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フクシュウ屋さん  作者: 橙真らた
第1章「アイスと警戒」
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1章4話

 その翌日は天気が大荒れ。目が覚めた今は午前10時。雨や風の轟音により起きてしまった。そういえば台風が近づいているんだっけか…このままで明日の見舞いは大丈夫だろうかと心配になった。母さんと直接会うのは、実に半年振りだ。


 この日は予定もないし、動くのも面倒だったから食事は13時過ぎくらいにレトルトを温めて食べただけで、その後もずっと布団の中にいた。今は母さんが入院してるから、実質俺は一人暮らしをしてる。基本的な家事は出来るから特に日常生活に問題はない。


 俺は生まれた頃から母さんと二人で暮らしていた。俗に言う、母子家庭というやつだ。母さんは日中は基本仕事に行ってたから、小学校低学年くらいまでは学校で居残りしたり、児童館で時間を潰したりして、仕事が終わってから迎えに来てもらうなどしてた。なんで父親が居ないのかなんて訊けるはずもなかったけど、俺が生まれる前に事故に遭って亡くなったということだけ、幼稚園くらいの頃に教えてくれた。それ以来、父親の話はしてない。たまたま付けたテレビでやってたドラマの影響か、父親がいない家庭は何かしらの複雑な事情があることが多いということもなんとなく悟っていた。別に母さんの言っていることが信じられないわけではないけど、どっちにしろ『普通』の家庭ではないのだと思う。だから無闇に、父親のことに触れてはならないと思っていた。

 高学年頃になると、母さんに家事を教えてもらい、自分でできることが増えたため母さんは仕事に集中できるようになった。今俺が問題なく過ごせているのは、そのおかげでもある。


「……」


 気付けば、会ったことのない父親のことについて考えていた。

 幼稚園の頃、父の日にプレゼントを贈ろうって言って似顔絵を描いたり色とりどりの折り紙で花を作る行事。父親のいない俺は当然、みんなと同じように出来なかった。何をしたんだっけな。同じ組の人たちに色んなこと言われた気がする。「何で」「おかしい」「変だ」って。黙ってうつむいて、みんなが去るのを待っていたと思う。

 幼稚園でも、小学校でも、中学校でも、運動会の日なんかは色んな人の父親が来ていた。それを見るたびに思った。「もし自分の父親がいたら、どんな人なのかな」って。行事に熱心な熱い人かな。それとも普段は無口だけど、なんだかんだ心配してくれて頼れる人かな。弱気だけど周りに優しくて、いつも笑わせてくれる人かもしれない。あり得ない妄想話だ。

 それでも考えずにはいられなかった。少なくとも、俺が生まれる前は生きていたんだから。


 そのまま怠惰に布団の上で時間を浪費し、気づいた頃には再び眠りに落ち、日付をまたいでいた。



* * * * * * * * *



 母さんの病院に行く予定の俺は今、家の近くのバス停でバスを待ってる。日曜の昼前、晴れとまではいかないけど、雨も風もなく落ち着いている。


 日曜で休日だからなのか乗車したバスは意外と混んでいた。

 そのままバスに揺られて15分くらい経った頃、目的地である病院の前に着いた。



 母さんの病室の前まで来た。扉の前の札に『石井恵』と書かれているのを確認し、軽くノックしてから扉を開ける。中から「はーい」と声が聞こえたので、そのまま入っていった。


「あっ…」


「おっ…」


 部屋へ入って一歩。目が合ったのは母さんだ。ベッドの上半身側を起こして背もたれ風にし、本を読んでいたところだった。半年ぶりの再会は、意外とあっけなく対面という形になった。


「…久しぶり」


「なーんでそんな元気無さそうなのよ」


 なんとなく、気まずい雰囲気で視線を逸らしてしまう。せっかく笑顔を向けてくれたのに、申し訳ない気持ちになった。

 半年ぶりに見た母の姿は、最後に会ったときとさほど変わっていなかった。強いて言うなら髪が伸びたくらいで、顔色も悪くないし痩せ細ってる訳でもなさそうだった。


「まあとりあえず元気なら良いんだけどさ、最近連絡全然なかったけどどうかしたの?」


「ああやっぱり?気になってた?」


「そりゃあね、急に連絡来なくなったし」


「あはは、大丈夫だよ。スマホ壊れちゃっただけだし。最初は電池切れかなって思ったけど充電もできなかったし、なるべく部屋から出るなって言われてるから院内の公衆電話も使えないし、連絡手段がなかったの」


 確かにそれだと連絡手段がなかったようなもんだ。どうりで全く返信がないわけだ。


「あ、そだ…差し入れ…」


「え?」


「確か飲食の制限は特にないんだよね?」


 背負ってきたバッグに簡単な差し入れを入れて持ってきたのを思い出した。差し入れとは言っても、別に大したものではない。


「おっ…!」


 バッグから取り出したものを見て、母さんは一気に表情が明るくなっていった。


「はい、ミルクティー」


「暁がが買ってきてくれたの?」


「自販機でだけどね」


 俺が持ってきたのは、自動販売機でよく見かけるペットボトル型のミルクティー。母さんが、昔から好きでよく飲んでたやつを俺は知っていた。


「そっか、ありがと」


「でも結構(ぬる)くなってる。一旦冷蔵庫入れた方がいいかも」


 来る途中の自動販売機で購入したため、バッグに入れておいたミルクティーは外気温によってすっかり温くなってしまっていた。


「そのまま忘れちゃうかも、次来たときに教えてね」


「忘れんなよ…?」


 その話の流れで、次回の見舞いの予定についても話した。具体的な日時までは決められないが、なるべく毎週来るようにする、という結論に至った。

 そういえば、石泉さんとも会う約束をしてるんだっけか。確か明日の放課後に。正直に言って、面倒くさい。どうしてこうなる羽目になのか、未だに理解できない。石泉さんの『憎めない系の陽キャ』という人柄が少なからず影響してるんだろうなと思う。自分でそう思ってて悔しくなった。


 そこからは、特に切り取って挙げる程でもない雑談が続いた。家や学校でのこと、母さんの入院生活、病状なとなど。当然、父親に関する話をすることはない──と思っていたが。


 正午が迫って、そろそろ帰ろうかなと思った頃だった。


「じゃあ、唯衣ちゃんのことよろしくね」


「よろしくって?」


「まぁ、色々と?春城さんにはお世話になってるし」


「…?」


 あまりこの言葉の意味が分からなかった。俺の理解力がないだけなのだろうか。


「男の人は、大切な女の人をちゃんと守らないといけないって話」


「いや、別にそんな関係じゃ…」


「ふふ、ちょっとした冗談。でも半分は本当」


 さっきと話が噛み合ってないような気がする。その意図を汲み取る時間が欲しかったが、廊下の方から昼食が運ばれる音が聞こえてきたため、そろそろ本当に帰ろうと思った。


 帰り際、扉を閉める直前に母さんがこんなことを言ってるのが聞こえた。


「あの人みたいにならないでね」


 『あの人』とは、誰のことだろうか。


 部屋を出るのとほぼ同時に、部屋の中へ昼食が運び込まれた。







第2章へ続く───。

平坦な物語ですみません…。

学業優先ということもあり、次回投稿日が相当後になります。

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