抱きつつも頷いた。
「……ええ、わかりました」
ほっとしたような表情を浮かべるニキアスに、勝ち誇ったような顔をしていたソフィーが不服そうに口を尖らせて顔を覗き込んでいる。
(そうよね、一体何?って不安になるわよね。ニキアスはソフィー様にちゃんと説明できるのかしら)
でも二人とも、安心して。悪役令嬢顔の私はあなた達の前から退場します。
さよなら、私の親友。
幸せになって。