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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

どうして姉ちゃんだったんだろう

 

  --神様はどうして、私たちを『男』と『女』の性に分けたんでしょうか。

  どうして『男』と『女』が恋をするように創ったんでしょうか。

  どうして『男』は『女』を、『女』は『男』を好きになるように創らなかったんでしょうか。



  蝉がミンミン鳴いてる。白い太陽光がギラギラ眩しい。ただ通学路を歩いてるだけなのに汗が吹き出す。サイアク。


  「35°以上ある日は休校にすべき。なぁ妹よ。」

  「な。」


  並んで歩くあたし達のシャツはぐっしょり濡れて、溶けそう。肌がジリジリ焼かれて日焼けしそう。満員のバスもやだけど、炎天下の登校はもっとや。


  隣を歩く姉ちゃんも、白い肌に玉のような汗が浮いてる。デオドラントの仄かな香りが肩が当たるくらいの距離から漂ってくる。コツンとぶつかる姉ちゃんの体温にドキリとする。

 

  学校が近づいて同じ制服の生徒たちの姿が増えた。みな暑さに愚痴りながら歩いたり自転車漕いだりしてる。


  「愛梨、愛。おはよう。」

  「「おはよぉー。」」


  背中から飛んでくる同級生の朗らかな挨拶にあたし達は完璧に息のあった挨拶を返す。同級生はそれに「オモロー」って笑ってた。


  学校の正門までは少し坂になってて、生徒たちが元気に登ってく。あたし達も並んで登る。朝だってのに熱された地面からは陽炎が立ち上ってた。

  正門前では『挨拶強化週間』で生徒会の人達と先生が立ってた。門番のように立ち塞がる彼らに生徒たちは挨拶と会釈を投げて通り抜けてく。


  「おはようございます。」

  「「おはよぉございます。」」


  生徒会の人に一糸乱れぬ連携を見せつける。クスリと笑う友人にあたしたちもふざける。

  姉ちゃんと重なるように後ろに下がって姉ちゃんの背中からひょっこり顔を出す。


  「「どっちだ?きぃちゃん。」」


  全く同じ顔でクイズを投げかけ、生徒会のきぃちゃんは「えー…」と思案する。あたし達の顔をじっと見つめてる。


  「後ろが愛梨!」

  「「ぶぶー、ハズレ。」」

  「もー、分かんないって。」


  3人でふざけてたら生徒指導の先生からはよ行けって言われた。あたし達は全く同じ動きで気安く先生に舌を出した。


 ********************


  桜坂愛。17歳。大人に片足突っ込んだ高校2年生。

  隣を歩いてるのは桜坂愛梨。17歳。あたしのお姉ちゃん。


  あたし達は双子として生を受けた。魂を分けた半身、運命共同体。なんちって。


  あたし達は小さい頃からずっと一緒。何をするにも2人。仲良しだから髪型も服装も何から何までお揃い。ただでさえ顔が同じなのにそんなことしてたらもう他人には見分けがつかない。


  あたしは姉ちゃんが好き。だから姉ちゃんと一緒にする。真似っ子するあたしをまた姉ちゃんが真似っ子する。


 

