8 私の実力
「タキ様はこちらの席へ」
ルリに連れられて、朝食を食べる広間に案内される。
昨夜と同じく、一番奥にルブライト公爵夫妻が座り、左側にシェスカールが座っている。私はその前の席に通された。
昨日と同じく4人での食事だ。毒見をさせる訳でもなく、普通に食事が始まる。
ルブライト公爵が、にっこり笑って話しかけて来る。
「昨夜は、よく眠れたかね?」
「はい、ベットがふかふかでとても良く眠れました」
「良かったわ。私もあの羽毛が好きなので、どうかしらと思って特注で作らせたのよ」
「え?」
特注?ルブライト夫人をはたと見ると、慌てたように視線を反らした。
他の二人を見ても、素知らぬ顔で食事を続けている。
失礼があってはいけないので、私もこれ以上聞けない。
でも、どういう事だろう?誰か別の人の為に作ったベットだったのかな?そしてその人には使えなかった?
「今日、司教様がくるので、食事が終わったら自室で待つように、その後はドッゾが、タキがどれだけ剣が使えるか見たいと言っていた。」
「はい。ファラルステル様から聞いています。頑張ります」
「ああ」
いつも殆ど無言のシェスカールが、珍しく話しかけて来た。
「それを見たら、父上と母上は帰宅する」
え!ここに住んでるわけじゃないんだ。じゃあ、この屋敷ってシェスカールの屋敷?超ボンボン。
どう考えても、その年でこんな凄い家、自力で建てられる訳ないもんね。
ん?私がどれくらい使えそうか見てから帰るって事なのかな?
食後、自室でのんびりと待っていると、ファラルステル様が来てくれた。
「おはよう!もうすぐ司教様が来るけど準備はいい?」
ファラルステル様は、近くに家があるそうで、通いなのだそうだ。
ドッゾは、警護も兼ねて住み込みだ。
椅子に座ると、いつも通りにメイドがお茶を出す。
「準備と言われても、出来る事は無いです」
「そう?」
お茶の香りを楽しみながら、ゆっくりと足を組み替える。
すると、トントンとノックが有り、使用人が外から声をかけて来る。
「司教様がいらっしゃいました。広間へお願いします」
「さあ、タキ行こうか」
待ってましたと言わんばかりにファラルステル様が立ち上がる。
私は不安しかない。だって、これから、私がどれだけ使えない人か示すことになる訳だし。
何か一つでも、使えそうなものが見つかる事を祈るばかりです。
広間に行くと、正面に厳格そうな司教様が立っており、その左右に弟子が2名づついた。
司教様の前には、台座に置かれた丸い鏡の様なものがあり、その表面は10分割されていて、各々に色が付いていた。
司教様から少し離れたところには、ルブライト夫妻とシェスカールがいる。
ファラルステル様は、私を司教様の方へ促し、自分もシェスカールの側に立った。
「こちらへどうぞ」
司教様は静かで重々しい声で私を呼んだ。
迷っていても仕方がない。私は頷いて、誘われるままに司教様の前に立った。
「ジュールに触れなさい」
鏡みたなものを指していうのだから、これがジュールなのだろう。言われたとおりに、右手でジュールに触れる。すると、ジュールの全体がうっすらと光り輝いた。
「おお!」
皆が声を上げるが、光ったと言ってもちょっと光ってるだけで、大袈裟に声を上げる程では無い。
「これはまた面妖な」
司教様は、私の手元の光をまじまじと見ながら呟いた。
手を放していいのか分からないので、そのままにしていたら、周りにルブライト夫妻やシェスカールやファラルステル様が寄って来て、覗き込んでいる。
「全属性が光ってますね!」
楽しそうにファラルステル様が言った。
「ふむ。タキさんもう手を放していいですよ」
「はい」
私は、手を放して一歩引いた。
すると、ルブライト夫人が一歩前に進む。
「司教様、これは全属性有ですね?そうなんですね?」
少し興奮してるようだ。
「そうですと言いたいところですが、おかしいのです」
「はい?」
「全て光ってしまったので、無属性も光った事に成ります。本来無属性は属性無しの者が光ります。光り方は小さいので、さほど強い魔力とは言えませんが・・・」
「・・・と言う事は?」
「前例のない事です」
困り顔の司教様は、ちらりと私を見た。
「タキは、風魔法を使っています。属性無しとは考えられません」
「そうですか。何とも言えませんが、これから成長していくに当たり変わってくるのかも知れません。今後も定期的に調べた方がいいでしょう」
「え?属性が成長によって変わる人がいるのですか?」
「普通はいませんね」
司教様は、ルブライト公爵に目配せをした。
「そうですか、では詳しい話は奥の部屋で伺おう」
「タキ、訓練場でドッゾが待っています。行きましょう」
ルブライト夫妻は司教様を伴って、奥の部屋へ移動して行った。私は、ファラルステル様とシェスカールに連れられて、訓練場へ移動だ。この後、司教様が何を話すのか気になる。でも、私は参加出来ないみたい。
私の事なのに・・・。
訓練場では、ドッゾが待ち構えていた。
「来たなタキ!」
後ろにいるシェスカールに一礼すると、私においでおいでと手を振る。
訓練場に降りると、台の上に10本の訓練用の剣が大から小まで置いてあった。
「どれがいいか分からなかったから、大きさの違うものを全て持って来た。使いやすいものを選べ」
「はい!」
勿論、一番大きな剣から試すでしょう!ゲームだったら、剣が強ければ強いほど有利だもんね!
