7 私、従者になりました?
シャーッという音と共に朝日が部屋に入ってくる。
目覚めた私は、目をこすりながらゆっくりと起き上がった。
すると、天蓋付きベットのレースのカーテンを二人のメイドが両サイドにまとめ上げる。
「タキ様、おはようございます。」
年配のメイドが声をかけて来る。もう一人のメイドは、私の服を用意しているようだ。
「おはようございます」
「お食事の準備が出来ております。そろそろご準備を」
にっこりと笑う年配のメイドは、この屋敷のメイド長のベルカだ。その後ろのメイドがルリ、私につけられたメイド達だった。
昨夜、 突然の逮捕劇に目を白黒していた私だったが、その日の内に返済計画を提示された。
「さて、返済方法だがね。」
重厚な面持ちで、父親であるルブライト公爵が口を開いた。
「君を外に出すのも考え物なので、正式にこの屋敷で働きなさい。息子の従者に丁度空きがある」
「そうね、あなたはまだ子供だから、出来る仕事にも制限があるでしょうしね」
「勿論、学校にも通わせよう。きちんと勉強をし働くなら、成長に合わせて、従者から護衛騎士に取り立てても良いしな」
「そうね、それがいいわ。シェスカールお願いね」
シェスカールは少し眉を顰めたものの、仕方なさそうにこちらを見て、後ろに控えている執事に命令した。
「ガイエ、タキの事は任せる」
「畏まりました」
殆ど反論する事が許されないままに、ルブライト公爵夫妻に、私の進路は決められてしまった。
黒のタキシードを着た初老の執事が、私に恭しく礼をすると退出を促す。
「では、タキ様こちらへどうぞ」
「行こうか」
私は、ガイエとファラルステル様に促されて部屋を出た。
そのまま、長い廊下を言われるがままに付いて行くと、部屋に案内された。
部屋に入ると左側にも扉が有り、奥にはウォークインクローゼットと、大きなバルコニーが見える。
手前には、人が4人くらいで囲めそうな机と椅子が4脚置かれており、右側には天蓋付きベットが有った。
従者の部屋にしては大きい気がするけど、金持ちの感覚は分からないわ。
「左の扉は、ご主人様であるシェスカール様の部屋に繋がっています。呼ばれた時だけお使いください」
「はい」
「こちらのクローゼットは、タキ様に合いそうな洋服を用意させていただきましたので、お好きに着替えて下さい。その服ですと動きが速すぎますので、仕事中はご遠慮ください」
「はい」
執事はそう言うと、ウォークインクローゼットを開く。中に入ると、避暑地のクローゼットに引けを取らないくらいの大きさで、私の背丈に会いそうな服がずらりと並んでいた。
従者にこんなに服って必要?不思議に思いながら物色する。
「それでは、お着換え下さい」
と、クローゼットを閉められた。風のスキルで走って逃げられるのを警戒したのかな?
どちらにしても、私も体を見られる訳にはいかないので、速攻着替えて出た。
すると、外に2人の女性が待っており、ガイエから、私に付けるメイドだと言われた。
・・・従者ってメイドが付くものなの?
首をかしげていると、メイド達が挨拶もそこそこに、お茶の用意をしている。
「タキ、これからの事を説明するから座って」
ファラルステル様が、私に椅子を勧めたので、そこに座ると、その隣にファラルステル様が座り、ガイエさんは私の横に立った。
直ぐに、メイド達が私とファラルステル様にお茶を出して退出する。
「あの、ガイエさんのお茶が・・・」
「私は、執事ですので結構です」
自分より年配の方を立たせておくのは気が引けたが、ファラルステル様が、さも当たり前にお茶を飲む姿に、そういうものなのかと納得する。
「さてと、じゃあこれからの事を説明するね」
ファラルステル様が、ガイエさんに手を出すと、ガイエさんは持っていた書類を渡した。
その書類を、私に見える様に広げてくれたけど、全く文字が分からない。
「まず、君の仕事はシェスカールの従者だけれど、まだ子供なので見習いみたいなものだと考えていい。シェスカールから指示された事だけやってね。それ以外は自由です。で、その自由な時間なんだけど、学校へ行ってもらうね」
「え!そんなお金は無いです!」
これ以上借金を増やされては困ると、私は慌てた。
「お金は気にしなくていいよ、シェスカールの従者なんだから、育てるのにお金を払うのは主人の務めさ」
「いえ・・・私は、育てていただかなくても・・・」
「それは、シェスカールが困る。君がきちんとした教育を受けて、ルブライト家の従者としてきちんとした仕事が出来る人に成って貰わないと、シェスカールが恥をかくからね」
「あ、そういう意味でしたか・・・」
かなり面倒だな、とは思うが仕方ない。
「そこでだ、学校へ編入させるに当たって、いろいろ聞きたいんだけど」
「はい」
「君は何歳だい?」
「18歳です」
「・・・・・ん~。12歳くらいかな?」
「いいえ、18歳です」
ファラルステル様とガイエさんが顔を見合わせて、やれやれと言った感じで笑う。
そっか、私ってそこまで小さい子供だと思われていたんだ。しかも、年齢詐称を疑われてる。
18歳である事を説くか、それとも子供の振りをしておいた方が吉なのか分からない。
「タキ、大人に憧れる気持ちは良くわかる。でもね、子供の時間は大人になるための大切な成長の時間だからね、一足飛びには大人になれないんだよ。それに、タキは田舎でどんな勉強をしてきた?この文字は読める?」
そう言って、広げた書類を指さす。・・・全く読めません。言葉は分かっても、文字までは分からない。
これは、子供の振りをして、この世界の事を勉強した方がいいのかも知れない。
「読めません。お金の計算くらいしか分かりません」
「そっか、編入試験を受けるための、勉強から始めないとね。冒険者になるにも簡単な試験はあるからね」
そう言えば冒険者は15歳からだった!筆記試験の為にも文字を覚えないと!
