有限会社不思議に依頼したい
砂川先輩との下校は、先輩の家を経由することがすっかり定着している。
私がお家まで先輩を送っているわけではない。
先輩がくりくりまるの散歩がてら、私をお家まで送ってくれるためだ。
「それじゃあ小花さん。今くりくりまるの散歩の用意をして……」
お家についた先輩が、いつもの台詞を途中で止めた。
「どうしました?」
「くりくりまるが、脱走している……」
半開きの門を見つめて先輩が言った。
「えーッ!?」
私も覗き込んだが、くりくりまるの小屋はもぬけの殻だった。
□◇■◆
「結構たくましいんですね、くりくりまる」
「ああ、母親ゆずりだな」
「あーでも心配だな。早く来てくれないかなぁ」
先輩いわく、くりくりまるは、母のくりくりまる同様、数ヶ月に一度脱走をしていたらしい。
近所の人の家に上がり込んでそこのわんちゃんとドックフードをシェアして食べていたり、近くの浅い用水路で水遊びをしていたり、警察に保護されていたりと、なかなかのやんちゃっぷりだったらしい。
過去の例に習って捜索したり連絡をしてみたけれど、どこにもくりくりまるはいなかった。
砂川先輩はご両親に連絡を取ると、捜索を依頼するように言われたとのことで、ネットで検索して有限会社不思議という便利屋にいきつき依頼した。その到着を待っている。
有限会社お助けにゃー助という便利屋もあったけれど、猫の捜索が得意とのことで、犬はどうなんだろう? と思い有限会社不思議にしてみた。
すぐに向かいますとのことだったけれど、私としては気が気じゃない。ずっとそわそわしっぱなしだ。
□◇■◆
一台の軽自動車が私達のいる砂川先輩の家の前に停まった。
シルバーの軽自動車でドアのところに“有限会社不思議”とラベルが貼ってあった。
先輩に後で聞いたらダイハツのミライースという車種らしい。
私はスポーツカー以外は全然覚えられない。
「こんちわっす。不思議の狭霧っす」
「同じく不思議の寒葉です」
そう言ってつなぎを着た有限会社不思議の二人は名刺をくれた。
狭霧さんは青いつなぎで、寒葉さんは緑のつなぎ。胸のところに社名の刺繍が入っている。
それにしても狭霧さんはつなぎを着ているけれど、抜群のプロポーションだということがわかる。
出てるところは出ていて、締まるところは締まっている。私もそうなりたい。
一方、寒葉さんは、砂川先輩ほどではないけれど、真面目そうな人で、一言でいうなら好青年。頭もよさそうだし清潔感もある。
先輩を見てみると、狭霧さんに目線が釘付けだ。まったくもう、男子はこれだから。
「愛犬の捜索とのことでしたが、詳しくお聞かせいただけますか?」
寒葉さんの言葉で私はハッとした。
そうだった。くりくりまるが脱走しちゃったんだった!