  2年生の教室のある階に上がってきたら教室からあたしを呼ぶ声。扉から顔だけ出すのは友達。あたしも手を振って返す。


  「愛梨。」


  反対側から声がする。姉ちゃんが振り返る。その先で友達とじゃれあってる男子が居た。


  「響。はやいねー。」


  姉ちゃんは男子--響くんの方に歩いて言っちゃう。彼氏に呼ばれて歩いてく姉ちゃんが振り返って「あとでね〜」って言ったから、あたしも「ばい〜」って返した。


  お互いに背を向けてそれぞれの呼び声の方に歩いてく。


  あたし達はずっと一緒。髪型も服装も何から何までお揃い。

  全部一緒。あたしは姉ちゃんが好きだから。


  ひとつだけ違うのは、姉ちゃんは『男』、あたしは『女』を好きになったこと。


  --あたしは姉ちゃんが好きだ。


 ********************


  「愛〜。聞いた?愛梨ちゃんの彼氏、浮気してるって。」


  ホームルームが始まる前の時間、あたしの席の前の友達がそんな話題を振ってきた。あたしの心臓がドキリと跳ねる。


  「……まじ?響くん?」

  「こないだ三沢女子高の子と一緒に居るの見たって…なぁ?」

  「3組の子がさ。」


  あたしらはこういう話が大好き。でも、あたしは全く別の意味でその話題に食いつく。


  「……え、でも、一緒に居ただけでしょ?友達じゃね?」

  「やー、手ェ繋いで歩いてたって。な?」

  「まじまじ、2人でス〇バのフラペチーノ飲んでたって。1個の。」

  「ストローで交互にさ〜、まじキモかったって言ってた。」


  …女子の噂なんて確証に欠ける。でも広まるのは早い。

  半信半疑ながらあたしはそんなことどうでも良くなってた。あたしの中に意地悪い考えが浮かんでたから。


  「どーするよ、妹。」

  「ねー今響と愛梨ちゃんどんな感じなん?喧嘩とかしたん?」

  「……や〜…どーだろね。」


  テキトーに返したあたしの頭の中は、意地悪な考えから浮かんだ妄想でいっぱいだった。


 ********************


  「妹よ。相談ってか…ちょっといい?」


  姉ちゃんとの帰り道。あたし達は学校近くのファストフード店に入った。

  夏本番を目前にした外はまじ暑ぃでも、自動扉ひとつ隔てた店の中はエアコンの恩恵を受けまくりの別世界。エアコン作った神様まじ感謝。


  「どったの。愛梨。」

  「うん、響のことでね…」


  バニラシェイクをストローから吸い上げながら姉ちゃんの話に耳を傾ける。

  その内容は聞かなくても分かった。数日前から噂されてる響くんと三沢女子高の子との噂…


  何の話かは分かってる。だってあたしが広めた。

  女子の噂話はあっという間に広まる。姉ちゃんの耳に入るのも時間の問題だろうなって思った。

  広めながら罪悪感も感じてた。真偽が確かじゃない噂を広めることに。

  姉ちゃんが彼氏のこと大好きなのは知ってた。だからこそ尚更…


  こんなことしても意味ないなって分かってる。あたしと姉ちゃんは、双子の『姉妹』なんだから。


  「響が浮気してんじゃないって話よく聞くんだ…実在さ、L〇NE返信全然既読つかないし通話も繋がらないこと最近多くて…」

  「……まじぃ?」


  白々しく反応しながらどうしようって今更悩んじゃう。あたしの返答の一個で姉ちゃんを大事な人と切り離すことになるかも……

  でも、浮気してるかもってのはほんとだし……してる“かも”だけど……


  「確かめた方がいい?」


  姉ちゃんが真剣な顔で訊いてくるもんだから、あたしも喉元まで出かけた台詞が引っかかる。

  ここに来てチキン。だってしょうがないじゃん。あたしのやってることって意味無いことだもん。

  でもしょうがないじゃん。意味無くたってそうだったらって願うことはあるんだもん。


  姉ちゃんが彼氏と別れたって、あたしとくっつくわけじゃない。でもあたしがそうしたいって思っちゃった。良くないことだって思うけど、あたしには『姉ちゃんに彼氏が居る』って事実が耐えられないくらい苦しかったから……


  「……はっきりさせた方がいいんじゃね?2人のためにも……」


  しょうがないじゃん。

  神様があたしをそういう風に創ったんだから。


 ********************


  --姉ちゃんが彼氏と別れて半年以上経った。

  原因は彼氏の浮気だって。やっぱりやってたんだ。サイテー。

  あたしは浮気やろーと姉ちゃんを引き離したんだって思うようにした。事実そうだもん。

  そうやって、またいっこやなあたしの部分にかさぶたをする。


 

  あたしが姉ちゃんのこと好きになったのは中学に上がった頃だと思う。

  ほんのり抱いた甘い感情は、あたしを酔わせる毒みたいに胸に居着いた。

 

  朝が弱いあたしを起こしに来る顔や、並んで歯を磨く時に鏡に映る姿。隣を歩く時に香る姉ちゃんの匂い……


  鏡に映るあたし達はそっくりで、周りは見分けがつかないけど、あたしにはあたしそっくりな姉ちゃんの違うところいっぱい見つけられて……


  あたしよりちょっと目が大きいとことか、逆に鼻はあたしのが高いかなってとことか、声も姉ちゃんのがちょっと低いし、姉ちゃんのが運動神経良くて頭いいし、あたしより朝は強いし、あたしは米派だけど姉ちゃんはパン派……