「私、15歳です!」
勢い込んで答えると、ファラルステル様はプッと吹き出した。
「タキは、本当に冒険者に成りたいんだね」
「はい!」
「仕方ないな。じゃあ、私が学校の編入試験用の勉強と冒険者の試験用の勉強と魔法を教えるね。冒険者に成りたいなら実技も必要だから、それはドッゾに頼んであげるよ」
「本当ですか!お願いします!」
「タキは好きな事には本当に前向きだね」
クスクス笑うファラルステル様に、ちょっとゲンキン過ぎたと赤くなりながら、頭を下げた。
「あの、仕事の事は分かるのですが、今やっているバイトを途中で辞める訳には行きません。私の代わりを急には探せないと思うし、シイラ・・・家の人も私が帰らないと心配すると思うんです。一度帰って、説明をしてもいいですか?」
「ああ、それなら大丈夫だよ。明日はウチの人間が君の代わりに契約期間中は無料で売り子で入るようにするし、君が泊めて貰っていた家には、礼金と君の荷物を受け取ってくる様に手配は済んでいる」
「え!そんな勝手な」
「うん。勝手は承知の上だよ、今の君はそんな事が言える立場じゃないって分かってるよね?」
う・・・何も言い返せない。少し不貞腐れて俯くしか出来ない。
すると、ファラルステル様がワシワシと頭を撫でてくる。
「今は駄目だけど、きちんと仕事をしてシェスカールの信頼を勝ち取れば、いずれ会いにも行けるさ。今は我慢だ。分かったね」
「・・・はい」
別に、逃げたりしないのに、逃げても見つけられるって言ってたじゃん。
「学校は、私達も卒業したエギニアス学院へ通って貰いたい。君は剣士が希望と言う事だから、騎士科と魔術科の両方を受講して貰うね」
「え?魔術科もですか?」
「うん、今回の事で君には魔力があることが分かったからね、卒業したらシェスカールの護衛騎士か私と同じ護衛魔術師のいずれかに成って貰う。君言う通り15歳でその体格だと、騎士には向かない体格じゃないかなと思うんだよね。今が15歳ならね」
ちらちらと意味ありげにファラルステル様が見る。本当の年齢を言うのを期待してるのかも知れない。
でも、私は18歳だってきちんと言ったもん。信じなかったのはそちらです!
だから、これ以上体格が良く成るとはありません。女の子だし。でも剣士志望は変わりません!
女剣士だっている筈!小さくても機敏な剣士を目指します!
「学校の編入試験は、8月だから勉強する時間は3か月くらいだね。まずは文字の読み書きからか、間に合うかな?」
「冒険者試験の方を重点にして頂ければ、頑張ります!」
「いや、編入試験を重点に頑張ってね?まあ、こっちを頑張れば、冒険者の試験はおのずと受かるでしょう。なんせ冒険者の試験は名前が書けて、簡単な冒険者のルールを知っていれば合格するくらいの簡単なものだかね」
「そうなんですね!じゃあ、勉強の途中で冒険者登録出来そうですね!読み書き頑張ります」
「そうだね、登録出来そうに成ったら、先に登録しに行く?お休みの日とかだったら、私も遊びがてら付き合うよ?」
「本当ですか!?是非、お願いします」
「その代わり、きちんと決めた分の勉強が捗っていなかったら、お休みは無しになるから、頑張ってね」
「分かりました!」
ふふふ。ついこの間まで現役高校生だったのよ!文字の読み書きさえ出来れば、試験前の詰め込みなんてお茶の子さいさいよ~!
「明日、司教様が来るので、そこでまずはタキの魔力を調べる事になる。その後、ドッゾに剣の力量を測って貰って、日々のカリキュラムを決めようか」
「はい!よろしくお願いします」
なんか乗せられた気もするけど、超やる気になってしまった。
その夜は、ルブライト公爵一家と食事をし、この部屋で就寝したのだった。
・・・?従者って、主と一緒に食事するものなのかな?腑に落ちない事が多いけど、借金完済まで頑張らないと!