「あの、その、くりくりまるが……くりくりまるが脱走しちゃって! 犬です! くりくりまるのメスの脱走の柴犬です!」
「小花さん、落ち着いて。ここは僕が説明しよう」
取り乱す私を先輩が制した。
そうしたほうがいいと私も思った。いつでも冷静な先輩が説明したほうが絶対に良い。
私は深呼吸をして、先輩たちのやり取りを見ていた。
「そかそか。くりくりまるちゃんの写真データとかあったら何枚か送ってもらえます?」
狭霧さんに先輩がくりくりまるのデータを送っている。
私も撮った写真があったので送った。
「ちなみにこちらがくりくりまるの母のくりくりまるです」
先輩がスマホを狭霧さんにかざす。
「え? どゆこと?」
きょとんとする狭霧さん。
「先輩、たぶんその写真のデータはいらないんじゃないですか?」
「ああ、そうか」
急に先輩がスぺってきたので、私も冷静になれ、ちゃんとツッコミを入れられた。
いや、でも別に、先輩と漫才コンビを組んでいるわけではない。
「まあオッケーっす」
そう狭霧さんが言うと、「逢夢、姐さんにデータ送って連絡とってくれる?」と寒葉さんに声をかけていた。
寒葉さんは「わかった」と言って、少し離れて電話をかけ始めた。
「それじゃあいったん捜索行ってきます。料金は成功報酬なんで今は大丈夫っす。早ければ今日中に連絡します」
軽く手をあげて狭霧さんが言った。
寒葉さんも連絡が終わったようで、二人は車に乗って捜索へ向かっていった。
□◇■◆
有限会社不思議からの連絡がくるまで落ち着かなかったので、先輩の部屋でPS4の三国無双8を一緒にプレイして過ごしていた。
私は星彩を、先輩は袁紹を操っていた。
私が好きだと話したことがあったのだけれど、それをきっかけに買ってみたらしい。
先輩がもともと三国志は好きなのは知っていた。でもシミュレーションゲームの三国志とは違うので、楽しんでプレイしていたとのことで、ちょっとうれしかった。
だからといって落ち着くわけでもなかったけれど。
黄巾党を一掃し、張角を討った。
先輩が「それじゃあ次は董卓を討とう」と、まるで袁紹みたいなことを言ったところで、インターホンが鳴った。
コントローラーを置いて、先輩に続き玄関へ降りていく。
「不思議の狭霧っす。愛犬、見つかりましたよ」
狭霧さんが凛々しい顔をしたくりくりまるを抱えていた。
「くりくりまる!」
先輩よりも先に私が抱っこして引き取る。
「ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げている先輩。
「いえいえ、すぐ見つかってよかったです。見たところ元気なようですが、一応動物病院に連れて行ってあげた方がいいかもしれません」
寒葉さんが誠実な対応をしてくれている。いい会社だなって思った。
それから清算を済ませると、二人は軽自動車に乗って帰っていった。
もう車種名は忘れた。
□◇■◆
先輩はご両親に見つかった旨と経緯と料金などを電話で報告していた。
私はその間、くりくりまるをずっと撫でていた。
董卓のことは今はもうどうでもよかった。
脱走したくりくりまるは、どうやら私たちがよく利用する線路沿いの公園にいたらしい。
線路に向かって座って、電車が通るたびにずっと吠えていたらしい。
私たちがいつも行くからくりくりまるもお気に入りになったのだろうか。それとも電車が怖くて対抗していたのだろうか。
「小花さん、悪い。いつもより遅くなってしまった」
「大丈夫です。私も親に遅くなると伝えてあります」
「それならよかった」
先輩が有限会社不思議の人と話をしている最中、私も親に連絡をしておいた。
友達の愛犬が脱走したから一緒に探していると。
「それじゃあ暗くなってしまったし、家まで送ろう」
「はーい。ありがとうございます」
ここはお言葉に甘えておこう。
今回はくりくりまるの散歩は、なしになった。
一仕事したような、一皮むけたような、してやった感のあるくりくりまるだったけれど、疲れていそうだったし、寒葉さんの言うようにもしかしたらどこか怪我だったり悪いところがあるかもしれない。
定位置の玄関前のくりくりまるの小屋ではなく、玄関の中に入れて待っていてもらうことにした。
久しぶりに遅い時間を先輩と歩く。
「よかったですね、見つかって」
「ああ。安心した」
「今日中に見つけちゃうなんて、有限会社不思議はすごかったですね」
「うん。すごい人たちだったな」
先輩の言葉で思い出したことがあった。
「そういえば、先輩。狭霧さんに釘付けでしたね」
「ん? ああ。そりゃそうだろう」
正直なのは悪くないかもしれないけれど、女子の前でそういうのはよくない。
「まったく……。先輩は狭霧さんのどこに夢中だったんですか?」
私は意地悪な質問をしてみた。
実際、私も狭霧さんに夢中だったのもある。
胸もあるしお尻もキュッとしていた。顔も可愛かった。
女子の私も自然と目がいってしまっていた。
先輩はどこに目がいっていたのだろうか。
「どこにって。そりゃ、猫耳と尻尾だろう」
「え?」
私は先輩が何を言っているのかさっぱり意味がわからなかった。