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フクシュウ屋さん  作者: 橙真らた
第1章「アイスと警戒」
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1章3話

 俺のスマホのライトに照らされた少女は、まっすぐこちらを見ていた。まぶしくないのだろうか。


「友達を探してるんでしょ、付いてきて」


 淡々とつまらなさそうな口調で言い放ったあと、少女はすぐに下へ行ってしまった。

 少女の後を追って俺も下へ降りると、丁度玄関扉の外に奏弥がいた。蛍光灯も、いつの間にか直ってる。

 少女の姿は蛍光灯の光ではっきりと見えた。肩より少し長いくらいの、艶のある黒髪を後ろで一つ縛りにしており、だいたい俺と頭一つ分くらい低い身長。どこにでもいる普通の中学生みたいな雰囲気だった。よく見ると、左手首には緑色と紫色の糸で織られたミサンガが付けてあった。


「用がないなら早くどっか行って。あと、ここのことは誰にも口外しないで」


 扉を開けて外に出ようとする俺と、既に外にいる奏弥に聞こえるように言ってきた。その目は、俺たちのことを物凄く警戒しているようだった。

 そもそもこの子は何者なのだろうか。


「する必要もないくらい、噂になってるぞ」


「は?噂?」


 さらっと返した奏弥の言葉に、少女は目を丸くし、不意を突かれたような表情でこちらを見つめる。


「どういうこと?」


「そのまんまの意味。駅の裏に怪しい店があるって、学校中で噂になってる」


 少女の目付きは更に鋭くなったが、奏弥の追撃で唖然としていた。まあ、俺は今日知ったばかりなんだけどな。


「…分かった。とりあえずここに関することはこれ以上誰にも言わないで」


「へーへー」


 何を考えていたのかは分からないが、少女はしばらく無言で頭を抱えたあとに先ほどと同じ頼みをしてきた。口ぶりからして、この少女はここについて何か知っているそうだった。そして奏弥の雑な返事を合図に俺たちは退散することにしたのだが…。


「あれ、お客さん?」


「え?」


 やって来たのは、いかにも会社員といった感じの若い男だった。細めのスラックスに袖を肘辺りまで捲り上げたワイシャツ、紺を基調とした地味目なネクタイのビジネスマンといった格好。濃いめの茶髪とフワッとした厚みのある髪が唯一の特徴と言ってもいいほど『普通』な雰囲気だった。年は、25歳前後くらいの、もしくはそれよりも若い見た目だ。

 どうやらこの男性と少女は知り合いらしく、少女はその男性に向かって俺たちのことを話し始めた。


「ううん、依頼者じゃない。こいつら意味もなく入ってきた迷惑野郎たち」


「迷惑野郎って…」


 年上初対面にいきなり辛辣なことを言う少女を男性は軽く笑って受け流し、右手を顎に当て俺の制服をじっと見つめてきた。


「その制服は、もしかしてS高校の生徒?」


「え?は、はい…」


 制服で学校がわかるほど、この辺りに精通してる人なのだろうか。

 いきなり学校名を言い当てられて戸惑ってる俺に、この男性は質問を続けた。


「何年生?」


「…一年生です」


「じゃあ石井暁って人知ってる?」


「え」


 一瞬、時が止まったような気がした。なんで俺の名前が?なんで俺のことを知ってるんだ?正直に答えた方がいいのだろうか。それとも嘘をついてさっさと逃げるべきだろうか。…いや、嘘だとバレたらそれはそれで危ないことをされるかもしれない。


「…それ僕です」


「え、ほんと?ほんとに?」


 不意打ちを食らったようだ。男性は、なんとも言えないような、先ほどの少女と同じような丸い目をして訊いてくる。


「ほ、本当ですから、そんな近づかないでください」


「はは、ごめんね。僕は石泉いしずみ孝太(こうた)、よろしく」


「お、おねがいします…」


 急に顔を近づけてきたと思ってたら、手を出して握手を求めてきた。渋々応えると、よくわからん笑顔で返してきた。何も考えてない脳筋の笑顔だった。奏弥と同じ…。一体何なんだろう、この人は。


「なんか失礼なこと言われた気がする」


 横の奏弥が急に鋭いことを言ってくるもんだから、思わず吹き出しそうになったが、うまく抑えることができた。


「じゃあ暁くん、三日後の月曜日の放課後、またここに来てね」


「は?」


「あ、建物の地下に行けばインターホンあるから。押してもらえれば僕が対応するよ 」


「えぇ…」


 待て待て…、急展開すぎて話についていけないんだが。普通に考えれば、従うはずはなかった。


「あ、めっちゃ警戒してるね。大丈夫、マジで大丈夫だから、変なことしない」


 どうやら俺の警戒は顔に出ていたらしく、見透かされてた。

 このままでは俺が三日後にここに来ないかもと悟った石泉さんは、かばんの中をごそごそと漁り始めた。


「じゃあはい、これ」


「なんですか、これ」


 石泉さんが鞄から取り出して手渡してきたのは、よく分からないタオルのような白い布だった。


「それ僕のね。預けとくから、三日後ちゃんと返しに来てね!それじゃあ!お母さんによろしく言っといて!」


 そう言い残し、少女と共に石泉さんは建物の中へ入ってしまった。なるほど。無理矢理貸せば、必然的に俺は返しにまたここへ来なければならない。それはおのずと、再びここで落ち合うことが約束されるということに終着する。そのずる賢さはまるで『大きな子供』だった。

 だがそんなことより、石泉さんが最後に放った言葉。それが気になって仕方ない。ほんの一瞬の出来事だったからすぐには反応できなかったけど、確かに聞こえた。「お母さんによろしく」って。意味がよくわからない。知り合いなのか?俺自身の事も知っていたし、母さんとコンタクトを取ってるような人なのか?母さんと『フクシュウ屋』の人が?


 どうすれば良いのかわからず、奏弥の方を見るが、奏弥は笑いこけていた。良い友達になれそうって思ったらしい。


 何が起こっているのかについては、まるで整理ができていない。けど、俺が想像してた『フクシュウ屋』と違って、出会った石泉さんはクラスの陽キャそのものを体現したような、ただの明るい人だった。その事実は、俺の警戒心を既に少しずつ解いていたが、それを実感するのはもう少し後の事となる。



 帰宅してから俺は、真っ先に布団に倒れ込んだ。さっきまでの出来事、何が起きたのか、まだよくわからない。

 事の発端は何か。確か奏弥にアイスで釣られて付いていった。そしたら奏弥は急に失踪し、謎の少女が声を掛けてきた。建物を出ると今度は石泉さんと出会い、三日後に会う約束を取り付けられた。

 そしてなぜか、石泉さんは俺のことを知っている。口ぶりからして、おそらく母さんのことも知っている。


 汗がひどかったから、とりあえずシャワーを浴び、食事やらなんやら済ませてすく眠りについた。明日は土曜日で学校も休みだから、ゆっくり寝られる。

 そしてこの日も、母さんからの連絡はなかった。

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