  そんな“ちょっと”な違いがなんだか不思議で、その“ちょっと”が羨ましかったり好きだったり……


  そんなふうに不思議な姉ちゃんを隣で見てきて、気づいたらあたしは姉ちゃんを好きになってた。


 

  2月の13日、バレンタインの前日。


  あたしは姉ちゃんにチョコレートをあげようって思った。毎年あげあってるけど、今年は手作りしようって思った。


  スーパーで材料を買ってる時、バレンタインコーナーでチョコレートの型を見つけた。並んだ可愛い形のシリコン型の真ん中に、大きなハート型があった。


  あたしはちょっと迷いながら、それを買い物かごに入れてた。



  前日の夜に、みんな寝た頃あたしはこっそりチョコレートを作り出した。市販の板チョコを細かく切って湯煎する。デコ用のペンチョコとかも準備する。


  ……姉ちゃん、喜ぶかな…?


  それ以前に、なんて言って渡そ……こんなでっかいハート型のチョコなんて…

  まぁ姉妹だし、どんなチョコでもそんな風には捉えないよねって分かってる。分かってることがあたしの胸をぎゅっと締め付けた。


  溶かしたチョコを型に流し込んだ。デコレーションして、よく型を叩いて空気を抜く。こぼれないように慎重に冷蔵庫に入れる。


  明日の朝1番に起きて取り出そう。そうすれば直前までバレないだろう。


  あたしは冷蔵庫を開いて中にチョコを置こうとして、下の段に既に赤いシリコン型が置いてあるのに気づいた。


  ……?


  触ったら冷えてた。そっと取り出す。母さんがまさか手作りチョコってこともないだろうから姉ちゃんだろうけど……

 

  まさかあたしの……?


  毎年市販のをあげあってるけど、今年は作ってくれたのかな?なんて期待がぐんと込み上げた。

  完全に固まってるか分からないから割ってしまわないようにそっと上から型の中を覗き込んだ。


  シリコン型はあたしと同じハート型だった。

  深い茶色のミルクチョコレートには『ケイスケ』って書いてた。白いチョコペンで……


  ……あれ?姉ちゃん彼氏できたのかな。


  しばらく固まってるあたしを開けっ放しの冷蔵庫の青い明かりが照らしてた。

 

  そっか……新しい彼氏、できたんだ……


  半年以上恋人を作らなかったけど、ようやく響くんを忘れて、新しい恋を始められたみたいだ。

  姉ちゃん、引きづってたからなぁ……


  あたしの口元に笑みがこぼれた。それが姉ちゃんを祝福する笑みなのか、それとも違うのか、分かんなかった。


  一気に胸が絞られるみたいにぎゅううって痛くなったから、多分違うと思う。



  --翌朝、家の誰よりも早く起きた。


  足音を殺してそっと台所に行く。スパイの気分。冷蔵庫を開けてカチコチになったあたしのチョコを引き出した。

 

  型から出てきたチョコレートは滑稽なほど綺麗で滑らかな仕上がりで、大成功だ。大きなハート型のチョコレートをあたしは見下ろしてた。


  あたしは台所の引き出しから包丁を取り出す。刃をひっくり返して峰のところでチョコを叩いた。

  何回も叩いてたら割れた破片が散らばった。そうしてるうちにハート型のチョコは真ん中で綺麗に割れてくれた。ちょっとひび割れたけど。


  音がうるさかったからか、廊下から足音が聞こえる。家族くらいになると足音だけで分かるやつ、不思議だよね。


  ……姉ちゃん起きた。


  あたしは姉ちゃんの足音に向かって歩き出した。真っ二つになったチョコレートの半分を持って……


 

  あたしはどうして姉ちゃんを好きになったんだろう。

  どうして神様は姉ちゃんをあたしの姉として創ったんだろう。


  女の子が好きなのはいいよ。姉ちゃんが好きなのもいい。

  どうして好きなふたつを一緒にしちゃったの?


  --どうしてお姉ちゃんだったんだろう。


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