ガシッと掴んだものの、剣は微動だにしなかった。
「・・・重い」
仕方が無いので、次に大きな剣を掴むが、やはり重すぎて動かない、次々と試すが、最後まで持ち上がる剣は無かった。途方に暮れてドッゾを見ると、あんぐりしている。
「私が幼い頃に使っていた剣があった筈だ、あれはあるか?」
「はい!すぐにお持ちします」
シェスカールが隣の従者に伝えると、走って取りに行ってくれた。
渡された剣は、子供の玩具みたいな、刀身も短く細くて可愛い剣だった。
・・・これは持てる。うん。
「よし、では、打ち込み台を力一杯叩いてみろ」
ドッゾは気を取り直して、訓練場の奥にある、大きな丸太を縦に立たせて固定されている物を指さした。
私は、ゆっくりと近づき、思いっきり右から叩いた。ポクッ。可愛い音がした。
そっと振り返ると、皆がげんなりした顔で見ている。
いや!まだ一回しか叩いてないし!
剣道は確か右、左と交互に叩いてたはず!よし!っとリズミカルに右、左と叩く。
ポクポクと可愛い音が鳴り響く。案外いいんじゃないこれ?楽しくなってポクポク叩いていると、隣にドッゾがしゃがみこんで来た。
「何の冗談だ?」
ドッゾが首を傾げながら、目を吊り上げてる。
あ・・・やっぱり駄目だったかな?
「力が弱過ぎて、測定出来ないんだか?」
「え!」
「ちょっと退け!」
私を後ろに押しのけると、ドッゾが手に持っている練習用の剣を構え、息を整えると、一気に振り下ろす。すると、打ち込み台を中心に重圧がかかり、ズドンと打ち込み台が真っ二つに割れ、土が沈み込み、ずしッとした重圧が、波の様に襲って来て私を吹き飛ばした。
どうする事も出来ず吹き飛ばされた私を、ファラルステル様が慌てて受け止めてくれた。
「タキ、大丈夫?ドッゾ初心者相手に危ないじゃないですか」
少し怒ったように言うと、振り返ったドッゾの方がもっと怒っていた。
「剣士くらいなら誰でもなれるだろうと、軽く思っている奴が、俺は大嫌いなんだ」
底冷えのする声で言われて、私はビビッてファラルステル様の手にしがみ付いた。
「誰にでも初めはあります、ドッゾあなただって初めから強かった訳ではないでしょう?」
「いや、俺は初めから強かった」
「あ・・・そう」
ファラルステル様が、眉をへにょんと落として私を見る。
「・・・だって、やっぱりタキは剣士は諦めて、私と魔術士を目指しませんか?」
ドッゾの言う通りだ、ゲーム感覚で私は剣士に成りたいと言った。
でもここはゲームじゃない。分かってた筈なのに、分かってなかったみたい。
だが!女の子にだって意地はある!チャレンジする前に負けてたまるもんか!
「嫌です。剣士に成ります」
カタカタ震えながら、ファラルステル様の腕にしがみ付き、気持ちはキリッとして言った。
全く様に成っていない。
ファラルステル様は、大きなため息をついてドッゾに提案してくれる。
「まずは基礎から教えてあげて下さい。でも、無理は駄目です。同時に体を作って行けば未来は変わるかもしれません。慌てずゆっくりと、でも編入試験には受かるくらいの実力をつけさせて下さい」
ドッゾは、不服そうな顔をしていたが、片膝をついた。
「承知しました」
あれ?ファラルステル様はドッゾの同僚では無かったのかな?ファラルステル様の方が立場が上?
とすると・・・私ったら虎の威を借る狐?それは嫌だな。
するりとファラルステル様の腕の中を滑り出ると、正座をし、両手をつく。
「ご指南よろしくお願いします」
「なんだ?その恰好は?」
ドッゾは私のその姿を見て、不思議そうな顔をしたが、おもむろに立ち上がり、頭を掻いた。
「これは、手のかかる弟子が出来てしまったな」
私もいらん意地を張ってしまったかも?と思いながらへへへっと笑った。
「私も、きちんとタキを立派な魔術師に育てますね」
「え?それは希望していませんが?」
「却下です。ドッゾこれから、タキの編入試験に向けて、カリキュラムを組みます。タキの部屋へ来て下さい」
「承知!」
「え?ええ!!」
そりゃあ、私に選択権は無いとは言われたけど、詰め込みはんた~い!
後ろを振り返るとシェスカールと目が合ったが、すっと逸らされた。